短編・中編
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好きな人がいる。
初めて出会ったのは中学に入学した時、同じクラスになったのがきっかけだった。
「よろしくね!」
これから始まる中学生活に不安や緊張がありながらも期待もあった私は隣の席になった彼に最初の印象が大事とばかりに明るく挨拶した。
「あ、う、うん…。
よろしく…」
努めて明るく振る舞った私とは対照的にチラッと私を見てすぐに視線を外した彼はそれだけ言って下を向いてしまった。
人見知りなのかな?大人しい男の子だな、それが彼に対する第一印象だった。
中学生活は楽しくて順調に過ぎていった。
新しく出来た友達、初めての部活、少し厳しい先輩との上下関係、
何もかもが新鮮で、大変な事もあるけど楽しくて。
だけど彼、
乙骨憂太君はいつも下を向いて過ごしていた。
友達もつくらず、部活も入らず、
誰とも関わらずに過ごしていた。
最初に隣の席だった私達はよくある隣の席同士でペアを組むって事で同じ委員会だったり日直を一緒にする事も多く、
恐らく私はクラスで唯一彼に関わっていた。
「乙骨君、午後の授業で使う機材先生が日直で準備しとけって」
「あ、僕が用意してくるから…」
「何で?一緒にいこ」
「いや、僕ひとりでいいから…」
話しかけてもすぐに彼は私から離れようとした。
「乙骨に近づくと呪われる」
そんな中、生徒の間で囁かれだした噂話。
同じ小学校だった子が面白おかしく回りに話だしたのがきっかけ。
乙骨君をからかった男の子達が立て続けに怪我をしたとか何とか。
そんなくだらない噂で彼は益々孤立していった。
そんな彼と一緒にゆっくり話す事が出来たのは夏休みも近くなった頃。
夏休みの間の花壇の水やりの担当の日程表作りをその日たまたま日直だった私達に担任の先生がお願いしてきたため、ふたりで放課後に残って作業する事になった。
「あの、市ノ瀬さん、
僕ひとりでやるから部活にいっていいよ」
「何で?ふたりでやった方が早いじゃん」
「で、でも…」
「ほら、早くやっちゃお!」
相変わらずひとりでやろうとする彼の言葉を無理矢理遮って机を合わせて作業する。
「乙骨君、字綺麗だよね」
「え、そ、そうかな…?」
ふと、口から出た言葉。
以前から思ってた、日直や委員会で彼の書く文字をよく見ていたけれど彼の文字はとても見やすくて綺麗だった。
「うん、読みやすくて綺麗な字」
「ほ、本当?嬉しいな…。
ありがとう…!」
そう言って彼は少し恥ずかしそうに笑った。
その瞬間、私の胸はドクンと大きな音を立てた。
初めて見た彼の笑顔。
それは何だかとても暖かく感じた。
思えば彼はいつもひとりで過ごしているけれど、何もしない訳じゃなかった。
教室の花瓶の水換え、
授業前後の黒板消し、
給食前後の準備、後片付け、
放課後の掃除、
本来ならその日の日直や係りの人がやるべき事を彼はいつもやっていた。
普段彼に近づきもしないクラスメイトは何か押し付けたい時だけ彼に近づいていた。
それでも彼は嫌がる素振りひとつ見せず了承していた。
何度か気付いた時に彼を手伝ったりしたけれど、彼は下を向いてお礼を言っていたからきちんと目線を合わせる事がなかった。
それが今日、初めて目線を合わせて笑顔を向けてくれた。
