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Magical Bucket

 私はこの魔法学校始まって以来の落ちこぼれだと周囲の人に言われ続けてきた。十四歳にもなって使い魔すら召喚出来ないなんてと先生たちからも失望されていた。

「ねえ、フィル。私十五歳になるまでに使い魔が召喚できなかったら退学なんだって」

 ここまでむしろなぜ置いていてくれていたのか不思議でたまらないといった様子で乾いた笑いを浮かべる。

「じゃあ、僕も本気でネリスをサポートしないとね」

 フィルはそう言って細い腕で力こぶをつくって見せた。

「何を言っているのフィル! あなた自分の体調……」

「こう見えても病気になる前は魔術も座学もトップだったんだ」

 大丈夫だよとフィルは元気そうなそぶりを見せるけれど、残された時間はあとわずかだってこと私は聞いてしまった。私の前ではいつも笑顔を見せてくれるフィル。本当は毎晩息苦しくて眠れないこと、咳がひどくて、時には血を吐いて、でも私の前ではそれを隠して元気そうにしている。そんなフィルが心配で毎晩部屋の外でフィルの様子をうかがって、勝手に病状を医者に聞いて、まるでストーカーみたいだけど、フィルが私に内緒にするのだから仕方がない。

「僕がサポートを口実にネリスと居たいだけなんだけどね」

 フィルは時々遠い目をするようになった。そして、以前より私といることを強く望むようになった。

「それに……」

 言葉が詰まるフィル。異常なくらい滲んだ汗と混じって落ちた涙。初めてだった。フィルは随分大人びていて、博識で飛び級するくらい魔道の腕も優れていて、ずっと年上の人と対等に張り合っていた。だから忘れていたけど、私より二歳も下なのだ。もっと年相応に笑って、泣いて、みんなと遊んで……誰にも怒られないはずだ。落ちこぼれの私と違ってやることもちゃんとやって、才能も努力も誰にも負けない、将来だって約束されているくらいすごい子なのに。

「フィル、私には話してよ。恋人じゃない」

 きっと幼馴染じゃなかったら、親同士の仲が良くなかったら私とフィルは出会うことすらなかった。出会っていたとしても天才と凡人だもの。話すことなんてなかった。でも、現実に私とフィルは周りが嫉妬するくらい仲の良い恋人同士なんだから。

「二週間前、持ってあと一カ月だって言われた。今の医療技術じゃ治せないんだって」

 落ち着いた声でフィルはそう告げた。

「そう。話してくれてありがとう」

 知っていた。私も医師に聞いて覚悟はしていたから。

「だから、僕の持っている力をネリスに分けられたらって思って」

 そんなふうにフィルが思っていたことは予想外だった。確かにフィルのような能力が私にあればもう落ちこぼれなんて言われないし退学になることもない。

「でも、私退学になってもいいもの」

 フィルがいなくなってしまうならこんなところにいる必要なんてない。元々才能なんてないことはわかっていた。けれど、フィルと一緒に居たくて追いかけてきた。一生かけても追いつけないだろうけれど、それでも同じ場所にいるだけで私は幸せだった。

「ネリス……学校はネリスに色々ひどいことを言ってきたかもしれない。でも、僕は、僕が愛したこの学校で、僕の分までネリスに楽しんでほしいと思っているんだ」

「フィル……」 

 私にとってこの学校は、フィルと一緒に居られる場所以外に魅力なんてない。フィルが長くないことがわかっているなら、フィルと一緒に故郷に帰りたいくらいだ。

「ねえフィル……どうせなら二人で故郷に帰らない?」

 私はフィルと二人で居られればどこだっていい。いっそ魔術とか勉強とかそんなのに左右されない場所に行きたい。そう思った。きっとお母さんもお父さんも今までよく頑張ったねって言ってくれる。縛られない生活ならそのほうが断然幸せなのに。

「僕はネリスと居られるならこの部屋でだって十分だよ」

 だから最後の時間を私に色々教えて役に立ちたいという。私はフィルにもらってばかりなのに何も返せない。

「僕の夢はネリスがみんなに認められる立派な魔法使いになることだよ。ネリスは自分では気づいてないけど強力な使い魔をコントロールできるだけの力があるんだよ。ただ、召喚できないだけで、その先は無限の未来がある」

