1話 入学式~
明美が小春の恋を協力させようと画策している頃、司には気になることがあった。
自分の二つ前の空席。出席をとるときも先生は当たり前のように彼の名前を呼ばない。クラスメイトも、最初から存在しないもののように、皆この空席について触れようとはしない。
「なあ、翔は前の席の奴気になってない?」
「前の……ああ、来てないよな」
掃除場所である保健室に向かう途中、司は翔に疑問を投げる。翔も気になっていないわけではないようだ。けれどそれだけで、深く詮索しようとは思ってないらしい。
それを聞いていた景は二人の話に入ってくる。
「班の名簿。出席番号が一番だからって勝手に班長にされるなんてな」
ため息をつきながら、景は司に班員五人の名前が書かれた名簿を見せる。ああ、これを見れば名前がわかるなと覗き込んだ司はその名前を見て驚く。
「王子……?」
名前はなんて読むのかわからない。ただ、この日常からかけ離れたきらびやかな苗字にくぎ付けになってしまう。
「えっ、これって本名?」
「すごい名前だな……」
名簿を囲んで口々にそう言った。一度も会ったことがない分、どんな人だろうと想像を膨らませていた。
「なんで来てないんだろうな」
翔はふとそう呟いた。皆が気になっているが、暗黙のうちにそれは口に出してはいけないだろうと思っていたことだ。
「僕にはよく分からないけど、何か事情があるんじゃないのかな?」
竜はやわらかい口調で会ったこともないその人の肩を持つ。
「学校は勉強するところだ。教室に来ないのなら、この学校に籍を置く理由なんてない。高校は義務教育じゃないんだから、やめればいい」
「景はもっとソフトな言い方できないのか?」
あれこれ難しく考えるのが苦手で、つい率直な言葉を投げてしまう翔、人の気持ちを重んじて顔色をうかがうタイプの竜、自分の考えが正しいと思えばどんな状況でも貫く景。そんな三人の性格がよくわかるなと思いながら司は聞いていた。
もしも何か事情があって学校に来れないのなら自分にできることはないか考えるも、会ったことも話したこともない相手のことを勝手に想像して力になりたいなど図々しいことだろうかなどとぼんやり思う。
「失礼しまーす」
保健室の入り口を開けながら、中に聞こえるように言ったが、返事はない。
「先生いないみたいだね」
あたりを見回して、そう言いながら竜は掃除道具入れに手を伸ばす。そして、何も言わずにバケツに水を汲み始める。
「ほら、ぼさっとしてないでやるぞ」
翔に箒を渡して、そこを掃けと言わんばかりに指をさす景。翔は素直にあたりを掃きはじめる。
「俺は何すればいい?」
「そこの机とソファを動かして、箒で掃け」
うわぁ……力仕事かよと文句を言いつつ、ソファの前の小さいテーブルを動かそうと司は手をかける。
「誰かノートと教科書置きっぱにしてるな」
名前を見て届けるべきなのか、それとも今不在の先生に渡してもらうかと考えながら上にのっている教科書をずらしてノートの名前を確認する。
――一年一組 三番 王子煌
「えっ……」
「どうした、手が止まっているぞ」
「……これって、もしかして」
司を叱ろうと近寄った景も、その名前を見て司が驚いている理由が分かった。
「もしかしなくても、だな」
どこかで見た名前……いや、同じクラスで出席番号が近いということからも気がつく。
「噂をすればなんとやらだな」
動きの止まったまま言葉を交わす司と景が気になって見に来た翔はそう言った。
「でも、一回も来てないのになんで……」
翔の素朴な疑問に誰も答えない。
「あの、すみません。邪魔になってしまってて」
沈黙を破ったのは、翔でも、司でも、景でも、竜でもない。声の主は保健室のベッドの仕切りカーテンに隠れるようにして司たちの方を見ている。
「これ、お前のか?」
司がノートを持って近づくと、怯えたようにさらにカーテンで姿を隠そうとする。
「そんなんじゃ返すものも返せないだろう。こっちは何もしていないのにそんな風な態度を取られるのは気が悪い」
景はびしっと言いながら睨みつける。思ったことは言わなければ気が済まない、景の悪い癖がますます彼を怖がらせた。
「あー……こいつのいうことは気にしなくていいよ。ほら、これ」
今にも泣きそうな、血色の悪い顔を見ていられなくて司は優しい言葉をかける。
「すみません。ありがとうございます……」
ノートと教科書を受け取り、頭を下げようとしたが、よろめいて倒れそうになる。タイミングよく司が支え、なんとか持ち直した。
「あの、重ね重ねすみません」
「こっちこそ体調悪いのに起こしてごめんな」
司がベッドに寝かせて、掛け布団をそっとかける。
「名前……なんていうの?」
「……煌 です」
「へぇ。きらめくって書いてひかるって読むんだな。綺麗な名前だ!」
「……」
「また今度、元気な時に喋ろうな!」
煌のことをてっきり学校にすら来ていないのかと思っていた司は、こうして話ができるだけで嬉しいと思った。煌の返事は聞いていないが、司は同じクラスの、同じ班の一員である煌と仲良くした