それが嬉しくて私は彼に色々話した。
今思えばほとんど私から一方的に話しかけていたけれど、彼は笑顔で聞いてくれて答えてくれた。
それから私と彼の距離は縮まったように思う。
それまでは私が挨拶しても話しかけても下を向いて目線を合わせる事もなく返事をしていた彼は、目線を合わせて笑顔で答えてくれる様になった。
日直や委員会の仕事もふたりで一緒にこなした。
あまり自分の事を話さない彼は、
私の話を楽しそうに聞いてくれた。
いつも優しくて穏やかな彼に私はどんどん惹かれていった。
「憂太君は高校どこにいくの?」
「うーん、まだちょっと悩んでるんだよね。
県立で考えてはいるんだけど。
那奈ちゃんは?」
中学3年も半ばになる頃には私達はお互いを名前で呼び合うまでに距離を縮めていた。
3年間同じクラス、委員会も3年間一緒、
そんな私達は一緒に過ごす事が当たり前のようになっていて。
相変わらず彼は私以外のクラスメイトとは関わらない様にしていたし、まわりも彼から距離をとっていた。
噂話を信じて彼と関わるのを心配する友達もいたけれど私はそれでも彼と一緒に過ごした。
彼と過ごす時間は楽しくて暖かくて、嬉しくて幸せで。
これが恋だと気づくのにそんなに時間はかからなかった。
だけど、彼と仲良くなればなるほどに彼が誰かを想っているのが分かった。
私じゃない、誰か。
それが誰なのか彼に聞く勇気なんてある訳もなくて。
そして、その相手への想いが恋なのか何なのかも、聞けなくて。
ただ何となく、
彼がまわりの誰とも関わらない様にしているのは、その相手が理由なんじゃないかと思った。
彼はたまに、何もない、誰もいないところを見る事があった。
その時の彼は、どこか苦しそうで、
だけど、どこか愛しそうで慈しむような表情をしていた。
決して私には向ける事のない表情。
そんな彼の表情をひとりじめしている、誰か。
…嫉妬という感情も、初めて知った。
「私は白鳥沢受けようと思ってる」
「白鳥沢!?
凄い進学校だよね?」
私の答えに心底驚いた顔をする。
彼は思いが素直に表情に出るのだ。
「だから不安なんだよね。
でもひとつ上の従兄が中学から白鳥沢いっててね。
凄くいい学校だって言うから憧れてて…」
「那奈ちゃんなら大丈夫だよ!
勉強も、引退したけど部活だっていつも凄く一生懸命頑張ってたし!
自信持って!」
そう言ってガッツポーズする彼は本当に私の事を応援してくれているのが分かった。
「憂太君にそう言われたら自信持てちゃう。
…でも、高校は離れちゃうね」
ポツリと溢れた言葉。
3年間一緒に過ごして彼の事が心の底から大好きになった。
だけど、高校で離れたら
彼は私の事なんて忘れてしまうんじゃないか?
だって、私は彼の特別な存在にも1番にもなれていないんだから。
「…中学3年間憂太君と過ごしてさ、たくさん、たくさん憂太君の良いところとか分かっちゃったし、離れちゃうのは寂しいな」
「…そうだね、僕も那奈ちゃんと離れちゃうのは寂しいな」
そう言って本当に寂しそうに笑う彼の顔を見て思わず伝えたくなる。
私の気持ちを。
「でも、那奈ちゃんなら高校でもたくさん友達出来るし、僕なんかといるよりずっと楽しく過ごせるよ」
「そんな事…」
「離れてもずっと応援してるよ、
那奈ちゃんは僕のたったひとりの友達だから」
