10話 修学旅行
「もしもし、直子ちゃん?」
自分のことを避けているかもしれないと思っていた煌が自ら電話をかけてきたので、何を言われるのかと身構えた。
「あのね……僕も本当は修学旅行に行きたいんだ……」
「えっ?!」
予想してない言葉に、聞き間違いかと思いってつい驚いたような声を上げた。
「でも、お父さんに行きたくないって駄々をこねたのも自分なんだ。だから、直子ちゃんに手伝ってほしいことがあって……」
煌の言いたいことはよく理解できなかったが、煌に頼られていることはわかった。
「任せて!!」
自分の協力があれば、煌が修学旅行に行けるかもしれないと思うと嬉しくなり、大きな声でそう返事した。具体的に何をするかは何もわからなかったが。
**
「ねえお父さん」
「ん?なんだ直子」
リビングのちゃぶ台を前にどっかりとあぐらをかいて座っている父に真面目な顔をして話しかけた。
「私がもし、修学旅行行きたくないって駄々をこねて、後でやっぱり行きたくなったって言ったらお父さんはどう感じる?」
「わしは当然直子が楽しめるのが一番だと思っとるぞ!!」
真面目な顔をしているから何だと思えばそんなことかと笑い飛ばす父を見てやっぱり親はそういうものなんだなと安心した。
そうなると煌の父を説得するのは簡単そうだと思った。あるいは、煌が母親に仲介してもらえば済む話ではないのか。
けどまた余計なお節介で困らせたら……そう思うと少し怖かったが、煌が自ら自分に頼んでくれたのだ。こんなチャンスは逃してはならない。
とりあえず困ったときは司に聞いてみよう!そう決めて、発信した。
しばらくコールしたがすぐには出なかった。司は電話に出たりメールやLINEの返信なんかは早い方だと勝手に思っていたが、何か用事でもあるのだろうか。
まあまたかけ直せばいいし、用事が終わったら折り返してくれるだろうと待ってみることにした。
**
ご飯を食べ終わった20時過ぎ、忘れていた頃に司からの着信があった。
「ごめん!すぐ出られなくて!!なんか用事か?!」
「あのさ、煌くんが修学旅行行けるように協力してほしいなと思って電話したんだ」
景のときも協力してくれた司ならきっと手伝ってくれるし、いいアドバイスもくれると思う。自分はコミュニケーションが下手な方ではないと思うが、司の方が相手に合わせて失礼のないように説得するのがきっと上手だろうから。
「煌くん自体は修学旅行行きたいって気持ちがあるみたいなんだけど、お父さんを説得しなくちゃいけないと思うんだ」
「親が反対してんのか?」
司はすぐにそう聞き返した。私はわからないと答えるしかなかった。
「あんま踏み込みすぎねぇ方がいいってこともあるしさ、そこら辺はちゃんと煌に確認しとこうぜ」
電話越しだからか、司はいつもの明るいテンションに比べると少し弱気というか消極的な感じがした。そういえば明美ちゃんにもそんなことを言われたっけと直子はぼんやり思う。
「そうだね! また明日煌くんに直接聞いてみるよ!」
当然かもしれないが、あまり他人の家庭事情についてなど考えたこともなかった。思い返せば景も竜も特殊な家庭事情だったなと思いながら、煌がどのような生活をしているのか想像してみる。
毎日の車での送迎に、持ち物から滲み出る高級感、本人の美貌と浮世離れしたような言動を思い浮かべて、やっぱり王子様だと思わずよだれがでそうになるのを我慢して今はそんな時じゃないと自分に喝を入れた。
「煌くんのお父さん、どんな人だろう……」
**
「おはよう! 煌くん〜!」
朝の教室に直子の大きな声が響き渡る。煌は一瞬ビクッとしたが、すぐに直子の声だとわかり廊下から教室へと身を乗り出して待つ直子の方へ歩き寄った。
「直子ちゃん、目立つから人気のないところに行こう」
そう言って、煌は、朝使われていない誰もいない空き教室に案内する。二人きりだ。
