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過去作品まとめ

二百円

『紅葉 絶賛発売中』
 
 でかでかと、ポップに書かれていた。
 ここは、衣類売り場だ。ごちゃごちゃした店内で、頭上に吊られたポップがあっても、とてもじゃないが目立たない。
 周囲を見渡せば、似たようなポップがあちらこちらにある。
 だが、誰もがこのポップの釘付けになっていた。皆、足を止め首を精いっぱい伸ばしている。異様だ。
 私は、彼らを眺めていた。ポップを見続けている理由を知りたいがために。
 彼らは、誰一人この場を離れようとしなかった。ずっと同じ体勢のままでは、疲れないだろうかと思っていたが、そんな顔をした者は見当たらない。
 腕時計を見やると、私が観察をはじめて一時間が経っていた。
 一時間、彼らは何も変わらずポップを見続けている。当初は興味本位だったが、今では気味の悪さに鳥肌が立った。
 店員に話を聞こう。そう決意し、周囲を歩き回ったが、店員どころか客ですら捕まらなかった。
 人は、ポップを見上げる連中しかいない。ぶるりと震えた。
 意を決して、私は彼らのうちひとりに声をかけることにした。こんな連中に関わるだなんて狂気の沙汰だが、私も狂気にのまれている。彼らに対し、強烈な興味を抱いているからだ。
 目についた、あの中で最も幼い子どもに声をかける。
「もし。君たちはここで一体何をしているのだ」
「僕たちは紅葉です。秋限定で販売しております。どうか、買ってください」
 彼らが、ポップの商品だというのか。普段なら冗談で済ますところだが、私は素直に信じていた。ここは何でも販売している。人間が売られていても、不思議ではない。だが疑問がある。
「ここは衣類品売り場ではないのか」
「違います。隣接してるだけです。ここは紅葉売り場です」
「では、なぜ君たちは紅葉というのだ」
「僕たちは木だからです」
 素直に受け答えする子どもに、私は好感を覚えていた。
「君を買おう。おいで。レジに持っていく」
 ほころんだ子どもの顔を見て、安堵する。だが、冬になると、こどもは枯れてしまうのかが不安だった。
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