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過去作品まとめ


  アオハルさん

「原田くん、こっちだよ」

 飲み屋にて。気品のある女性が勢い良く席から立ち上がり、原田に向かって手を大げさに降る。彼女にしては、似合わない動作だ。
 彼女は青野。ほんの少しだけ、原田と高校時代に交際していた。
「久しぶり。結婚したって噂、本当だったんだ」
 青野は、原田の指輪を眩しそうに眺めた。どこからその噂が広まったのか、原田は疑問に思う。
「原田くん、成人式出てなかったから十年ぶりだね。元気にしてた?」
「まあ、ぼちぼち。今は製薬会社の営業やってる。青野さんはどう」
「こっちは百貨店で販売。果物売りさばいてる」
 懐かしさはあるが、不思議と久々会った気分はなかった。原田は「とりあえず生」と注文を頼む。
 高校の同窓会。妻に顔を出したらどうか、と参加を促された。
 原田は卒業式以降、地元から姿を消して、古い友人には一切連絡を絶つようにしていた。
 今になって、旧友たちの前に現れたのは訳がある。妻に促されたのも理由の一つだが、原田の担任だった宮崎が、今年で定年退職するという。原田は宮崎に強い思い入れがあり、久々顔を見たいと考え参加に至った。そしてもうひとつ、大きな理由があった。
 宮崎は、右端の席で熱燗を片手に、機嫌よく会話に花を咲かせている。声をかけづらい。
 先生はお酒が強かったから、後から話しかけても大丈夫、と原田の様子を見て青野は言った。気を使われているようだ。交際していた当時は、彼女はあまり気の回る人物ではなかった。時の流れを実感する。
「原田くん、こっちに帰ってきたのって何年ぶり? 年末に帰省した話とか全く聞かないし」
「十年。両親は俺が上京してから別のところに引っ越したから、こっちに来る理由がなくなった」
 そっか、と言い青野は暖色のカクテルを飲んでうつむいた。
「あのときの、私の妹がしたことを引きずってたのかなって思ってたんだ。昔のこと、掘り起こして悪いけど」

 図星である。

 微妙な空気の中、頼んでいた生ビールが原田の目の前に置かれた。ジョッキを傾けて、喉を鳴らし飲む。味がわからない。
 実家がないから戻らなかった。それは単なる言い訳だ。
 原田は、この地にトラウマを負ってしまった。だから、帰りたくなかった。当時の友人らにも、会いたくはなかった。
 十年経ち、今更顔を出して。目の前に座る青野には、そんな原田の意図が読めないのだろう。
 彼女の妹が、事件を起こした。
 それから原田は、青野に一方的に別れを切り出した。青野は何度も理由を問い詰めたが、原田の気持ちは揺ぐことなく沈黙を貫いた。不登校になってまで、逃げていた。
「別に、ひとりごとだけどさ」
 余計な前置きをし、少し泡が減った生ビールを一口飲み込んだ。青野から目線を外してぽつり、ぽつりと原田は言葉を紡ぐ。

 あのころ、俺たちは受験生で。推薦入試組はみんなどたばたしてたし、俺ら一般入試組は毎日気が滅入っていた。いつも模試とかに追われていて、夜遅くまで学校に残って勉強して。そんな日々だから、青野さんの存在は本当に大きかった。
 青野さんは、一番を譲らなかった。勉強だって、運動だって、何でも。誰もが憧れるような存在だった。凡人な俺と付き合っているのが、不思議でしょうがない。誰もがそう思っていたんじゃないのかな。
 青野さんと仲良くなれたきっかけは、君の妹の遥さんだった。
 彼女は部活の後輩だったから。三年に進級してから君と同じクラスになって、妹の先輩だからと、自然につながりができた。
 遥さんは、いつも君と比べられることに悩んでいて、俺にしょっちゅう愚痴をこぼしていたっけ。いつも、姉が追い越していくと。
 どうして姉と付き合っているの、私じゃだめなのって責められたときの声が忘れられない。最初に先輩のこと好きになったのは私なのに、って。
 遥さんは、自信が持てなくて生きる意味がわからなくなっていたんだと思う。
 最終的に追い込まれて、十年前の今日、屋上から飛び降りた。俺は遥さんの気持ちを知っていたのに、止めることができなくて。あれから君と付き合うことに、罪の意識があった。
 だから、君から逃げた。学校も、この地からも、逃げ続けた。
 十年経って、俺は大人になった。結婚もした。過去を振り返る余裕ができて、今日青野さんや、みんなの顔が見れてよかったよ。

 嗚咽にまみれ、言葉が出てこなくなったころ、気がつくと周囲は原田の話に耳を傾けていた。不登校になってもなお、懸命に連絡を取り続けた宮崎と目が合う。

 遥さんに挨拶したいから、屋上に行きたいです。手を合わさせてください。
 原田の一言に、宮崎は力強く頷いた。

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