10話 修学旅行
ほぼ日課である直子と小春との恋バナ。最近の話題はもっぱら修学旅行を誰と回りたいかという話だ。小春はもちろん翔とだが、直子は煌……というよりはみんなで楽しく過ごせたらいいなって思っていた。
直子は司と竜を誘ってほしいと明美に頼んだが、全力で断られてしまった。クリスマス会でも機嫌が悪そうな明美を見て何かあったのかなと思いながら、そういえば待たせたのは自分たちだったんだからと明美の気持ちを尊重して、直子が翔以外の男子を誘うことになった。
「……ニ日目の自由行動なんだけど……」
「オレは浪川から誘われてみんながいいなら大歓迎だって返事したよ」
「翔がいいなら俺は全然オッケーだぜ〜!!」
直子の提案に翔と司はすぐに好意的な反応を見せた。
「本当! じゃあ…………」
翔と司が嬉しそうに提案を受け入れたので、直子は決まりだねと言おうとして止まった。
煌も景も竜もこの話に参加する気がないのか、他人事のように遠くを見たり、違うことをしたりしていたからだ。
直子自身は司を誘いに来たわけでも、翔に念押ししに来たわけでもない。ただ、煌や景や竜と楽しく過ごしたいと考えていただけだった。
直子から見ると、近頃は小春と翔がもうくっつくのは時間の問題くらいにうまく行っているのに、自分の方は一向に進展がないように思えていた。それどころか後退しているような気さえしていた。ここで心が折れていたら、この距離はきっと縮まらないだろうと思い、一人ひとりにちゃんと確かめようと意気込んだ。
「ねえ、景くんはどう? ダメ……かな?」
景は困り顔の直子を見てたまらず目を逸らした。直子は三人の中で景が一番誘いを断らないだろうと思っていたので、すぐに返事を出さない景を不思議に思った。
「俺は、その……」
迫る直子に耐えきれず口を開こうとしたが何か言おうとして言葉を飲んだ。言いにくそうな何かを抱えていることは直子にも分かった。
「樋口さん……」
景を見かねた竜は自分から直子に声をかけた。直子は未練がましく景の方を気にしながらも竜の目を見た。
「せっかく誘ってくれて申し訳ないんだけど、僕は修学旅行に行かないんだ」
「へ?」
直子はきょとんとした。修学旅行に行かないなんていう選択肢は直子の頭にはなかったからだ。同時に元気のない景や煌も言わなかっただけでそうなのかもしれないと察した。
「そ、そうなんだ……えー……残念だなぁ」
なんて返せばいいかわからずようよう言葉を繋いだ。確かに弟妹のためにアルバイトをしている竜にも合宿のときにずっと救護室にいた二人にも修学旅行に行けない理由は十分にあった。
「ごめん、教室に戻るね! じゃあ、また!」
努めて明るく、何も聞かなかったかのように直子は振る舞った。けれど、やはり三人が修学旅行を諦めなければならないのがモヤモヤと引っかかった。本人が行きたくないわけではきっとない。ならば、高校生活最大とも言える思い出を経験できないことは、望まないことだ。
*
「で、どうだったの?」
明美は単刀直入に直子に成果を尋ねた。小春もドキドキしながら直子の方を見ていた。
「司くんと翔くんはオッケーだよ」
それ以上は言わなかった。竜が修学旅行に行かないと言ったこととか、景が何かを抱えていることとか、直子としてはまだ変えられる可能性があると思いたかったからだ。
「私、あとの三人も説得してみるから!」
聞かれてもないのに直子は勝手にそう答えた。説得したとして一緒に回れるように可能性はほとんどないだろうけど、何もせずに諦めることも出来なかった。
「事情は分かんないけど、あんまり踏み込みすぎたおせっかいもどうかと思うわよ」
意気込む直子に明美は忠告した。直子と回りたくないのではなくて回れない理由があるのだろう。目に見えて直子のことを意識している煌と景が直子の提案を受け入れなかったということはそういうことだ。
「かけるくんや司くんは何も知らないのかな」
「確かに! まずは二人に話を聞いてみるよ!」
小春の呟きに感心して直子は威勢よくそう言った。
次の時間は学年合同で修学旅行の隊列練習などを行う予定になっていた。直子はそのあとで話をしようとしていた。
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「次の笛でAの隊形に整列ー!」
先生がそう言って、笛がピーっと鳴った。直子は人の波に飲まれながら学内でも目立つ金髪の男に釘付けになっていた。見惚れていたのではなく、明らかに景の顔色が悪いことに気づき、気になったのだ。
「景くん!!」
直子は集団を無視して景に駆け寄ろうとしたが、整列を急ぐ人の群れに抗うことができずに押し流されそうになった。戻ろうとしたところで、竜が景の傍に寄り、大丈夫だからと言いたげに、直子に目で合図を送った。直子は残念そうに項垂れながら自分の列に急いだ。
「あんた、足速いのに何もたもたしてんのよ! 余計なことして整列に時間がかかったら、班長のあたしが怒られるんだからね」
明美は直子がまたお節介で何かしようとしていることを察して、嫌味っぽくわざわざそう言った。
直子は景の様子も、竜が自分を遠ざけようとしたことも気になって仕方がなかったが、とりあえず明美の指示に従って真面目に隊列練習に取り組んだ。
*
「あ、煌くん!」
隊列練習が終わり、教室に戻ろうとしていたとき煌の姿が目に入ったので直子は声をかけた。
しかし、煌は直子を見るなりそそくさと逃げてしまった。明らかに避けられていると思うのは、自意識過剰でもないだろう。
(私何かしたのかな……)
そう思うと同時に、前にもこんなことがあったなと思い出した。体育祭のとき、参加できない煌に嫌な思いをさせてしまっていた。今回もそうかもしれない。一緒に回りたいという気持ちは直子にとっては嬉しいかもしれないが、もしも修学旅行に行けないならばその話題を出すこと自体が嫌がられても無理はないのだ。触れられたくない事情なら、そっとしておくのが正解であるというのは明白だった。
しかし、直子はじっとしてはいられなかった。行けない理由ならなんとなくわかる。そうだとしたら、三人とも行きたくなくて行かないことを選んだわけではないのだから。どうにかすればまだ間に合うと思わずにはいられなかった。
