1話 入学式~

「なんで小春が翔のことを知ってるんだ?」
 小春の小さなつぶやきを拾い逃さずに考え事をする司。ちなみに、司は明美の幼馴染であり、小春とも小学生の頃から顔見知りである。

「司、手を動かせ」
 箒を持ったまま手を動かさずに考え事をしている司を、景は注意する。
「はいはい。ところで翔は小春に覚えはないのか?」
 景には適当な返事をし、しぶしぶ手を動かしながら翔に聞いた。
「んー……」
 司の質問に対して翔は首をかしげる。自分の顔も名前も知っているような人物に心当たりがなかったのだ。
「オレ記憶力あんま良くないし、もしかしたらどっかで会ってるのかも」
 小春の様子から、翔に気があることはだいたい想像がついた。小春のことを割と知っている司は、彼女が見た目だけで誰かに惚れることはないだろうと思っていた。

「あの、司くん……もうすぐ掃除終わるよ」
 景の様子を見て、言いにくそうにしながらも竜はそう告げる。
「えっ、マジでか!」
 そう言いながら、慌てて手を動かし始めるが、時計を見るとあと一分とちょっとくらいしかない。頭をひねりながらもせっせと箒がけをする翔、慌てて作業が雑になる司、それを見て今にも怒り出しそうな景、持ち場の流しを掃除し終えて、雑巾がけの手伝いを申し出る竜。とても見ていられない状況に、煌は思わずベッドから出て立ち上がる。
「僕も手伝うよ」
「悪いのは司だ。お前もそうやって起きていると体に障るだろう」
 景は今まで怒っていた表情を一変させて、煌を労わる。が、煌は景から目をそらして小さく震えていた。それでも、大丈夫だからと無理に笑う煌を制して竜は座らせる。
「でも……みんな掃除しているのに僕だけ見ていられないよ」
 班員であるとわかって、自分だけ特別扱いのように何もしないのは気が引けたし、と自分と話していたから作業が遅れたのだという責任を感じ、煌はそう言った。
「後は雑巾だけだし大丈夫だって」
 能天気に笑いながら司は煌のそばに行って頭を撫でる。もちろん、景はそんな司に対して腹を立てていたが、時間も残り少ししかないことと、病人のいる保健室で声を上げることは問題があると判断したため我慢した。
「それより、煌が掃除する間もなくチャイム鳴るしな!」
「誰のせいだ」
「俺?」
「……他に誰がいる」
 すっとぼける司に、景は半分呆れながらやり取りする。しかし、それ以上景は何も言わなかった。悔しいけれど、自分に対して怯えていた煌が司の一言で安心したような表情を浮かべる。これから一カ月、この場所で掃除をすること、もしも煌がこれから共にクラスで、班で、一緒に活動する仲間になるのなら、そういった和やかな雰囲気を作り出せるのならば、司の存在は必要だなと景は思った。それは、適当で何を考えているのかよく分からない司だからこそ出来るのかもしれない。

 急いで掃除を終わらせ、バタバタと教室へ急ぐ司たちを煌は見送った。
(司くんか……)
 結局、煌がなぜ教室に来ないのかは聞けなかった。けれど、サボりだとかそういうのじゃない、勉強する意思はあって、教室ではないけれど保健室には登校している。何か来られない理由があるのだとそこにいた全員が感じ取っていた。

「あの教科書、一つ上のだったな」
 教室に戻る廊下で、景はふと口を開いた。勉強に高校生活をささげようとまで思っている景にとってその情報はとても大きなものだ。
「そんなことより、俺はなんていうか、教室行くのが怖いんじゃないかって思うんだよな。俺と話してる時も目合わせてくれなかったし、カーテンに隠れてたし。景が怖い顔してるのを見て泣きそうになってたぜ」
「確かに言い方はきつかったな」
 景はバツが悪そうに眉間にしわを寄せるが、思ったより素直に非を認めた。
(勉強遅れないようにってずっと頑張ってたのか……それとも)
 努力をしない怠惰な人間は嫌いだが、煌なりの頑張りが見られたことで、景は煌に対して誤解していたのだと気づく。
「でもさ、どう考えても体調とかその辺が理由だと思うけど」
「心配だよね」
 みなが煌の気になるところを口々に言った。煌と仲良くしたいと思っているのは自分だけじゃないんだなと安堵した司はあることを思い出した。
「あ~!」
「どうしたんだ?」
 突然叫びだす司に驚いて、翔はとっさに聞いた。
「煌って教えてもらったのに俺の名前言うの忘れた!」
 そんなことで声出すなよと翔は司に文句を言う。煌と仲良くなるためにはとても重要なことなのにと司は悔いたがすぐに気を取り直す。
「まあいいや。これからゆっくり仲良くなっていけばいいし。な、竜」
「そうだね」
 あまり会話に混ざれていない竜を気遣って話を振り、これからが楽しみだという顔をして竜の肩に手をかける。

――一方で、小春と明美と直子はどうやって話しかけるか作戦会議をしていた。
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