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過去作品まとめ




  ゴーストハンター

 朝早くから、ママに叩き起こされた。
 今日は学校がお休み。こんな日は、家族みんな九時までぐっすりしているが、まだ七時半だというのにママは私の布団をひっくり返した。ちょっと、いきなり何するの。
「茉莉、話があるから起きなさい!」
 と言いながら、布団をバッサバッサと振り回す。埃が舞うからやめてほしい。
「わかった、わかったから。目が覚めたからもうやめて」
 あらそう、とママは布団を遠くへ追いやって私の体を無理やり起こした。ひどい。
「今日はママ、一日中お家にいません。類君と仲良くお留守番、できるかな?」
 類君は私の双子の弟だ。いつも浜辺に打ち上げられたアザラシみたいにゴロゴロしている。
 できるって即答したら、ママはうーん、と唸ってしまった。そんなに心配なのかな。
「あのね、茉莉にどうしても頼みたいことがあるの。でも、ちょっと危ないから、類君と一緒にやってほしいんだ」
 そういうことか。だというのなら、難しそうだ。
 類君は、余程なことがない限り自分から動こうとしない。一緒にお手伝いしよう、だなんて言ったら無視されるのがいつものことだ。
「類君、やってくれると思う?」
「茉莉が本当に大変そうだったのなら、きっと手伝ってくれるわ」
「一人でやっちゃだめなの?」
 と、聞いてみると、絶対に二人でやってと強く言われてしまった。余程難しいことをさせられるのだろうか。気が重いが、頼まれ事は断れない性格のせいでつい頷いた。
「頑張って、二人でやります。それで、何をするの」
「家中に掃除機をかけてもらいます」
 え、それだけ?
「別に、掃除機くらいへっちゃらだよ。どうして危ないの」
「ママの口だとうまく説明できないけど、とにかくやってみればわかるわよ」
 説明不足にも程がある、といった具合でママはよろしくね、と告げてどこかへ行ってしまった。
 私は困り果てる。とりあえずいつものように九時になるまで二度寝しようと布団に潜り込むことにした。
 



 私は、頼まれたことはなるべく早く実行しようとする性格だ。
 九時ぴったりに目を覚まして、ママが用意していた朝食をとって類君を起こしに行く。布団を丸めて、巻物そっくりになっている類君をゴロゴロと転がした。
 起きろー! と耳元で叫ぶ。扱いは荒くていい。だって、私が姉だから。
 類君は私を一度睨みつけて、また目を閉じてしまった。予想通りの反応だ。そこで、私は事前に電子レンジで温めておいた朝食を顔面に近づけてみる。お腹を空かせて起こさせる作戦だ。
 見事作戦は効いたようで、類君は腹の虫を鳴らしながら、もそもそと横になりながら朝食を食べ始めた。うん、成功だ。これで、二度寝しないようにすれば完璧。