友達…。
彼にとって私は友達止まり。
どんなに私が彼を好きでも、彼は決して私にその思いを伝えさせてくれない。
何度か伝えようとした。
彼も多分、私の思いに気づいてる。
だけど、
いや、だからこそ彼は私に思いを伝えさせてくれなかった。
そんな雰囲気になると彼は顔を強張らせてすぐに話を反らした。
…きっとそれが彼の答えなんだろう。
優しい彼は私を直接拒む事が出来ない。
だから、私に思いを伝えさせてくれなかった。
「で?いるの?好きなヤツ」
私を過去から引き戻す様に不意に投げ掛けられた言葉。
「…うん。いるよ」
「は!?マジかよ?」
私の返事に驚いた顔をするのは、私がマネージャーをしているバレー部の白布。
部活が終わり、いつもの様に同じ2年の川西と白布と他愛ない雑談をしながら後片付けをしている中、川西の恋愛相談を受けていた時にふと白布に
「市ノ瀬って好きなヤツいるのか?」と聞かれた。
そう聞かれて私の頭に浮かんだのは、
中学時代に大好きだった彼、
乙骨憂太君だった。
その瞬間、彼と過ごした時間が頭の中を駆け巡っていった。
そして思い出させた、
私の彼に対する思いも。
「…へぇ、いるんだ、好きなヤツ」
「そりゃ私だって恋する乙女ですから」
…結局彼とは中学を卒業してそれっきり。
連絡先を交換していたからラインしたりたまに電話したりはしていたけれど、段々彼からの返信が少なくなっていった。
そして去年、彼は学校で同級生に重症を負わせる事件を起こした。
信じられなかった。
あんなにも優しくて穏やかで、人の気持ちを敏感に感じて気遣いの出来る彼がそんな事件を起こすなんて。
事件を知ってすぐに彼に連絡をしたけれど通じなくなっていて。
人づてに引っ越したと聞いた。
…何も言わずに引っ越した、
それが彼の答えなんだろう。
それから私は彼の事を忘れようと今まで以上に勉強や部活に打ち込んだ。
進学校の白鳥沢の勉強は彼の事を忘れたい私にはちょうど良かった。
ひとつ上の従兄の若利君がエースを努めるバレー部は全国常連の超強豪校、
部員も多くマネージャーの仕事も多い。
それも私には有り難かった。
そうして毎日を忙しく過ごしている私は少しずつ、彼の事を思い出す事が少なくなっていった。
それでもふとした時に思い出す彼の優しい笑顔は私の胸を締め付けた。
「…元気かなぁ、憂太君」
ポツリと溢れた彼への思い、そして名前。
「何?その好きなヤツって今は会えねぇの?」
私の言葉を聞いて苦々しい表情でそう聞いてくる白布。
「去年、引っ越しちゃったんだよね。
連絡先も変わったみたいで全然連絡も取れなくなっちゃった」
「え?なのにまだ好きな訳?」
今度は川西がびっくりした表情でそう聞いてくる。
「だって中学時代ずっと好きだったし、
告白とか出来なくてちゃんと振られてないから何だか忘れられなくてさ」
「何で振られる前提なんだよ」
「分かるんだよ、
…彼の事大好きだから、同じ気持ちじゃない事が分かっちゃうの」
「…だったらさっさと忘れりゃいいじゃねぇか」
「それが出来たら苦労しませんー」
そう言いながらモップを片付け倉庫のドアを閉める。
「さ、早く帰ろ。
明日は練習試合だし」
私の言葉に片付けをしていた1年達も帰り支度を始める。
…ねぇ、憂太君。
元気でいる?
ちゃんと、笑えてる?