「昨日は急にごめんね……。あれから考えたけど、やっぱりその、直子ちゃんに頼ってばかりじゃダメかなって考え直して……」
「ダメじゃないよ!!」
言いにくそうに、煌がモジモジしていると直子はすかさず割って入る。
「あのね、私は煌くんのことが好きだから、煌くんがみんなと同じような経験をして笑ってるのを見たいなって思うし、煌くんが頼ってくれたら嬉しいし、私なんかで良ければ煌くんのためにできることをしたいんだよ!」
勢いに任せて早口で捲し立てた。半月先まで取っておこうとしていた言葉もポロリと出た。驚いてキョトンとする煌を見ると、自分が今何を言ったのか理解した直子は顔に血が昇るのを感じた。
「ご、ごめん、びっくりしたよね、私何言って……」
煌はゆっくりと首を振った。
「直子ちゃんの気持ちは嬉しいよ。でも、僕も、自分で変わらなくちゃいけないと思うから」
好きという言葉に対する返事はなく、恥ずかしさだけがドクドクと鼓動を早めてその場に居座る。けれど煌の決意の眼差しは、揺るぎない意思を持っていた。その澄んだ若紫に吸い込まれそうだった。
ごくりと何かを飲み込むと、直子は真剣な眼で煌に向き合う。
「人って何かを解決するのに迷惑かなって思ったりすると一人で抱えちゃうよね。景くんも竜くんも煌くんもそう。正直水臭いって私は思う。頼ったっていいじゃん! 人って思うより頼られるの嫌いじゃないんだよ!」
直子にとって景も竜も実の親にほとんど育てられていないことは衝撃だった。人に頼らず生きて、頼られたら優しくできて、勉強ができるのがすごいとか、家事ができるのがすごいとか、才能なんだろうって思っていた。けれど、実際は二人が積み上げてきた時間と努力なんだと知ったら、自分が恵まれていることにも、何もできないことにも悔しさが込み上げた。頼り慣れてないから頼ってくれないんだなって思うと寂しかった。せめて煌くんにはそうであってほしくない。
「直子ちゃん……」
直子の熱弁に感化されて、煌はハッとする。二学期の中間試験の前に、景が頼ってくれなかったことが嫌だったなと思い出した。それで一方的に喧嘩までしてしまったのだから、自分だって例外ではないのだと気づかざるを得ない。
「私はそう思うし、司くんたちも同じ気持ちなんだよ。……それに、煌くんのお父さんだってきっとそうだよ。もし私が今の煌くんと同じ状況で、やっぱり行きたいって言っても、私のお父さんは笑顔で行ってこいって送り出してくれると思う」
裕子も美兎や虎彦も年は違うけれど、我慢する家族を見て何かしたいけれどできない歯痒さを抱えていた。その気持ちはほんの少し話しただけでも痛いほど伝わってきた。煌のお父さんだってきっとそうだ。直子はそう思った。
煌も、父が煌のためなら何でもするよといつも優しく言ってくれることは実感しているし、自分が行きたいとさえ言えば、きっと文句を言わずに何だってしてくれることは確信しているのだ。
「私は煌くんと修学旅行に一緒に行きたい! そのためなら何だってするよ。だけど煌くんが自分の力で変わるというのなら、それを見守ることもする。煌くんがお父さんを頼ってみたらまた変わるかもしれないしさ」
「直子ちゃん、ありがとう。直子ちゃんなら背中を押してくれるって思ってたんだけど、直子ちゃんに頼って本当に良かった」
憂いが晴れたような煌は、先程までと顔つきが変わり、少し逞しくなったような、そんな気がした。
朝の予鈴が鳴ると、直子と煌はお互いに嬉しそうに目を細め、それぞれの教室へと戻った。
**
翌日の朝、今度は珍しく煌の方から三組の教室に足を運んでいた。
「直子ちゃん! お父さんに自分の気持ちを言ってみたんだ……! そしたら、その言葉を待っていたよって言ってくれて、僕も直子ちゃんたちと修学旅行に行けるように手続きしてくれるみたいなんだ!」
心なしかいつもより浮かれて見える煌を可愛いなぁと思ったのは内緒だが、直子も煌の気持ちが伝染して嬉しくなる。
「当日が楽しみだね!」