 うとうとしようとしたら揺さぶるなり、布団の中へ潜ろうとしたらひっぺがすなり、類君の二度寝をどうにか阻止した。きっともう睡魔は訪れないはずだ。起きていても、だいたい横になっているのが私の弟なのだが。机ではなくソファでごろごろしながら宿題をするせいで、友達からは呆れを通り越して我が家の名物と化している。「あ、類君今日もオットセイだねー」と言われながらお菓子を差し出されているので、チヤホヤされてますます悪化している気がする。誰か無理やり叩き起こすような人が現れないかな。無理か。
 私はタオルケットに包まれた類君を引きずりリビングへ向かい、さっそく掃除機を取り出した。掃除機をかけると音がうるさいからやめてほしい、と類君はぐずったが、無視だ。
 ママから、危険だから類君と二人で行うようにと言われていた。しかし、このままだと類君は確実に手伝ってくれない。掃除機の音を嫌う時点でやろうとはしないはずだ。
 では、どうするか。考えてみた結果、試しに私だけ掃除機をかけることにした。危ない目にあったら、類君が駆けつけてくれることを信じて。
 もちろん、博打である。でも正直、たかが掃除機だ。学校の掃除の時間で使ったことはあるし、あんなにママが心配する理由がよくわからない。あまり聞いたことのないメーカーだが、見た目はごくありふれた掃除機なので危険なはずがない。そうだ、きっとそうだ。そう私は心の中に言い聞かせた。あまりにもママが必死だったので、怖いのが本音だ。でも引き受けてしまったからにはやるしかない。
 掃除機をコンセントに差し込んで、電源を入れた。ブイーン、とけたたましい音がする。至って普通の掃除機だ。このままなら私一人でも大丈夫そう。
 そう安心したのもつかの間、ブブブ、と奇妙な音がした。何か、大きなものでも吸い込んでしまったのだろうか。音からして金属などの硬いものではなく、ゼリーみたいに柔らかいものを吸い込んだようだ。確認をしようと電源を切ったところ、真正面にホッ、と誰かが息をついた。人の気配がする。
 さては類君か。いいや、違う。類君はソファでだらけながらスマートフォンをいじっていた。きっとその場を動こうとしないはずだ。ましては掃除機の目の前は掃除妨害である。類君はそんな意地悪をするようなやつではない。
 じゃあ、目の前の気配は一体誰なんだ。
 下に向いたまま固まった首を、ギギギと無理やり動かして正面を向いた。
 いる。
 お腹がふっくらしていて、ぼんやりと透明な男性が、私に対してにこやかに手を振っていた。
 私の脳みそは警報を鳴らす。この人、たぶんお化けだ。類君を連れて逃げることが正解なのだろうけど、なぜか私は立ち向かうことにした。トウソウホンノウっていうやつが出たのかもしれない。
 掃除機の電源を再び入れ、お化けに吸い込み口を向けた。
「テンチュー!」
 覚えたての言葉を叫んでいた。この間、時代劇を初めて観た影響だ。
「痛い! 痛いからやめて茉莉ちゃん!」
 このお化け、私の名前を知っている。さては、ずっと家にいて私たちの様子を眺めていたんだな。お風呂とか見られていたらどうしよう。だったらますますテンチューするしかない。
 そう考えてしまったら、いつの間にか遠慮を忘れていた。攻める手をやめずに、ぐんぐん掃除機をかけた。お化けの足が吸い込まれていく。
「ストップ! ねぇちゃんだめ!」
 異常事態に気付いた類君が、スマートフォンを放り投げてコンセントを抜いた。
「ちょっと、何邪魔してんの!」
「お化けがかわいそうだよ、ねぇちゃんのヒトゴロシ!」
 お化けって、もうとっくに亡くなっているのに、そこまで言わなくてもいいじゃない。そう思ったがお化けを見たら、うずくまってシクシクと泣いていた。大人が情けない、と言いたくなったが、きっとすごく痛かったんだなと考えたら、私は悪いことをしてしまったと気がついた。一方的に害を加えたのだ。こんなとき、お化けは怒って呪うなり祟るなりしても許されていい。
「あ、あのごめんなさい」
 おそるおそる、お化けに謝った。
「うっ、ううっ……茉莉ちゃーん! 類くーん!」
 べそをかいたお化けが、私たちにひしっと抱き付く。すごく怖かったが、不思議と振り払う気持ちにはならなかった。
「あなたは、僕たちの一体何なの」
 怯えながらも、類君はお化けに質問した。よくぞ言ってくれた。私はおばけの膨らんだ体に押しつぶされて息ができない。そこで初めて、おばけには実体があることを知った。別に知りたくもなかったが。
「やっぱり、覚えてないんだね」
 と、お化けは寂しそうに言う。
「僕はね、君たちのパパです。二人がちっちゃいころに、病気でお空に昇りました」
 記憶になかった。類君も覚えがないのか、首をかしげている。でも、私たちに亡くなったパパがいることはママから聞いていたし、お化けの顔をよく見てみると、パパの写真の顔と同じだった。本物だ。
 そう思うと、お化けのパパは怖くなくなった。抱きしめ返して、話せてうれしいよ、と伝えたら、またパパはえぐえぐと泣き出した。泣き虫な人だなぁ。



「どうして今日、ママは二人に掃除機をお願いしたのかわかるかい」
 素直にわかりません、と私たちは口を揃えて言う。
「それじゃあ、ママのお仕事は何か知ってる?」
 専業主婦です、と即答した。
「そっか、まあ、そうだよな。今までずっと隠してたもんなぁ」
 と言いながら、まごまごとパパはママが隠していたことを語りだした。
 ママの本当の仕事は、ゴーストハンター、というらしい。掃除機を片手に、家中にいる悪いお化けを退治して、お化け研究者に吸い取ったお化けの魂を渡しているんだとか。どうして家にお化けが集まってくるのかは謎らしい。
 そういえば、近所の幼馴染からは「この家は呪われている。茉莉ちゃん家が越してくる前は一家心中事件が起こり、さらにその前は強盗が入ってきて娘を刺し殺した」と深刻そうに語っていた。それを聞いたときは随分とまあ不謹慎な冗談だなあと軽く受け流していたが、今思えば事実だったのかもしれない。
 パパはいいお化けだから、という理由で退治されず家に住み着いていて、ひっそりと私たちの成長を見守っていた。パパが見えるようになったのは、掃除機を使って吸い取ろうとしたから。ママが二人でやって、と言ったのは、悪いお化けに襲われても大丈夫なように、なんだそうだ。それで何かあったらどうするつもりだったんだろう、と思ったけど、パパが助けてくれるはず、とママは考えていたんだそう。
 一方、ママは今日何をしていたのかというと……。
「二人とも、聞いてください」
 真剣な顔をしたママが、若くてかっこいい男性を連れて帰ってきた。
「私、この人と結婚する!」
 なんと、ママには彼氏がいて、今日プロポーズされたんだとか。今日はデートの用事だったらしい。
 パパは、ソファを占領して大号泣していた。そりゃあそうだろう。ママはパパが見えていて会話できるのにも関わらず、新しい彼氏を作って再婚するというのだから、悲しい裏切りになるのだろう。ちなみに、その事について新しいパパは承諾済みだったようだ。そっちの方も複雑だろうにそれでいいのか心配になったが、二人が真剣に会議した上での結論らしい。パパも会議に入れてあげて、と言いたくなったがそれはそれで気まずそう。
 ママの秘密を二つ知って、パパが二人できるという、奇妙な一日になってしまった。




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