私は元気だよ。
憂太君が言ってたように新しい友達も出来たし、毎日忙しいけど楽しく過ごしているよ。
だけど、足りないの。
憂太君が、足りない。
ねぇ、憂太君。
私は、憂太君からたくさんの優しさを貰ったよ。
暖かくて優しい時間を
たくさん貰った。
なのに私は憂太君に何も返せなかったね。
…あんな事件を起こす程に追いつめられていた憂太君の苦しみや悲しみ、
私には想像も出来ない位に背負うモノが大き過ぎて押し潰されそうになっていた憂太君の事、
私は何も分かっていなかった。
「…ごめんね、憂太君」
ポツリと溢れた言葉は、暗い空に溶けていく。
神様、
どうか憂太君に心を許せる友達が出来ていますように。
どうか、どうか憂太君が、
たくさん、たくさん笑えていますように。
真っ暗な空に私はそう祈った。
瞬間、ポツリと涙が真っ暗なアスファルトに落ちていった。
初めて出会ったのは中学に入学した時、同じクラスになったのがきっかけだった。
「よろしくね!」
これから始まる中学生活に不安や緊張がありながらも期待もあった私は隣の席になった彼に最初の印象が大事とばかりに明るく挨拶した。
「あ、う、うん…。
よろしく…」
努めて明るく振る舞った私とは対照的にチラッと私を見てすぐに視線を外した彼はそれだけ言って下を向いてしまった。
人見知りなのかな?大人しい男の子だな、それが彼に対する第一印象だった。
中学生活は楽しくて順調に過ぎていった。
新しく出来た友達、初めての部活、少し厳しい先輩との上下関係、
何もかもが新鮮で、大変な事もあるけど楽しくて。
だけど彼、
乙骨憂太君はいつも下を向いて過ごしていた。
友達もつくらず、部活も入らず、
誰とも関わらずに過ごしていた。
最初に隣の席だった私達はよくある隣の席同士でペアを組むって事で同じ委員会だったり日直を一緒にする事も多く、
恐らく私はクラスで唯一彼に関わっていた。
「乙骨君、午後の授業で使う機材先生が日直で準備しとけって」
「あ、僕が用意してくるから…」
「何で?一緒にいこ」
「いや、僕ひとりでいいから…」
話しかけてもすぐに彼は私から離れようとした。
「乙骨に近づくと呪われる」
そんな中、生徒の間で囁かれだした噂話。
同じ小学校だった子が面白おかしく回りに話だしたのがきっかけ。
乙骨君をからかった男の子達が立て続けに怪我をしたとか何とか。
そんなくだらない噂で彼は益々孤立していった。
そんな彼と一緒にゆっくり話す事が出来たのは夏休みも近くなった頃。
夏休みの間の花壇の水やりの担当の日程表作りをその日たまたま日直だった私達に担任の先生がお願いしてきたため、ふたりで放課後に残って作業する事になった。
「あの、市ノ瀬さん、
僕ひとりでやるから部活にいっていいよ」
「何で?ふたりでやった方が早いじゃん」
「で、でも…」
「ほら、早くやっちゃお!」
相変わらずひとりでやろうとする彼の言葉を無理矢理遮って机を合わせて作業する。
「乙骨君、字綺麗だよね」
「え、そ、そうかな…?」
ふと、口から出た言葉。
以前から思ってた、日直や委員会で彼の書く文字をよく見ていたけれど彼の文字はとても見やすくて綺麗だった。
「うん、読みやすくて綺麗な字」
「ほ、本当?嬉しいな…。
ありがとう…!」
そう言って彼は少し恥ずかしそうに笑った。
その瞬間、私の胸はドクンと大きな音を立てた。
初めて見た彼の笑顔。
それは何だかとても暖かく感じた。
思えば彼はいつもひとりで過ごしているけれど、何もしない訳じゃなかった。
教室の花瓶の水換え、
授業前後の黒板消し、
給食前後の準備、後片付け、
放課後の掃除、
本来ならその日の日直や係りの人がやるべき事を彼はいつもやっていた。
普段彼に近づきもしないクラスメイトは何か押し付けたい時だけ彼に近づいていた。
それでも彼は嫌がる素振りひとつ見せず了承していた。
