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蒼天のキセキ

※プロローグとは繋がっていません
 季節は夏から晩秋くらいに飛んでます


 俺があんなことを言わなければ……。その後悔で胃はキリキリと締め付けられるように痛む。もう何時間経つだろうか。涙の波は引いては押し寄せ、一向に止む気配がなかった。

「蒼、ショックなのはわかるけど、ごはんくらいちゃんと食べなさい」

 母さんは部屋のドアの前でそう言った。こんなぐちゃぐちゃの顔で、家族とともに普通に食事なんてできるはずがない。
 ただ、食べられないと返事をすることもままならず、声を殺してめそめそと泣くことしかできないのだ。

**

 事の発端は昼休みの昼食の時間の、些細な喧嘩だった。

「蒼のパンうまそうだな! もーらい!」

 今日は久しぶりに好物の菓子パンを食べようとワクワクして袋を開けると、それは一瞬にして奪い去られてしまった。ほんの一口だった。それくらいのことなのに、潔癖の俺はたった一口の、他人がかじった跡が許せなかった。珍しく、何もかも調子が良かったその日だからこそ、小さなことに怒るエネルギーが生まれてしまったとでも言うべきか。

「お前のこと許さない」

 何年も何年もずっと隣にいた幼馴染だ。そんなこと本気で思っているはずもなかったのに、そう口走った俺は、とうとう日頃思っていたことを最悪の言葉で投げかけたのだ。空なんて飛べるわけないんだと、そんなバカげたことをいつまでも言っているお前にはもう付き合っていられないと、悔しかったら飛んでみろよと、どうせ飛べないんだろと。そんなキツイ言葉ばかりを並べて、見捨てようとしたのだ。
 さっきの出来事とは一切関係ない上に、そんなこと俺が気にしなければ済むようなほんの小さなきっかけだというのに。
 それに、そんな俺の言葉は、能天気な翼には通用しないこともわかりきっていたのに。

「俺は飛べる!」

 そう言った翼は、俺の腕を引いて階段に向かった。

 一瞬何が起こったかわからなかった。翼の背中に大きな羽が生え、空を優雅に舞っているような、そんな奇跡に魅せられていた。

 しかし、それは現実ではなかった。

 ふと我に返り、階下を眺めると、足を押さえてうずくまる翼の姿が見えたのだ。嫌な予感が一気に体を通過し、背中がゾクッと震えた。

「翼……!」

 名前を呼びながら駆け寄ると、翼は青ざめながらも、蒼はやっぱり蒼だなと笑った。意味がわからない。いっそのこと、お前が飛べって言ったから飛んだんだぞとでも怒鳴り散らされた方がマシだった。

 さすがの翼もすぐには立ち上がることができず、足の痛みに苦痛の表情を浮かべ、手すりを押さえながらやっとの思いで立ち上がり、壁にもたれかかる。翼の動きは痛々しくてとても見ていられなかった。そばにいるのに、動揺して体が動かない。自分はどこも痛くないのに、涙が溢れ出して震えていた。

「蒼……足痛いから保健室行ってくる」

 翼は俺の顔を心配そうに覗き込みそう言うと、手すりに体重を預け、左足を引きずって辛そうに歩く。いつものありあまる元気な声量ではなかったから、相当痛みがあるのだろうと思った。

 何で俺は何もできないんだろう。悪いのは俺なのに、俺は謝りもしないでなんで泣いているんだろう。自分が情けなくて怒りすら湧いてくる。

「蒼くん、翼くん、大丈夫?」

 そのただならない状況に通りすがった飛高は、翼の様子を見てすぐに養護教諭の前永先生を呼んでくると走っていった。

 前永先生が駆けつけると、すぐに痛いと言っていた左足のズボンを診た。素足で履いた上履きから覗かせたのは、人の足とは思えないくらいパンパンに腫れた紫色の何かだった。

「折れてる可能性が高いね。保健室から車椅子持ってくるからじっとしてて」

 立ち尽くして何もできない俺に見向きもせず、先生は冷静に対応した。痛そうに時折顔を歪める翼を、見ると胃が苦しくなって吐きそうだ。

「なあひばり、オレ蒼の方が心配……」

 翼の隣にしゃがみ、優しい言葉をかけていた飛高は、翼の一言でこちらを注視した。押し寄せる後悔と、羞恥心と、涙と吐き気。震える体で一体どれを我慢すればいいのかわからず、気が遠のく。

