Magical Bucket
初めて最低級の試験である使い魔の召喚に成功した私は、いくつかの級の試験に一気に合格し、ようやく何年も居座り続けた幼い子どもたちのいる学び舎から籍を移し、フィルがいた校舎で学ぶことになった。
上級の魔法使いに教えてもらうという授業では、自分よりいくつも年下の子どもに教わらなければならず、ずっと笑いものにされていた。もうそんな苦痛は味わわなくてもよくなる。嬉しいはずなのに少し寂しい。悲しいことも悔しいことも、いつも私の気持ちに寄り添って聴いてくれたのが他でもないフィルだったからだ。
フィルと2人きりで、低級の校舎の裏の泉にこっそり集まってよく話していた。その想い出に胸がいっぱいになったのは、校舎が変わるからという理由だけではない。もうフィルは隣にいないことを、私は独りぼっちだということを認識したからだ。せっかくの門出だというのに、フィルのことを想い出すと涙が止まらない。
「バケ、バケバケケッ」
まるで私を慰めるように、バケットは私の頬を優しく撫でた。バケットがもしずっと私の中に宿っていたのなら、私とフィルの想い出の全部を知っているのかもしれない。初めて出会ったときに祝福してくれたのもきっと私のことをずっと見てくれていたからだと思った。
「ありがとう。ごめんね、ずっと出してあげられなくて……」
バケットの愛しい帽子を撫でた。
バケットを見ていると、自然と涙は止まっていた。バケットはフィルと一緒にいるような安心感を与えてくれる。私の使い魔がバケットで本当に良かったと思った。
「感傷に浸っている場合じゃないね。早く準備しなくちゃ」
もうここに来ることはないだろうなと思いながら泉を背にして自分の部屋に戻ろうとした。
「でも……」
またここに来たい、フィルのことを忘れたくない。私は一度部屋に戻り、大事にしていた手紙とクローバーの押し花を小瓶に入れた。私が元気のないときにフィルが励ましにと送ってくれた手紙と苦労して見つけてくれた四つ葉のクローバーだ。
そしてそれを、泉のほとりの大きな木の下に埋め、木の枝を十字に組んで作った簡易的な墓標を刺して、フィルのお墓を作った。
結局、どれだけ探してもフィルのいた痕跡は見つからなかった。フィルの遺体もなければ、フィルの持ち物もない。私以外の人は誰もフィルのことを知らない。なのに、フィルが私にくれたものは全部手元に残っていたし、記憶にも鮮明に残っていた。不思議だけれど、フィルは何だってできる魔法使いだったから、最期の力で何か願ったのかもしれないと、そう思うようにした。
「フィル、私ね……今はまだダメかもしれないけど、いつか蘇生魔法を使えるようになりたいと思ってるの」
フィルの墓前で決意表明した。蘇生魔法を扱える者は現代には存在していない。遠い昔の伝説の魔法だ。もちろん、蘇生したいのは他でもないフィルだ。
「私には才能がないかもしれないけれど、この子となら何でもできるような気がするの」
「バケ……」
バケットは驚いたような反応を見せた。他の使い魔にはできないようなことがバケットならできる気がするのも、こんな風に私の感情や言葉を理解しているからだ。
長く私の中に閉じこもっていたせいで、何かを共有できているのかもしれないし、バケット自身が特別な力を持った使い魔だからなのかもしれない。詳しいことは何一つわからなかったけれど、バケットが他の使い魔と違うことは確かだった。
この世界の魔法は、魔法使いが使い魔に魔力を送り、送られた魔力の種類や強さによって使い魔が魔法を使うという少しややこしい形をしている。だから、一般的に使い魔は人間の言葉が理解できない。
バケットは、私が魔力を送らずとも必要な魔法を自分で判断して使うことができるという決定的な違いがあった。
魔法試験で「火の魔法はどう使うのだったかな」と怪しい記憶を辿っていると、私が魔力を送る前にバケットは魔法を使った。どうやら求められていることがわかるようだ。
「ねぇバケット、あなたは何者なの?」
私はバケットを見つめて、そう問いかけた。
するとバケットは、フィルのお墓の上に移動して、何かを言いたげに私の方に向き合った。
「バケケ!バケバケ!!」
バケットには私の言葉が通じているけれど、私にはバケットが何を言いたいのかわからない。それでも、バケットがフィルのことを伝えようとしていることはなんとなくわかった。
「もしかして、あなたもフィルが私に遺してくれたものだというの?」
「バケ……バッケバケバケバケ?」
バケットの言うことはわからなかったけど、私の質問は正解ではないのだろうということは理解できた。
「ううん。バケットはバケットだもの。遺品みたいな言い方しちゃってごめんね」
使い魔を物扱いする人は少なからずいるけれど、私はそうは思いたくなかった。人と同じように、生命を与えられて、感情を持っている。使い魔のいない以前の私はよくわからなかったけれど、バケットを見ているとそう思わずにはいられなくなった。
「バケバケ!」
私はバケットを両手で包み込み、頬に擦り寄せた。
「バケ〜」
バケットを見ると少し照れて嬉しそうな雰囲気が伝わった。バケットは私に触れられるのが好きみたいだ。
「これからもよろしくね」
「バケ!」
任せて!と言わんばかりの得意げな声色で、バケットは返事をする。フィルもよく「任せて!」って得意そうに言ってたっけ。
「バケ?」
私はフィルと重なるバケットを愛おしく見つめた。さすがのバケットも、私が口に出さないことはわからないのかな。
「何を考えてたかは秘密よ」
「バケ〜!!!」
こうして見るとバケットはかなり感情表現が豊かだ。表情は変わらないのに、声色と動きで結構わかるかもしれない。
いつかバケットの言いたいことが、全部わかるようになるといいな。バケットのことがもっと知りたいな。