何度か気付いた時に彼を手伝ったりしたけれど、彼は下を向いてお礼を言っていたからきちんと目線を合わせる事がなかった。
それが今日、初めて目線を合わせて笑顔を向けてくれた。
それが嬉しくて私は彼に色々話した。
今思えばほとんど私から一方的に話しかけていたけれど、彼は笑顔で聞いてくれて答えてくれた。
それから私と彼の距離は縮まったように思う。
それまでは私が挨拶しても話しかけても下を向いて目線を合わせる事もなく返事をしていた彼は、目線を合わせて笑顔で答えてくれる様になった。
日直や委員会の仕事もふたりで一緒にこなした。
あまり自分の事を話さない彼は、
私の話を楽しそうに聞いてくれた。
いつも優しくて穏やかな彼に私はどんどん惹かれていった。
「憂太君は高校どこにいくの?」
「うーん、まだちょっと悩んでるんだよね。
県立で考えてはいるんだけど。
那奈ちゃんは?」
中学3年も半ばになる頃には私達はお互いを名前で呼び合うまでに距離を縮めていた。
3年間同じクラス、委員会も3年間一緒、
そんな私達は一緒に過ごす事が当たり前のようになっていて。
相変わらず彼は私以外のクラスメイトとは関わらない様にしていたし、まわりも彼から距離をとっていた。
噂話を信じて彼と関わるのを心配する友達もいたけれど私はそれでも彼と一緒に過ごした。
彼と過ごす時間は楽しくて暖かくて、嬉しくて幸せで。
これが恋だと気づくのにそんなに時間はかからなかった。
だけど、彼と仲良くなればなるほどに彼が誰かを想っているのが分かった。
私じゃない、誰か。
それが誰なのか彼に聞く勇気なんてある訳もなくて。
そして、その相手への想いが恋なのか何なのかも、聞けなくて。
ただ何となく、
彼がまわりの誰とも関わらない様にしているのは、その相手が理由なんじゃないかと思った。
彼はたまに、何もない、誰もいないところを見る事があった。
その時の彼は、どこか苦しそうで、
だけど、どこか愛しそうで慈しむような表情をしていた。
決して私には向ける事のない表情。
そんな彼の表情をひとりじめしている、誰か。
…嫉妬という感情も、初めて知った。
「私は白鳥沢受けようと思ってる」
「白鳥沢!?
凄い進学校だよね?」
私の答えに心底驚いた顔をする。
彼は思いが素直に表情に出るのだ。
「だから不安なんだよね。
でもひとつ上の従兄が中学から白鳥沢いっててね。
凄くいい学校だって言うから憧れてて…」
「那奈ちゃんなら大丈夫だよ!
勉強も、引退したけど部活だっていつも凄く一生懸命頑張ってたし!
自信持って!」
そう言ってガッツポーズする彼は本当に私の事を応援してくれているのが分かった。
「憂太君にそう言われたら自信持てちゃう。
…でも、高校は離れちゃうね」
ポツリと溢れた言葉。
3年間一緒に過ごして彼の事が心の底から大好きになった。
だけど、高校で離れたら
彼は私の事なんて忘れてしまうんじゃないか?
だって、私は彼の特別な存在にも1番にもなれていないんだから。
「…中学3年間憂太君と過ごしてさ、たくさん、たくさん憂太君の良いところとか分かっちゃったし、離れちゃうのは寂しいな」
「…そうだね、僕も那奈ちゃんと離れちゃうのは寂しいな」
そう言って本当に寂しそうに笑う彼の顔を見て思わず伝えたくなる。
私の気持ちを。
「でも、那奈ちゃんなら高校でもたくさん友達出来るし、僕なんかといるよりずっと楽しく過ごせるよ」
「そんな事…」
「離れてもずっと応援してるよ、
那奈ちゃんは僕のたったひとりの友達だから」
友達…。
彼にとって私は友達止まり。
どんなに私が彼を好きでも、彼は決して私にその思いを伝えさせてくれない。
何度か伝えようとした。
彼も多分、私の思いに気づいてる。
だけど、
いや、だからこそ彼は私に思いを伝えさせてくれなかった。
そんな雰囲気になると彼は顔を強張らせてすぐに話を反らした。
…きっとそれが彼の答えなんだろう。
優しい彼は私を直接拒む事が出来ない。