「蒼くん、翼くんは大丈夫だから落ち着いて?」

 飛高の温かい手は、俺の背中を優しく撫でた。そして大丈夫、大丈夫と何度も俺の隣で繰り返した。

「車椅子に乗せるの手伝って」

 先生の言葉に立ち上がったのは俺ではなく飛高だった。
 せーのという掛け声で翼は車椅子に座らされ、運搬用のエレベーターで1階にある保健室へと運ばれていった。

 俺は未だに階段の前で立ち尽くすことしかできなかった。でも、あんなことを言った手前、どの面を下げて翼のことを見にいけば良いのか。そんなことを考えながら、人目を避けるように人気のないトイレの個室に向かった。ハンカチで涙を拭い、ポケットからいつもの胃薬を出し、昼食のときに飲もうと思っていた水で流し込んだ。これは惰性のようなものだが、結局は自分を守ることしかできないのだと己の無力さや子どもっぽさを痛感した。

 午後の授業には出られなかった。成績は良くないが、我ながら真面目に授業は受けている方なのに、先生に何も言わず、トイレで半時間ほどを過ごした。普段の俺にはそんなことは考えられないはずだが、この胸のモヤモヤと胃のムカつきを抱えて平然と午後の授業をこなす心の余裕はなかったのだ。
 結局、保健室に向かった。翼のことも気になるし、悪心は増すばかりだったからだ。だが、誰もいない上、鍵は閉まっていた。

「病院に付き添っており、不在にしています」

 というプラカードが吸盤でくっつけてあった。

 きっと翼を病院に連れて行ったのだろう。俺が悪いのに、俺は何もせずに先生に丸投げをして、自分のことを優先して逃げ出した。そのくせ、のこのこと保健室に顔を出したのは恥ずべきことだと思うと、我慢していたものが迫り上がってきた。