そう思いながら、その校舎での最後の眠りについた。
上級の魔法使いに教えてもらうという授業では、自分よりいくつも年下の子どもに教わらなければならず、ずっと笑いものにされていた。もうそんな苦痛は味わわなくてもよくなる。嬉しいはずなのに少し寂しい。悲しいことも悔しいことも、いつも私の気持ちに寄り添って聴いてくれたのが他でもないフィルだったからだ。
フィルと2人きりで、低級の校舎の裏の泉にこっそり集まってよく話していた。その想い出に胸がいっぱいになったのは、校舎が変わるからという理由だけではない。もうフィルは隣にいないことを、私は独りぼっちだということを認識したからだ。せっかくの門出だというのに、フィルのことを想い出すと涙が止まらない。
「バケ、バケバケケッ」
まるで私を慰めるように、バケットは私の頬を優しく撫でた。バケットがもしずっと私の中に宿っていたのなら、私とフィルの想い出の全部を知っているのかもしれない。初めて出会ったときに祝福してくれたのもきっと私のことをずっと見てくれていたからだと思った。
「ありがとう。ごめんね、ずっと出してあげられなくて……」
バケットの愛しい帽子を撫でた。
バケットを見ていると、自然と涙は止まっていた。バケットはフィルと一緒にいるような安心感を与えてくれる。私の使い魔がバケットで本当に良かったと思った。
「感傷に浸っている場合じゃないね。早く準備しなくちゃ」
もうここに来ることはないだろうなと思いながら泉を背にして自分の部屋に戻ろうとした。
「でも……」
またここに来たい、フィルのことを忘れたくない。私は一度部屋に戻り、大事にしていた手紙とクローバーの押し花を小瓶に入れた。私が元気のないときにフィルが励ましにと送ってくれた手紙と苦労して見つけてくれた四つ葉のクローバーだ。
そしてそれを、泉のほとりの大きな木の下に埋め、木の枝を十字に組んで作った簡易的な墓標を刺して、フィルのお墓を作った。
結局、どれだけ探してもフィルのいた痕跡は見つからなかった。フィルの遺体もなければ、フィルの持ち物もない。私以外の人は誰もフィルのことを知らない。なのに、フィルが私にくれたものは全部手元に残っていたし、記憶にも鮮明に残っていた。不思議だけれど、フィルは何だってできる魔法使いだったから、最期の力で何か願ったのかもしれないと、そう思うようにした。
「フィル、私ね……今はまだダメかもしれないけど、いつか蘇生魔法を使えるようになりたいと思ってるの」
フィルの墓前で決意表明した。蘇生魔法を扱える者は現代には存在していない。遠い昔の伝説の魔法だ。もちろん、蘇生したいのは他でもないフィルだ。
「私には才能がないかもしれないけれど、この子となら何でもできるような気がするの」
「バケ……」
バケットは驚いたような反応を見せた。他の使い魔にはできないようなことがバケットならできる気がするのも、こんな風に私の感情や言葉を理解しているからだ。
長く私の中に閉じこもっていたせいで、何かを共有できているのかもしれないし、バケット自身が特別な力を持った使い魔だからなのかもしれない。詳しいことは何一つわからなかったけれど、バケットが他の使い魔と違うことは確かだった。
この世界の魔法は、魔法使いが使い魔に魔力を送り、送られた魔力の種類や強さによって使い魔が魔法を使うという少しややこしい形をしている。だから、一般的に使い魔は人間の言葉が理解できない。
バケットは、私が魔力を送らずとも必要な魔法を自分で判断して使うことができるという決定的な違いがあった。
魔法試験で「火の魔法はどう使うのだったかな」と怪しい記憶を辿っていると、私が魔力を送る前にバケットは魔法を使った。どうやら求められていることがわかるようだ。
「ねぇバケット、あなたは何者なの?」
私はバケットを見つめて、そう問いかけた。
するとバケットは、フィルのお墓の上に移動して、何かを言いたげに私の方に向き合った。
「バケケ!バケバケ!!」
バケットには私の言葉が通じているけれど、私にはバケットが何を言いたいのかわからない。それでも、バケットがフィルのことを伝えようとしていることはなんとなくわかった。
「もしかして、あなたもフィルが私に遺してくれたものだというの?」
「バケ……バッケバケバケバケ?」
バケットの言うことはわからなかったけど、私の質問は正解ではないのだろうということは理解できた。
「ううん。バケットはバケットだもの。遺品みたいな言い方しちゃってごめんね」
使い魔を物扱いする人は少なからずいるけれど、私はそうは思いたくなかった。人と同じように、生命を与えられて、感情を持っている。使い魔のいない以前の私はよくわからなかったけれど、バケットを見ているとそう思わずにはいられなくなった。
「バケバケ!」
私はバケットを両手で包み込み、頬に擦り寄せた。
「バケ〜」
バケットを見ると少し照れて嬉しそうな雰囲気が伝わった。バケットは私に触れられるのが好きみたいだ。
「これからもよろしくね」
「バケ!」
任せて!と言わんばかりの得意げな声色で、バケットは返事をする。フィルもよく「任せて!」って得意そうに言ってたっけ。
「バケ?」
私はフィルと重なるバケットを愛おしく見つめた。さすがのバケットも、私が口に出さないことはわからないのかな。
「何を考えてたかは秘密よ」
「バケ〜!!!」
こうして見るとバケットはかなり感情表現が豊かだ。表情は変わらないのに、声色と動きで結構わかるかもしれない。
いつかバケットの言いたいことが、全部わかるようになるといいな。バケットのことがもっと知りたいな。
そう思いながら、その校舎での最後の眠りについた。
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