自分の二つ前の空席。出席をとるときも先生は当たり前のように彼の名前を呼ばない。クラスメイトも、最初から存在しないもののように、皆この空席について触れようとはしない。
「なあ、翔は前の席の奴気になってない?」
「前の……ああ、来てないよな」
掃除場所である保健室に向かう途中、司は翔に疑問を投げる。翔も気になっていないわけではないようだ。けれどそれだけで、深く詮索しようとは思ってないらしい。
それを聞いていた景は二人の話に入ってくる。
「班の名簿。出席番号が一番だからって勝手に班長にされるなんてな」
ため息をつきながら、景は司に班員五人の名前が書かれた名簿を見せる。ああ、これを見れば名前がわかるなと覗き込んだ司はその名前を見て驚く。
「王子……?」
名前はなんて読むのかわからない。ただ、この日常からかけ離れたきらびやかな苗字にくぎ付けになってしまう。
「えっ、これって本名?」
「すごい名前だな……」
名簿を囲んで口々にそう言った。一度も会ったことがない分、どんな人だろうと想像を膨らませていた。
「なんで来てないんだろうな」
翔はふとそう呟いた。皆が気になっているが、暗黙のうちにそれは口に出してはいけないだろうと思っていたことだ。
「僕にはよく分からないけど、何か事情があるんじゃないのかな?」
竜はやわらかい口調で会ったこともないその人の肩を持つ。
「学校は勉強するところだ。教室に来ないのなら、この学校に籍を置く理由なんてない。高校は義務教育じゃないんだから、やめればいい」
「景はもっとソフトな言い方できないのか?」
あれこれ難しく考えるのが苦手で、つい率直な言葉を投げてしまう翔、人の気持ちを重んじて顔色をうかがうタイプの竜、自分の考えが正しいと思えばどんな状況でも貫く景。そんな三人の性格がよくわかるなと思いながら司は聞いていた。
もしも何か事情があって学校に来れないのなら自分にできることはないか考えるも、会ったことも話したこともない相手のことを勝手に想像して力になりたいなど図々しいことだろうかなどとぼんやり思う。
「失礼しまーす」
保健室の入り口を開けながら、中に聞こえるように言ったが、返事はない。
「先生いないみたいだね」
あたりを見回して、そう言いながら竜は掃除道具入れに手を伸ばす。そして、何も言わずにバケツに水を汲み始める。
「ほら、ぼさっとしてないでやるぞ」
翔に箒を渡して、そこを掃けと言わんばかりに指をさす景。翔は素直にあたりを掃きはじめる。
「俺は何すればいい?」
「そこの机とソファを動かして、箒で掃け」
うわぁ……力仕事かよと文句を言いつつ、ソファの前の小さいテーブルを動かそうと司は手をかける。
「誰かノートと教科書置きっぱにしてるな」
名前を見て届けるべきなのか、それとも今不在の先生に渡してもらうかと考えながら上にのっている教科書をずらしてノートの名前を確認する。
――一年一組 三番 王子煌
「えっ……」
「どうした、手が止まっているぞ」
「……これって、もしかして」
司を叱ろうと近寄った景も、その名前を見て司が驚いている理由が分かった。
「もしかしなくても、だな」
どこかで見た名前……いや、同じクラスで出席番号が近いということからも気がつく。
「噂をすればなんとやらだな」
動きの止まったまま言葉を交わす司と景が気になって見に来た翔はそう言った。
「でも、一回も来てないのになんで……」
翔の素朴な疑問に誰も答えない。
「あの、すみません。邪魔になってしまってて」
沈黙を破ったのは、翔でも、司でも、景でも、竜でもない。声の主は保健室のベッドの仕切りカーテンに隠れるようにして司たちの方を見ている。
「これ、お前のか?」
司がノートを持って近づくと、怯えたようにさらにカーテンで姿を隠そうとする。
「そんなんじゃ返すものも返せないだろう。こっちは何もしていないのにそんな風な態度を取られるのは気が悪い」
景はびしっと言いながら睨みつける。思ったことは言わなければ気が済まない、景の悪い癖がますます彼を怖がらせた。
「あー……こいつのいうことは気にしなくていいよ。ほら、これ」
今にも泣きそうな、血色の悪い顔を見ていられなくて司は優しい言葉をかける。
「すみません。ありがとうございます……」
ノートと教科書を受け取り、頭を下げようとしたが、よろめいて倒れそうになる。タイミングよく司が支え、なんとか持ち直した。
「あの、重ね重ねすみません」
「こっちこそ体調悪いのに起こしてごめんな」
司がベッドに寝かせて、掛け布団をそっとかける。
「名前……なんていうの?」
「……
「へぇ。きらめくって書いてひかるって読むんだな。綺麗な名前だ!」
「……」
「また今度、元気な時に喋ろうな!」
煌のことをてっきり学校にすら来ていないのかと思っていた司は、こうして話ができるだけで嬉しいと思った。煌の返事は聞いていないが、司は同じクラスの、同じ班の一員である煌と仲良くした