「広岡、心配して探したんだぞ」

 ドアの前に座り込み、口を押さえてなんとか吐き気を堪えていると、通りがかった担任の東雲先生は、俺を見つけるなりそう言った。

「ひどい顔色だな」

 元々血色は良くない方だが、よっぽどひどかったんだろう。先生は俺に肩を貸し、ゆっくりと立ち上がって職員室の方へ向かった。

「前永先生が戻るまで、ここで休むといい」

 職員室の奥の誰もいない応接室。先生に身を任せ、ソファに横になると、そのソファの座り心地の良さのせいか、体の力が抜け、ぐったりと沈んでしまった。

「前永先生は、天空を病院に連れて行ってな、もうしばらくは戻ってこないかもしれないな」

 向かいのソファに腰をかけ、東雲先生は俺の方を見る。

「でもな、前永先生も天空も飛高も、みんな口を揃えて広岡が心配だと言っていたぞ」

 ああ、俺はやっぱりつくづく情けない存在だ。そう思うと、涙が溢れた。しゃくり上げた瞬間に、胃の不快感は大きくなり、咄嗟に口を押さえる。

「大丈夫か?! すぐタオルとビニールを持ってくる」

 東雲先生は、そういうとバタバタと職員室を駆け、急いで戻ってきた。ビニールが差し出されると同時に、その中にピシャピシャと胃の中身をこぼした。

「すみ、ません……」

 はぁ、はぁ、と荒い呼吸をしながら、先生に謝った。脂汗が額から流れて落ちる。

「辛そうだな。親御さんに連絡するか?」

 先生がそう言うと、俺は黙って首を振った。母さんにまでこんな情けない姿は見せられない。しばらく俺も先生も無言で座っていた。

「先生……俺が、俺が翼にいらないこと言ったせいで……翼が…………、俺の気が小さいせいで……」

 心配そうに見つめる先生に、溜まっていた後悔を打ち明けた。

「それで……広岡はこんなに具合が悪くなるほど心を痛めたのか」

 先生は俺を責めなかった。むしろ、心が優しいと言ってくれた。けど、自分には自分の優しさなんて微塵もわからない。人が思うほどきっと優しくない、ちっぽけな人間なのに。

「今日はここでゆっくり休みなさい」

 そう言うと、先生はまた職員室の方へと消えて行った。

 目を閉じるとじんわりと滲んだ涙が、顔を横切っていく。本当に俺は弱虫だ。瞼の奥では、何度も翼の辛そうな表情がリフレインして、その度に胸が苦しくなった。



「広岡、起きれるか?」

 自分を起こす声がして目を開けると、教室に置いていたはずの俺の荷物を持った飛高と東雲先生が立っていた。体には覚えのないブランケットがかけられていた。

「すみません……」

 正直、泣きながら胸を打ち明け、情けなく嘔吐しているところを見られた先生とも、何もできずに立ち尽くしていた俺を励ましてくれた飛高とも目を合わせるのが恥ずかしく、キツく目を閉じて頭を下げた。

「蒼くんすごく魘されてたし、顔色も良くないね……」

 飛高は俺の顔を上げると、そう言って額に張り付いた髪を整えた。

「飛高、悪いけど広岡のお母さんが迎えに来るまで見ててやってくれ。もう職員会の時間みたいだ」

「はい」

 飛高ははっきりとした返事をすると、俺の隣に腰を下ろした。

「翼くん、ずっと蒼くんのこと心配してたよ」

 自分の足よりもなんであんなことを言った俺のことを心配しているんだろうか。あいつ、そんなに人のことを気遣うタイプではないはずなのに。

 きゅうっとまた胃が痛んだ。無意識的にそこをさすっていると、飛高はまた心配そうに見つめた。

「蒼くん、こんなこと聞いちゃって悪いんだけど、胃が悪いの? 前に胃薬飲んでるの見ちゃって、……それで、今日先生が蒼くんが吐いちゃったって言ってたから、もしかしてって思ってたんだけど、今も調子良くなさそうで……」

 何と返せばいいのか。割と前からずっと胃痛には悩まされていたので、その頃から市販の胃薬を常に持ち歩いている。なんとなく他の人には言いたくなくて、未だに誰にも言っていないが、見られていたとは。

「ストレスを感じると胃が痛むというか……」

 深刻にならないようにだいぶ濁して伝えたが、飛高は大きな目に涙を浮かべて、こちらを見ている。

「私ね、お兄ちゃんがストレスも溜めやすくてね、慢性胃炎だったの。それで、お兄ちゃん、去年胃癌で亡くなっちゃったの……。だから蒼くんには無理してほしくないし、私にできることがあったら何でもしたいの……」

「ごめん……」

 飛高の真っ直ぐな思いに、申し訳なさを抱えながら反射的に謝った。飛高がそんな思いを抱えているなんて知る由もなかった。なんとも言えない微妙な空気が漂った。泣き崩れる飛高を見て、どうすればいいかわからず、少し距離を詰めて、座り直した。うまく言葉が出てこないし、手は汚いかもしれないから極力彼女には触れず、けれど落ち着かせようと無言でそばに寄ったのだ。

「蒼くん、やっぱり優しいね」

 飛高は目を擦ってから笑ってそう言った。また優しいと言われたが、もし俺が泣いていて、飛高が俺の立場だったらもっと気の利いた言葉が出てくるし、慰められるはずなのに。俺は自分の不器用さがたまらなく嫌だった。

