8話 文化祭

 文化祭の始まる少し前の日。

――文化祭の最後のフォークダンスを男女で踊ると、カップルは長続きして、片想いの恋は実るっていうんだって。

 そうクラスの女の子が話しているのを小春は聞き逃さなかった。何とかして自然な形で翔をフォークダンスに誘わなくては、とそう心に決める。
 幸い翔とは、一緒に夏祭りに行ったり、毎日お昼ご飯を食べたりして距離も近づいてきたから、今ならいけるんじゃないかななんて小春は思ってしまう。
「小春も早く誘わないと翔くん取られちゃうよ?」
 明美が小春を急かす。これまでかかわりのなかった男の子を誘う人も多いらしい。翔はクラスの女の子ともそれなりに話しているところは見かけるし、話しかけやすい雰囲気なのもあって、他の女の子が小春よりも先に声をかけている可能性だってないことはないのだ。
「緊張するけど、今から誘ってくるね」
 小春は今じゃなきゃダメだと思い、すぐに行動に移そうとする。
「えーん! 煌くんにも景くんにもフォークダンス断られちゃったよ」
 小春が行こうとする寸前で、直子が泣きながら帰ってくる。せっかく心に決めて、行動にまで移そうとしたのに、もしも翔に断られてしまったらなんて思うとやっぱり尻込みしてしまう。
「私やっぱり嫌われちゃってるのかな……」
「そんなことないと思うよ?」
 めそめそする直子を小春は励まそうとする。明美も一組が何かこそこそしているのは思っていたし、司も全然話しかけてこないから驚いているくらいだ。
「思えば、二学期が始まってからずっと上手くいっていない気がするよ……」
 はぁ……と大きなため息をつきながら直子は二学期の自分を振り返る。思い返せば反省することだらけで、誘うのも無謀だったと思えるほどだ。
「まあ、体育祭のときとか中間試験のときとか、二人ともダウンしてたし、文化祭の準備とかも忙しくて疲れてるんじゃない? 景くんはスピーチコンテストもあるし。フォークダンスって、一応体動かすわけだから直子の前で恥かきたくないとかもあるだろうし」
 明美は周りの目を気にしながら、適当なことを言ってみるが、あながち間違ってもいないだろうなと内心思う。直子とは馬が合わないなんてことは火を見るよりも明らかだし、今更、釣り合ってないだとか、嫌われているかもなんて思うのははっきり言ってバカだ。
「そうかな? だったら私、また知らない間に振り回そうとして! そうだよ煌くんは体育もずっと見学なのに……」
 どちらにしてもがっくりとうなだれる直子を見て明美はめんどくさいと少し苛立つ。
「まあ、あんたが嫌いで断ったんじゃないと思うし、むしろジンクス知ってたら無理してでも踊るんじゃない?」
 明美は意地悪そうに笑う。ずっと仲介をしている明美から見れば、小春も直子も相当上手くいっていると思わざるを得ないくらい、翔も煌も景も影響は受けている。少なくとも最初の印象とは随分変わったし、遊びとかの誘いも全然断らないから。それどころかこんなにもお互い好き合っているのに全く進展してなくてイライラする。
「え? どういう意味?」
 直子は頭にはてなマークを浮かべてぽかんとしている。明美はまた苛立つ。恋をして、えらく積極的な割に当事者って本当に鈍い。
「もう、いいでしょ? それより、小春は早く翔誘わないと!」
 明美の怖い顔に、小春は急いで教室を飛び出す。直子は考えるのをやめて頑張れとエールを送る。

**

「小春、翔くんOKしてくれたみたいだね」
「えっ、あ、あの見てたの?」
「顔に書いてるよ」
 直子がそういうと小春は恥ずかしそうに顔を隠す。翔に断られなくてよかったっていう安心した顔とちょっとうれしそうで照れくさそうなそんな可愛い顔が真っ赤になる。
「そういえば、明美ちゃんは誘わないの?」
「何言ってるの私が誘うわけ――」
 ふと頭には竜の顔が浮かぶ。違う違うってかき消してもつい考えてしまう。
「今誘わないと取られるよってアドバイスしてくれたのは明美ちゃんだよ?」
「だから、最初から誘う予定も何もないんだってば!」

 好きって何なんだろう。恋人になるって。竜とキスしたり手をつないだり抱き合ったりするの? 別に竜だからとかじゃなくて、誰かとそういう関係になりたいなんて思わない。小春もなおもなんでそんなに好きだからって頑張れるんだろう。協力はしたいって思ってる。だって、大事な友達だから、その子の喜ぶ顔が見たい。でも、あたしはそんな友達に応援してもらっても期待を返せる恋なんてできない。恋なんてわからないもの。
 ジンクスだって、お互いがある程度好き同士じゃないと、そもそもフォークダンスを踊ることだって叶わない。なら、一緒に踊ったカップルが成就したり長続きしたりするのって自然なことじゃない。よく、デートスポットで必ず別れるっていうところだってある。そんなの、人間長い人生生きてたら若い頃のカップルのまま結婚して死ぬまで一緒なんて稀なことじゃない。そう考えちゃうからダメなのかな。夢がないってよく言われる。でも、ジンクスなんてそんなものだし、気持ちが不透明なまま変にガツガツいって失敗するなんて嫌だし。
 そんなことをぐるぐると考えていることは二人には内緒だ。

「あたしは好きな人なんていないから」
 今はそうやって逃げることしかできない。いや、逃げてるっていうのとも少し違う。とにかくあたしにはまだジンクスなんて早いのよ。そう明美は心の中で思うのだった。
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