1.Starting our Club
「高本君、星とか宇宙とか興味あるんやったら、天文部に入ってみいひん?」
普段、他人に話しかけられないようにと読書に没頭している浩哉に、巧は意を決して声を掛けた。
「無理」
そわそわと返事を待つ間もなく、浩哉は即答した。愛読している宇宙が題材の小説から目も離さず、たった二文字で。しかし、それはおおむね予想通りの反応だった。二年生になっても何の部活にも属していない人に一度声を掛けたくらいですぐに入ってもらえるとは思ってはいなかった。
(どないしよ……このままやったら廃部やなぁ)
昨年卒業した先輩が五人、それ以外は巧とただ一人の幽霊部員。その幽霊部員も、最初の頃しか活動しておらず、今年の部活動継続届を出さなければ実質退部ということになる。つまり、天文部には天野巧ただ一人の部員しかいないわけだ。
「ねえ、それ、俺でもいい?」
落胆する巧の背後から急に声がして振り返ると、クラスでも目立つ存在の土井雅人が立っていた。
「ええけど、土井君は天文に興味あるん?」
髪に部分的な金のメッシュが入り、学ランからは派手なオレンジ色のパーカーをのぞかせる、どうみても“チャラい”風貌の男。クラス内外に友達も大勢おり、毎日のように遊び歩いているという噂の彼が、天文学に興味を持って入部するとは信じ難い。
「いや、全然何も知らない。……けど、巧と浩哉と友達になりたいし」
「そういうの一番迷惑じゃん」
浩哉は雅人の言葉に嫌悪感むき出しでそう呟いた。
「僕としては入った後でも興味持ってくれるんやったら歓迎やけどな。このまま誰も入部せんかったら廃部やし」
巧の言葉を聞き、だったらなおさら入りたいと雅人は言ったが、それを聞いた浩哉はムキになって言い返す。
「そんなお情けで部員が入っても活動がちゃんとできなければ意味がないだろ」
浩哉の正論に巧も雅人も黙り込んだ。
「だから、僕は高本くんを誘ったんやけどな……星とか宇宙とか好きなんやろ?」
しばらく間があって、巧は浩哉にそう訴えかけた。浩哉を誘ったのは、浩哉が部活に入っていないからではなく、浩哉が天文学に興味を持っていると考えていたからで、無差別に誰でもいいというわけではなかった。
「ふーん……じゃあさ、浩哉も入ればいいじゃん」
「『も』って何? あんたがいるなら入らないけど」
雅人の提案は見事なまでにあっさりと却下されてしまった。
「浩哉は天文学に興味がありすぎて、素人の俺が天文部の足引っ張るのが嫌なんだよな? じゃあ俺もちゃんと勉強するし……」
「そういう楽天的なのがムカつく。あんたの動機が意味分からないし、何もかも信用できないんだよ。存在が無理」
雅人のどんな説得にも応じようとせず、話の途中で浩哉は本を閉じて席を立った。無口で大人しい浩哉が声を荒げて怒りを見せたのは初めてのことで、遠巻きに見ていたクラスメイトも驚いてざわついた。
**
「何ムキになってるんだ俺は……」
教室から少し離れた手洗い場で、浩哉は冷静さを取り戻してそう呟いた。
本当は天文部に誘われて嬉しかった。けれど、雅人を見ると嫌な思い出が蘇り、つい苛立って酷いことを言ってしまったのだ。雅人は何も悪くない。嫌なことも言ってない。なのに全否定するようなことを言ってしまった。自分の方が随分と嫌な奴だ。頭では理解していた。しかし、素直に「天文部に入りたい」とか「ごめんなさい」と言うことは、今の浩哉にとって高い壁だった。
「浩哉」
振り向くのが億劫で、顔を上げて手洗い場の鏡を見た。すると背後に雅人が立っているのが見えた。
「あのさ、話聞くだけ聞いてよ。俺の態度で怒らせてしまったんだと思うから、まずはごめん。無理に友達になったりしなくていいから。俺は巧のために天文部に入る。ちゃんと活動もする。浩哉は俺がいるかいないかは無視して、自分が入りたいか入りたくないかで決めてよ」
雅人は見た目の割にちゃんとしていた。きちんと頭を下げて謝った。そして、浩哉が軽い態度に嫌悪感を抱いていることをわかったのなら、真面目な顔をして天文部に入部して活動することを宣誓した。
「あんたがいるから入りたくないって言ってんの。日本語通じてんの?」
けれど浩哉が自分がまさに出来ないと思っていたことを目の前で完璧にこなされてしまったことがまた苛立ちの火種をつけてしまうのだった。
雅人の残念そうにしょぼくれた顔が鏡に映った。
「もう話しかけて来るな」
そんな雅人にトドメを刺すように言い放った。小さくなっていく雅人の悲しそうな背中を鏡越しに追うと、最低なことをしたという罪悪感が嫌というほど押し寄せてきた。
**
「浩哉、おはよう!」
翌朝、浩哉が席に着こうとすると普段は聞こえてこない自分への挨拶が聞こえてきて驚いた。
「話しかけて来るなって言ったじゃん」
昨日とは打って変わって元気に挨拶を振りまく雅人に、顔をしかめてそう言った。
「それより見て、入部届!二枚もらったからやるよ」
そんなチケットみたいな感覚で渡されてもと困惑しながら、何故か断ることができずに入部届を受け取ってしまった。
「それをどうするかもうちょっと考えてみてよ!じゃあな!」
雅人は一方的な早口で告げて早々に立ち去った。浩哉は一瞬今すぐにでも叩き捨ててやろうかと思ったが、そうはせずに未練がましく入部届を見つめた。
**
放課後、巧は嬉しい知らせに心を躍らせた。
「ほんまに天文部の部員二人増えたんですか?!やったー!!」
「今日二人出してきたよ。とりあえず放課後部室に来るように言ったから」
「ほんなら鍵借りて行きます!」
巧は喜びを隠しきれず足早に部室に向かった。特別科目棟の端っこにある地学実験室が活動場所だ。教室からは離れていてあまり人目につかない。
「やっほー巧! 入部届出したら先生が放課後ここで待ってろって言ってたから待ってたよ」
雅人は巧を見つけると大きな声で手を振りながら自分がここで待っていたことを告げた。
ガタッ……
雅人が大声を出したと同時に、奥側の扉の近くの掃除道具入れの方から物音がした。
「な〜んだ! 浩哉もいたなら言ってよ!!」
浩哉がしまったと思う頃には、もうすでに雅人に見つかっていた。
「ここで待つよう言われたけど、あんたと二人きりになるのとか地獄だから!」
こんな人気のないところに偶然通りかかる言い訳も思いつかず、隠れていた理由も正当化しないと変な奴と思われると考え、そう返した。
「じゃあ、新入部員って土井君と高本君なんやな?」
二人のやりとりを歩きながら遠目から見ていた巧は確認するようにそう訊ねた。
「うん」
入らないと言っておきながら翌日には入部届を出していたという事実は今思うととても恥ずかしく、今すぐにでも帰りたい心地を抑えて浩哉は頷いた。
「ほんなら、今年度第一回天文部部会を始めるでー!」
これからの活動に希望を馳せながら巧は部室の扉を開けたのだった。
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