「俺はそんな……」

 大した人間じゃない。今は自分を否定することしかできず、また目の奥が熱くなった。

「広岡、お母さんがいらっしゃったよ。飛高もありがとうな」

 先生の声がちょうどそれを遮り、涙はなんとか流れずに済んだ。

「私、外まで蒼くんの荷物運ぶね。今は身体への負担が少ない方がいいと思うから」

 そう言うなり飛高は俺の荷物を持って足早に応接室から出ていった。涙を隠すように、ハンカチで拭う飛高も、言いえぬ苦しさを抱えているんだろうなと思った。


「天空くんが階段から落ちて、骨折してしまったんですが、それを見た広岡くんがショックを受けてしまって……」

「翼くんが……?」

 先生の説明を聞いた母さんは大きく目を見開いて驚いた。母さんも翼のことはよく知っている。飛高から俺の鞄を受け取ると、後部座席に荷物を置き、俺を座らせて二人に頭を下げた。

「蒼、大変だったね」

 運転し始めた母さんは、俺を労うようにそう言った。意外だった。てっきり翼の心配で頭がいっぱいになっていたのかと思った。

「うん……」

 違う。大変なのは翼と飛高と先生たちだ。俺は本当に何もしていない。全ての元凶は俺なのに、情けなく動揺して泣くことしかできなかった上に、親に迎えに来てもらうというとんだ失態を見せてしまったくらいだ。

「俺は……何もできなかった」

 そう言うと唇を噛み締め、悔しい思いに身を震わせる。

「もし母さんが蒼が倒れたところを見たりでもしたら同じように何もできないかもしれないね」

 バックミラーでチラリと俺の方を見ると、さらに続けた。

「そういうときに何かしてあげたいって思うほど大切な人だと、余計に何もできないものよ」

 母さんの言葉からは、そういうふうに何もできなくなるのは俺だけじゃないという共感だけでなく、自分はそれほど俺のことを想っているという遠回しな励ましが含まれていた。
 母さんのくれる無償の愛でさえ、俺にはもったいなく感じて、苦しかった。



 そんなことがあって、俺は家に帰り着くと、すぐに自分の部屋に篭った。

 それから数時間、何もせずにただ後悔と恥ずかしさと情けなさで泣くことしかできなかった。翼は今どうしているか考えれば考えるほど、痛みに耐える表情や俺を心配して困った顔を思い出してしまうのだ。

 そして今に至っている。

 
「部屋の前に置いておくわね」

 そう言った母さんは、持ってきた食事をお盆ごとドアの前に置いた。正直戻す自信しかなくて気は進まないが、とりあえず部屋の中に入れてテーブルの上に置いた。
 湯気を立てる温かそうなスープは、俺が体調を崩したときに母さんがいつも作ってくれる薄いコンソメ味の野菜スープだ。

 机の上で伏せっていると、スマホの通知が鳴った。翼からのメールだった。

「蒼、大丈夫か? 俺は手術したけど元気だぜ!!!!」

 翼はあんなことを言った俺を心配してわざわざメールを寄越してくれた。手術……そんな大事になっていたのか。

「俺のせいでごめん。」

 俺はそれだけ返事してスマホをまたロックした。勢いだけで母のスープを飲み、すぐに胃薬を口に入れ、水で流し込んだ。

 もう寝よう。

 一言メモを書き、スープが入っていた器をお盆にのせて扉の前に戻した。

 そして、ゴミ箱の袋を二重にして枕元に近づけて、ベッドに入り、布団を被った。

**

 目を瞑ると翼の苦しむ顔が何度も浮かんでは、すぐに目が覚めてしまう。そして、夜が明けるまで啜り泣き、嘔吐し、満足に眠れずに何度も寝返りを打った。

「一睡もできなかった……」

 胃の痛みと悪心はいまだに治らず、そして泣き腫らした目の下には盛大にクマをつくっていた。ふらつきながら、顔を洗おうと洗面所の鏡の前にたった自分の様子は、最悪なコンディションと言わざるを得ないひどいものだった。

