2話 再会

 真純くん元気かな。今日は何してるかな。毎朝、そんなことを考えながら登校するのが日課で、それは今日まで一日も欠かさなかったくらい私の好きな人。だから、その日は突然訪れた私にとって待ち焦がれた日だった。
 先生に連れられて、緊張した表情で黒板の前に立つ。小学時代、結構ひどいいじめに遭っていたというのに、緊張はしていてもびくびく怯えるわけでもなく、ただ真っ直ぐ希望に満ちた目をしていた。あの頃から何も変わっていない。周りの心ない言葉に屈せずに、自分の信じる道を見つめて一生懸命で居続ける、そんな素敵な人のまま。

「真純くん、困ったことがあったら何でも言ってね」
 席に着いた真純くんに、私はそう声をかけた。ただ出席番号が前後だから、私が真純くんを好きでもそうでなくても自然に聞こえるように。
 それから、先生が真純くんの病気の話を少しして、朝の会が終わった。そして、一時間目の授業がある理科室に行くために、当たり前のようにみんなは荷物を持って席を立つ。私は、周りをキョロキョロ窺って、焦る真純くんに一緒に行こうと言った。それに対して、真純くんはありがとうと笑顔をくれた。それだけで、天にも昇るくらい嬉しかった。

 私は小学二年生で一度だけ真純くんと同じクラスになった。私はその頃からずっと真純くんのことが好きだった。だけど、クラスの子から冷やかされたり、避けられたりしている真純くんをかばったら、自分もいじめられてしまうのではないかと怖がって、やめなよって言えなかった。ずっと遠くから見ているだけ。想いを伝えなくても、私はいいと思っていた。

「ごめん、えっと、名前聞いてなかったから、教えてほしい」
 真純くんが口を開いて、何を言ってくれるのかわくわくした。けれど、私の期待よりもはるかに進んでいないことに気づいた。
「あ、ごめんね。私は畑愛華だよ。小学二年生のとき同じクラスだったんだけど覚えてないかな?」
 席が前後のときは、真純くんが休んだ次の日ノートを貸したこともあった。わずか一か月くらいだけど、私は真純くんのことを好きになってずっと目で追っていたから忘れたことなんてない。だけど、真純くんにとっては覚えてないくらいの存在なのかと思うと少し残念に思った。伝えなければ、心に残ることもないのかもしれない。

「あのね、私あのときからずっと真純くんのこと見てきたの」
 この先、またたった一度同じクラスになった、詳しく覚えていないクラスメイトでいるのは嫌で、すがるように私はそう言っていた。
「……?」
 真純くんは突然そんなことを言われて、どう反応したらいいのかわからないというような顔をした。急な告白なんてびっくりするに決まってる。
「あ、気にしなくていいの。いきなりでびっくりしたよね。困ったことがあったら何でも言ってね」
 そうは言うけれど、少しは心のどこかに引っかかってほしい。愛莉ちゃんがあんな風になってしまったのなら、あのときできなかったことを私がするの。そう心に決めて私は真純くんの手を握った。最初に声をかけたときと同じ言葉で誤魔化しながら。

「あのさ……愛莉……いや、なんでもない」
 真純くんは、やっぱりいいやというように何か私に聞こうとして口をつぐんだ。一瞬、私の名前を間違えたのかなと思った。でも、きっとそうじゃなくて、愛莉ちゃんがどうしてあんな風になってしまったのか聞きたいけれど聞いていいものなのかわからず言いよどんでいる感じだった。

 そう、どんなに私が目の前で真純くんのことを好きでいても、どんなに力になりたいと思っていても、真純くんの目には私は映っていない。陰りのないキラキラとした真っ直ぐな瞳は、ただ一人愛莉ちゃんのことを見つめて離さない。

「急がなくちゃ授業に遅れちゃう!」
 こみ上げてくる涙を隠すように私は真純くんをせかして手を引っ張った。親指と人差し指ですっぽりと包めてしまうか細い腕は、ごつごつした骨を感じてしまうほど痩せていた。そんな真純くんの闘病の跡も愛しくてたまらない。だけど、この感情が気持ち悪いことはわかっている。今も、好きでもない女の子に手を握られて嫌で嫌でしょうがないかもしれない。でも、だからこそ私はこの手を離したくない。だって、そうでもしないと真純くんと手を繋ぐことなんて、触れ合うことなんて一生できない気がするもの。

「あ、愛華……」
 嫌だから離して、なんて真純くんはきっと言わない。その言葉に続くのは何だろう。想像がつかなくて真純くんの顔を見た。真っ赤に染めた顔を見られたのが恥ずかしくなったのか思わず私から目を逸らした。
「ご、ごめんね」
 あまりにもピュアな真純くんをこれ以上困らせるのはやめようと思った。本当はずっと手を握っていたい。けれど、私のワガママで真純くんの気持ちをもてあそぶのは失礼だと思ってしまう。それに、そんな反応をしたということは、私のことを少なくとも女の子として意識してくれているからだとわかったから。

 もし、私が今の真純くんに好きだと伝えたら、私のことを見てくれるのかな。……ううん。この気持ちはまだ真純くんには言わないでおこう。今は、名前を憶えてくれて、女の子だと意識してくれて、それだけでも見ているだけだった私には十分すぎるくらいのことだから。
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