直子は煌の滑らかな長い指を手に取り笑ってみせた。
煌が直子に手を振り教室に戻ると、直子のサイドからすかさず明美と小春が声をかける。
「ちょっと何よ、なんかいい雰囲気じゃないの!?」
「なおちゃん、本当に説得しちゃったの?」
つい一昨日まで煌に避けられているところを見かけていた小春たちは、先程の微笑ましい光景に目を丸くしたのだ。
「えへへ〜! 私の熱意が通じたってやつかな?」
直子は照れ笑いを浮かべ、ポリポリと頭をかいた。
「あとは竜くんだけなんだよね……お金さえなんとかなればなんだけど……」
「それは一番無理なやつでしょ。諦めなよ」
直子が未練がましく竜のことに触れると、明美は途端に冷たく言い放った。直子は明美の反応に苛立ち、思わず食ってかかる。
「なんでそんなに冷たいの? 竜くんは親に行きたいって言ってないし、もしお金出してくれるって言ったら変わるかもしれないじゃん!」
「世の中正論が通じない親だっているのよ。あたしは司が竜とおんなじ状況だったとしても、首突っ込んだりしないわよ」
「それってどういう意味? 幼馴染でもってこと? 好きな相手でもってこと?」
「はぁ? 喧嘩売ってんの?」
「ストップだよ二人とも! 修学旅行の前に喧嘩なんかしてたらせっかくの楽しみが台無しになっちゃうよ?」
ヒートアップする二人の言い合いに、小春は困ったような顔をしながら間に入った。感情的になりすぎてお互い言葉が足りないなと思いながら聞いていたこともあり、止めないとすれ違ったまま加速していくと思ったのだ。
「私は明美ちゃんみたいに簡単に見捨てるのも、直子ちゃんみたいに踏み込み過ぎようとするのもどっちも良くないと思うから……」
小春ははっきりと自分の意見を言った。どちらの気持ちもわからなくはないが、二人とも考えが対極で偏りすぎているから修正しなければと思う。
「そうね。まあせいぜいやってみればいいんじゃない? でも家にも帰ってこないような親が、簡単に説得に応じてくれるとも思えないけど」
小春に言われると弱い明美は、すぐにくるりと意見を変えた。
「それとさっき司のこと出したのは、あんたの考えてるような意味じゃないから」
そして不満げに付け足した。いつものムキになって否定しているときの明美とは少し違っていたと直子は感じ、それ以上茶化すのはやめようと思った。
「私もちょっとイラってしちゃって……ごめん」
二人の様子を見て小春はほっと胸を撫で下ろした。せっかく好きな相手と回れたとしても、友達と険悪な雰囲気だなんてことは絶対に避けたい。
「なおちゃんもほどほどにね」
竜への過干渉を心配しつつ、小春は直子に声をかけた。八割くらいは明美の意見に賛成なのだ。
**
「やったじゃん、煌ー!!!!」
煌が修学旅行に行けるようになったことを聞きつけた司は煌のところへ駆け寄り、嬉しそうに肩を組んだ。
「うん、やっぱり自分で行きたい言ってみるものだね。直子ちゃんのおかげで勇気がもらえたんだ」
煌は司の腕を嫌がらずに受け入れ、しみじみとそう言った。
竜は少し離れた席で二人のやりとりを聞いていたが、煌の言葉をどこか他人事とは思えないでいた。
親も当然悪いとは思うが、自分も意地を張って何年も親と口を利かないでいたのだと自覚すれば、何か行動を起こしてみようかなという気にはなった。
仕送りが足りないことも今まで相談したことはなかった。親がそれなりに稼いでいることはその職業や肩書きから想像に難くない。だからその額が足りないのは、単に親が自分たちに無関心でいるがために見誤っているのが原因で、自分も声を上げたことがなかったためだ。
何も言わずに自分が我慢をすることで平穏にやり過ごせると思っていたけど、変えようとすることから逃げていたのかもしれないと竜は思った。
(変わらなくちゃいけないのは僕も同じなのかもしれない)
そう感じた竜は、家に帰り着くと重い腰を上げて、母親に電話をかけたーー。