「蒼おはよう。なんとかご飯食べてくれたのね」

 母さんはそう言うと、俺を見るなり心配そうに顔を曇らせた。

「眠れなかったの?」

「うん……」

「学校休む?」

「いや……」

 いつもより低い声で短く返事をする。ふるふると首を振るとピキッと頭に痛みが走った。
 昨日の午後も休んでしまったのに、こんなことで連日授業に出ないなんて自分が許せない。全ては翼にあんなことを言った自分のせいなのだから、どんなに不調だろうとそれは自業自得で、体に鞭を打ってでもいくべきなのだ。

「無理はしないでね」

 母さんは俺の気持ちを理解してそう言ってくれた。

 なんとなく、玄関を出ると翼の元気な声が響くと思っていた。けれど、やっぱりそんなことはなかった。
 俺は体調を崩して休むこともしばしばあったが、翼は小学校も中学校も皆勤なのだ。熱を出してベッドに伏していると、外から「蒼ー!行ってくる!!」「大事にな〜!」と元気に挨拶してくれるのもまた、翼らしくて好きだった。

(手術をしたってことは入院かな……)

 そんなふうに考えながら寝不足の身体でとぼとぼといつもの通学路を歩いた。
 同じ道なのに、今日はいつもの倍以上長く感じた。

 いつもの席に荷物を置いて着席し、ぼーっと教室を見回した。やっぱり、見慣れた後ろ姿がないことには違和感しかなかった。

「蒼くんおはよう。体調はどう?」

 隣の席の飛高は、流れるように俺のことを気遣い、覗き込んできた。目が合うとお互い恥ずかしくなって目を逸らした。

「あ、あのね、昨日は急にあんな話をしちゃってごめんね。友達にも話してないのに、つい勢いで……」

 飛高は伏し目がちにそう言った。それほど、俺のことが気になって、聞かずにはいられなかったんだろう。

「いや、俺の方こそ。翼を見て俺は何もできなかったのに、飛高は冷静にテキパキ判断できていてすごいと思った。情けなすぎて、飛高にも申し訳ない」

「そんなことないよ。私も蒼くんの立場だったら動揺して何もできないと思うし、ああいうときは動ける人が動かなきゃ!」

 俺が飛高に謝ると、飛高も母さんと同じように俺をフォローしてくれた。飛高が蒼くんは何も悪くないよなんて言うものだから、つい首を振ってしまった。

「俺、翼と喧嘩したというか……一方的に怒ってひどいこと言ってしまったんだ」

 飛高は驚いた顔をした。

「そうなんだ……翼くんと蒼くんってずっと仲良しだよねって、よく他の子と話してたんだけど」

 学校にいる間、翼とはほとんど離れたことがないくらいいつも一緒にいる。そのイメージが他の人には強いんだろう。

「いやまあ……性格は合わないけど、幼馴染だし……それに……」

 翼がいなかったら俺の友達は一人もいないのだ。だから、必然的に翼としか話さない。それが、仲良く見えるんだろう。

「なんでもない」

 友達が翼しかいないなんて飛高に言う必要はないだろう。そう思って誤魔化した。

「ねえ蒼くん、今日翼くんのお見舞い行こうよ」

「え……、でも……」

 俺もそうはしたいと思っていたが、あんなことを言った手前行ってもいいものかと少し悩む。

「蒼くんが一番翼くんのこと気になってて、会いたいと思ってるって私は思うんだけどな〜」

 それは確かにそうだ。翼のいない朝がこんなにいつもと違うなんて、『寂しい』と感じるなんて思ってもみなかった。今すぐにでも翼の笑った顔が見たい。翼の元気な声が聞きたい。

 ああ、俺って翼がいないとダメなんだな。

「ありがとう飛高」

 俺は一人だったら、ずっとウジウジと後悔に押し潰されていた。翼に痛む足を引きずって歩かせていた。助けられない上に、自分まで病んでしまうところだった。

「ふふ、蒼くん今日最初に見たときより顔色良くなったね」

 飛高は俺の顔を見て嬉しそうに笑った。

 放課後、ちゃんと翼と仲直りしよう。俺の気持ちをちゃんと伝えよう。そう前を向くと、身体の不調も気にならなくなった。

 俺って単純だな。
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