だから、私に思いを伝えさせてくれなかった。
「で?いるの?好きなヤツ」
私を過去から引き戻す様に不意に投げ掛けられた言葉。
「…うん。いるよ」
「は!?マジかよ?」
私の返事に驚いた顔をするのは、私がマネージャーをしているバレー部の白布。
部活が終わり、いつもの様に同じ2年の川西と白布と他愛ない雑談をしながら後片付けをしている中、川西の恋愛相談を受けていた時にふと白布に
「市ノ瀬って好きなヤツいるのか?」と聞かれた。
そう聞かれて私の頭に浮かんだのは、
中学時代に大好きだった彼、
乙骨憂太君だった。
その瞬間、彼と過ごした時間が頭の中を駆け巡っていった。
そして思い出させた、
私の彼に対する思いも。
「…へぇ、いるんだ、好きなヤツ」
「そりゃ私だって恋する乙女ですから」
…結局彼とは中学を卒業してそれっきり。
連絡先を交換していたからラインしたりたまに電話したりはしていたけれど、段々彼からの返信が少なくなっていった。
そして去年、彼は学校で同級生に重症を負わせる事件を起こした。
信じられなかった。
あんなにも優しくて穏やかで、人の気持ちを敏感に感じて気遣いの出来る彼がそんな事件を起こすなんて。
事件を知ってすぐに彼に連絡をしたけれど通じなくなっていて。
人づてに引っ越したと聞いた。
…何も言わずに引っ越した、
それが彼の答えなんだろう。
それから私は彼の事を忘れようと今まで以上に勉強や部活に打ち込んだ。
進学校の白鳥沢の勉強は彼の事を忘れたい私にはちょうど良かった。
ひとつ上の従兄の若利君がエースを努めるバレー部は全国常連の超強豪校、
部員も多くマネージャーの仕事も多い。
それも私には有り難かった。
そうして毎日を忙しく過ごしている私は少しずつ、彼の事を思い出す事が少なくなっていった。
それでもふとした時に思い出す彼の優しい笑顔は私の胸を締め付けた。
「…元気かなぁ、憂太君」
ポツリと溢れた彼への思い、そして名前。
「何?その好きなヤツって今は会えねぇの?」
私の言葉を聞いて苦々しい表情でそう聞いてくる白布。
「去年、引っ越しちゃったんだよね。
連絡先も変わったみたいで全然連絡も取れなくなっちゃった」
「え?なのにまだ好きな訳?」
今度は川西がびっくりした表情でそう聞いてくる。
「だって中学時代ずっと好きだったし、
告白とか出来なくてちゃんと振られてないから何だか忘れられなくてさ」
「何で振られる前提なんだよ」
「分かるんだよ、
…彼の事大好きだから、同じ気持ちじゃない事が分かっちゃうの」
「…だったらさっさと忘れりゃいいじゃねぇか」
「それが出来たら苦労しませんー」
そう言いながらモップを片付け倉庫のドアを閉める。
「さ、早く帰ろ。
明日は練習試合だし」
私の言葉に片付けをしていた1年達も帰り支度を始める。
…ねぇ、憂太君。
元気でいる?
ちゃんと、笑えてる?
私は元気だよ。
憂太君が言ってたように新しい友達も出来たし、毎日忙しいけど楽しく過ごしているよ。
だけど、足りないの。
憂太君が、足りない。
ねぇ、憂太君。
私は、憂太君からたくさんの優しさを貰ったよ。
暖かくて優しい時間を
たくさん貰った。
なのに私は憂太君に何も返せなかったね。
…あんな事件を起こす程に追いつめられていた憂太君の苦しみや悲しみ、
私には想像も出来ない位に背負うモノが大き過ぎて押し潰されそうになっていた憂太君の事、
私は何も分かっていなかった。
「…ごめんね、憂太君」
ポツリと溢れた言葉は、暗い空に溶けていく。
神様、
どうか憂太君に心を許せる友達が出来ていますように。
どうか、どうか憂太君が、
たくさん、たくさん笑えていますように。
真っ暗な空に私はそう祈った。
瞬間、ポツリと涙が真っ暗なアスファルトに落ちていった。
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