自分のことを避けているかもしれないと思っていた煌が自ら電話をかけてきたので、何を言われるのかと身構えた。
「あのね……僕も本当は修学旅行に行きたいんだ……」
「えっ?!」
予想してない言葉に、聞き間違いかと思いってつい驚いたような声を上げた。
「でも、お父さんに行きたくないって駄々をこねたのも自分なんだ。だから、直子ちゃんに手伝ってほしいことがあって……」
煌の言いたいことはよく理解できなかったが、煌に頼られていることはわかった。
「任せて!!」
自分の協力があれば、煌が修学旅行に行けるかもしれないと思うと嬉しくなり、大きな声でそう返事した。具体的に何をするかは何もわからなかったが。
**
「ねえお父さん」
「ん?なんだ直子」
リビングのちゃぶ台を前にどっかりとあぐらをかいて座っている父に真面目な顔をして話しかけた。
「私がもし、修学旅行行きたくないって駄々をこねて、後でやっぱり行きたくなったって言ったらお父さんはどう感じる?」
「わしは当然直子が楽しめるのが一番だと思っとるぞ!!」
真面目な顔をしているから何だと思えばそんなことかと笑い飛ばす父を見てやっぱり親はそういうものなんだなと安心した。
そうなると煌の父を説得するのは簡単そうだと思った。あるいは、煌が母親に仲介してもらえば済む話ではないのか。
けどまた余計なお節介で困らせたら……そう思うと少し怖かったが、煌が自ら自分に頼んでくれたのだ。こんなチャンスは逃してはならない。
とりあえず困ったときは司に聞いてみよう!そう決めて、発信した。
しばらくコールしたがすぐには出なかった。司は電話に出たりメールやLINEの返信なんかは早い方だと勝手に思っていたが、何か用事でもあるのだろうか。
まあまたかけ直せばいいし、用事が終わったら折り返してくれるだろうと待ってみることにした。
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ご飯を食べ終わった20時過ぎ、忘れていた頃に司からの着信があった。
「ごめん!すぐ出られなくて!!なんか用事か?!」
「あのさ、煌くんが修学旅行行けるように協力してほしいなと思って電話したんだ」
景のときも協力してくれた司ならきっと手伝ってくれるし、いいアドバイスもくれると思う。自分はコミュニケーションが下手な方ではないと思うが、司の方が相手に合わせて失礼のないように説得するのがきっと上手だろうから。
「煌くん自体は修学旅行行きたいって気持ちがあるみたいなんだけど、お父さんを説得しなくちゃいけないと思うんだ」
「親が反対してんのか?」
司はすぐにそう聞き返した。私はわからないと答えるしかなかった。
「あんま踏み込みすぎねぇ方がいいってこともあるしさ、そこら辺はちゃんと煌に確認しとこうぜ」
電話越しだからか、司はいつもの明るいテンションに比べると少し弱気というか消極的な感じがした。そういえば明美ちゃんにもそんなことを言われたっけと直子はぼんやり思う。
「そうだね! また明日煌くんに直接聞いてみるよ!」
当然かもしれないが、あまり他人の家庭事情についてなど考えたこともなかった。思い返せば景も竜も特殊な家庭事情だったなと思いながら、煌がどのような生活をしているのか想像してみる。
毎日の車での送迎に、持ち物から滲み出る高級感、本人の美貌と浮世離れしたような言動を思い浮かべて、やっぱり王子様だと思わずよだれがでそうになるのを我慢して今はそんな時じゃないと自分に喝を入れた。
「煌くんのお父さん、どんな人だろう……」
**
「おはよう! 煌くん〜!」
朝の教室に直子の大きな声が響き渡る。煌は一瞬ビクッとしたが、すぐに直子の声だとわかり廊下から教室へと身を乗り出して待つ直子の方へ歩き寄った。
「直子ちゃん、目立つから人気のないところに行こう」
そう言って、煌は、朝使われていない誰もいない空き教室に案内する。二人きりだ。