 そんなこと先生にも言われたことがないのに、フィルはなんでそんなに自信をもって私にそう言えるのだろう。

「でも、フィルの負担になるし、私、フィルに何もできないまま、してもらってばっかで返せないままなんて嫌だよ」

「僕の夢、ネリスが叶えてくれたら何百倍ものお返しになるのに」

 私は、フィルが魔道も座学も死ぬまで全力で教えると言ってくれたことにどんなに逃げても断れなかった。

 けど、授業をサボって、フィルの秘密特訓を受けれるなんてこんなに恵まれていていいのかって思うくらい幸せだった。

 毎日毎日私とフィルはずっと一緒に居た。少しずつ腕は上がっているような気がするし、天才と称されてずっと他の人にちやほやされて、年下なのに私よりずいぶん階級が上で接点が薄れていたフィルとこんなに長い時間居られることなんてなかったから、楽しくて楽しくて私はすっかりタイムリミットを忘れていた。この短い幸せな時間の魔法が解けてしまう鐘がなる時を。


「ねえフィル、私使い魔召喚できそうな気がしてき……」

 私がうれしそうに声を上げたとき、フィルは眠るように床に倒れていた。これまで苦しそうだけど確かに聞こえていたフィルの息をする音が弱くなっていく。ずっと顔色は悪かったけど、びっくりするくらい青白い顔になっていた。

「フィル? ねえ、私、まだ、……まだっ……召喚できたとこ見せられてないよ……お願い……死なないで」

 私は強くフィルの手を握った。けれど、いつも熱のあるその手は冬場のかじかんだ手のように冷たかった。まだ体は温かくてやわらかいけど、何度呼んでも返事がない。

「先生来て? フィルがっ……フィルが死んじゃう……」

 私は泣き叫びながら先生を呼んだ。けれど、誰も私の話を聞いてくれない。落ちこぼれのくせに理由もなく二週間も姿を見せなかったのだ。私を軽蔑するような目が鋭く突き刺さる。私なんて信じなくてもいい。フィルを救ってほしい、その気持ちだけで走り回っていた。

「ネリス、そんなに退学がうれしいか。何なら今ここで召喚試験をして何も出せなかったらすぐに退学にしてやろうか」

 なんで誰一人フィルのことを気にかけてくれないのだろう。それが不思議でたまらなかった。

「そんなことよりフィルが……」

「フィル? 誰だそれは? お前が今から召喚する使い魔の名前か?」

「……?」

 この学校でフィルのことを知らない人なんているはずがない。なのに、なんでみんなフィルのことなんて最初から知らなかったみたいなの?

「ほら、早く召喚しろ。それとも、やっぱり出来ないんだな」

(フィルの努力を無駄にはしたくない)

 私はやってやろうという気持ちで力を込めた。

――バケッ?

「えっ、うそ……私……」

 状況が理解できない。けれど、確かにそこには使い魔らしきゴーストが見える。フィルが愛用していた帽子と同じ形、同じ色。けれど、見た目はとんでもなく弱そうだ。

「バケケ! バケッバケ~!」

 この子が何を言っているのか全くわからないけれど、なぜだかフィルが私を祝福してくれているような気がした。

「よし、俺が命名してやろう。バケしか喋らないからバケット。どうだ? フィルなんて名前より愛嬌があっていいだろ?」

 なんだかフィルが悪く言われているようで気分は良くないけれど、みんなが忘れてしまったとしても、フィルは私の心の中には残っている。だから、このゆるいゴーストにフィルとつけるのは違うと思うから、仕方なくそれに従うことにした。

「そうだ、フィル……」

 私は駆け出した。フィルの倒れている部屋に向かって全速力で。誰も助けてくれないなら私が何とかするしかない。

「フィル?」

 けれど、そこにはフィルはいなかった。フィルに使い魔が召喚できたことを真っ先に報告したかったのに。

 私は一人取り残されたみたいにフィルの居たはずの部屋で立ち尽くしていた。

――この世界には言い伝えがある。生前の何かに対する想いが強いと、使い魔として転生するときがあると。
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