「昨日は急にごめんね……。あれから考えたけど、やっぱりその、直子ちゃんに頼ってばかりじゃダメかなって考え直して……」
「ダメじゃないよ!!」
言いにくそうに、煌がモジモジしていると直子はすかさず割って入る。
「あのね、私は煌くんのことが好きだから、煌くんがみんなと同じような経験をして笑ってるのを見たいなって思うし、煌くんが頼ってくれたら嬉しいし、私なんかで良ければ煌くんのためにできることをしたいんだよ!」
勢いに任せて早口で捲し立てた。半月先まで取っておこうとしていた言葉もポロリと出た。驚いてキョトンとする煌を見ると、自分が今何を言ったのか理解した直子は顔に血が昇るのを感じた。
「ご、ごめん、びっくりしたよね、私何言って……」
煌はゆっくりと首を振った。
「直子ちゃんの気持ちは嬉しいよ。でも、僕も、自分で変わらなくちゃいけないと思うから」
好きという言葉に対する返事はなく、恥ずかしさだけがドクドクと鼓動を早めてその場に居座る。けれど煌の決意の眼差しは、揺るぎない意思を持っていた。その澄んだ若紫に吸い込まれそうだった。
ごくりと何かを飲み込むと、直子は真剣な眼で煌に向き合う。
「人って何かを解決するのに迷惑かなって思ったりすると一人で抱えちゃうよね。景くんも竜くんも煌くんもそう。正直水臭いって私は思う。頼ったっていいじゃん! 人って思うより頼られるの嫌いじゃないんだよ!」
直子にとって景も竜も実の親にほとんど育てられていないことは衝撃だった。人に頼らず生きて、頼られたら優しくできて、勉強ができるのがすごいとか、家事ができるのがすごいとか、才能なんだろうって思っていた。けれど、実際は二人が積み上げてきた時間と努力なんだと知ったら、自分が恵まれていることにも、何もできないことにも悔しさが込み上げた。頼り慣れてないから頼ってくれないんだなって思うと寂しかった。せめて煌くんにはそうであってほしくない。
「直子ちゃん……」
直子の熱弁に感化されて、煌はハッとする。二学期の中間試験の前に、景が頼ってくれなかったことが嫌だったなと思い出した。それで一方的に喧嘩までしてしまったのだから、自分だって例外ではないのだと気づかざるを得ない。
「私はそう思うし、司くんたちも同じ気持ちなんだよ。……それに、煌くんのお父さんだってきっとそうだよ。もし私が今の煌くんと同じ状況で、やっぱり行きたいって言っても、私のお父さんは笑顔で行ってこいって送り出してくれると思う」
裕子も美兎や虎彦も年は違うけれど、我慢する家族を見て何かしたいけれどできない歯痒さを抱えていた。その気持ちはほんの少し話しただけでも痛いほど伝わってきた。煌のお父さんだってきっとそうだ。直子はそう思った。
煌も、父が煌のためなら何でもするよといつも優しく言ってくれることは実感しているし、自分が行きたいとさえ言えば、きっと文句を言わずに何だってしてくれることは確信しているのだ。
「私は煌くんと修学旅行に一緒に行きたい! そのためなら何だってするよ。だけど煌くんが自分の力で変わるというのなら、それを見守ることもする。煌くんがお父さんを頼ってみたらまた変わるかもしれないしさ」
「直子ちゃん、ありがとう。直子ちゃんなら背中を押してくれるって思ってたんだけど、直子ちゃんに頼って本当に良かった」
憂いが晴れたような煌は、先程までと顔つきが変わり、少し逞しくなったような、そんな気がした。
朝の予鈴が鳴ると、直子と煌はお互いに嬉しそうに目を細め、それぞれの教室へと戻った。
**
翌日の朝、今度は珍しく煌の方から三組の教室に足を運んでいた。
「直子ちゃん! お父さんに自分の気持ちを言ってみたんだ……! そしたら、その言葉を待っていたよって言ってくれて、僕も直子ちゃんたちと修学旅行に行けるように手続きしてくれるみたいなんだ!」
心なしかいつもより浮かれて見える煌を可愛いなぁと思ったのは内緒だが、直子も煌の気持ちが伝染して嬉しくなる。
「当日が楽しみだね!」
直子は煌の滑らかな長い指を手に取り笑ってみせた。
煌が直子に手を振り教室に戻ると、直子のサイドからすかさず明美と小春が声をかける。
「ちょっと何よ、なんかいい雰囲気じゃないの!?」
「なおちゃん、本当に説得しちゃったの?」
つい一昨日まで煌に避けられているところを見かけていた小春たちは、先程の微笑ましい光景に目を丸くしたのだ。
「えへへ〜! 私の熱意が通じたってやつかな?」
直子は照れ笑いを浮かべ、ポリポリと頭をかいた。
「あとは竜くんだけなんだよね……お金さえなんとかなればなんだけど……」
「それは一番無理なやつでしょ。諦めなよ」
直子が未練がましく竜のことに触れると、明美は途端に冷たく言い放った。直子は明美の反応に苛立ち、思わず食ってかかる。
「なんでそんなに冷たいの? 竜くんは親に行きたいって言ってないし、もしお金出してくれるって言ったら変わるかもしれないじゃん!」
「世の中正論が通じない親だっているのよ。あたしは司が竜とおんなじ状況だったとしても、首突っ込んだりしないわよ」
「それってどういう意味? 幼馴染でもってこと? 好きな相手でもってこと?」
「はぁ? 喧嘩売ってんの?」
「ストップだよ二人とも! 修学旅行の前に喧嘩なんかしてたらせっかくの楽しみが台無しになっちゃうよ?」
ヒートアップする二人の言い合いに、小春は困ったような顔をしながら間に入った。感情的になりすぎてお互い言葉が足りないなと思いながら聞いていたこともあり、止めないとすれ違ったまま加速していくと思ったのだ。
「私は明美ちゃんみたいに簡単に見捨てるのも、直子ちゃんみたいに踏み込み過ぎようとするのもどっちも良くないと思うから……」
小春ははっきりと自分の意見を言った。どちらの気持ちもわからなくはないが、二人とも考えが対極で偏りすぎているから修正しなければと思う。
「そうね。まあせいぜいやってみればいいんじゃない? でも家にも帰ってこないような親が、簡単に説得に応じてくれるとも思えないけど」
小春に言われると弱い明美は、すぐにくるりと意見を変えた。
「それとさっき司のこと出したのは、あんたの考えてるような意味じゃないから」
そして不満げに付け足した。いつものムキになって否定しているときの明美とは少し違っていたと直子は感じ、それ以上茶化すのはやめようと思った。
「私もちょっとイラってしちゃって……ごめん」
二人の様子を見て小春はほっと胸を撫で下ろした。せっかく好きな相手と回れたとしても、友達と険悪な雰囲気だなんてことは絶対に避けたい。
「なおちゃんもほどほどにね」
竜への過干渉を心配しつつ、小春は直子に声をかけた。八割くらいは明美の意見に賛成なのだ。
**
「やったじゃん、煌ー!!!!」
煌が修学旅行に行けるようになったことを聞きつけた司は煌のところへ駆け寄り、嬉しそうに肩を組んだ。
「うん、やっぱり自分で行きたい言ってみるものだね。直子ちゃんのおかげで勇気がもらえたんだ」
煌は司の腕を嫌がらずに受け入れ、しみじみとそう言った。
竜は少し離れた席で二人のやりとりを聞いていたが、煌の言葉をどこか他人事とは思えないでいた。
親も当然悪いとは思うが、自分も意地を張って何年も親と口を利かないでいたのだと自覚すれば、何か行動を起こしてみようかなという気にはなった。
仕送りが足りないことも今まで相談したことはなかった。親がそれなりに稼いでいることはその職業や肩書きから想像に難くない。だからその額が足りないのは、単に親が自分たちに無関心でいるがために見誤っているのが原因で、自分も声を上げたことがなかったためだ。
何も言わずに自分が我慢をすることで平穏にやり過ごせると思っていたけど、変えようとすることから逃げていたのかもしれないと竜は思った。
(変わらなくちゃいけないのは僕も同じなのかもしれない)
そう感じた竜は、家に帰り着くと重い腰を上げて、母親に電話をかけたーー。
