8話 文化祭
「今まで配役も内容も一切公表しないなんてどういうことよ」
明美は司が十一月になってから急にそっけなくなったのに苛立っていた。1組が文化祭で劇をやることは決定事項で、噂では超可愛い子が主役をするとかイケメンがいっぱい出てくるとか色々騒がれている。明美は興味無さそうにその噂を聞いていた。あくまで噂だし一組に可愛い子とかイケメンな男ってたいしていない気がするし、みんな何も分からないから想像が飛躍しているだけだ。
「かけるくんも劇、出るのかな」
小春はチケットを握りしめてワクワクしている。司が前券と言って三人に配ったものだ。
「配ってきたくせに木の役とかだったら承知しないわよ」
「それはないでしょー。私的には司くんたち割と主役級の役だと思うなー」
確かに毎日遅くまで練習したり、こそこそとしてはいたけれど、司はともかく他は『THE イケてない男子』って感じだ。前に話していた感じではみんな中学まで根暗で、友達とかもいなさそうだったし。
「そう? 竜とか地味すぎて浮くわよ?」
咄嗟に出た言葉がこれ。翔は可愛い系だし、煌と景は面食いの直子が絶賛する程顔が良い。明美の中では完全に消去法で竜の名前を挙げたのだが、この言葉を後悔することになる。
「出た! 明美ちゃんの竜くん発言」
「明美ちゃんも素直になればいいのに」
という直子と小春からの冷やかしが入る。実際明美も竜のことを意識してないわけじゃない。けど、だからこそ認めたくない。
「やめなさいよ! もう!」
「ムキになるところが怪しいよね~」
これ以上何か言うと墓穴を掘りそうだし、直子と小春に変な期待をさせてしまうからサラッと流してしまおうと明美は思うのだった。
「はいはい、勝手に言っとけばいいのよ」
実際これまでそんなに竜の話は出していないはずなのに、傘を借りたことや階段で助けられたことをちょっと小春に話しただけだ。それだけでどうしてここまで竜に気があるって思われてるのか理解できなくてまた腹が立った。
**
そんなこんなで本番を迎える。一組の劇の時間はシフトを開けてもらって、一番初めの公演を特等席で見るべく座っていた。
割と本格的にステージを作りこんであるし、舞台袖とかまで忠実だ。教室が暗転すると開演のブザーが鳴るといったところまで再現してある。
――ある王国に病気がちで人間嫌いの王子と、またある別の国には、国のためと勉学しかしてこなかった王子がおりました。そんな二人は今までパーティーにも参加したことのない筋金入りの引きこもりだったのですが、十五歳を迎えた年、男勝りで有名な隣国のお姫様の誕生日パーティーに強制的に連れられたのでした
そんなナレーションを聞いて、登場してもいないのにキャストを想像するのは容易だ。
「これ、煌くんと景くんの当て書きじゃない?」
「へ? あてがきって何?」
「当て書きはともかく王子役二人以外ありえないでしょ」
明美はよく分かっていない様子の直子に、舞台の邪魔にならないようにヒソヒソとそう言った。
すると舞台袖からは立派な王子の衣装を着た煌と景、そしてピンクのフリフリの大層なドレスをきた女の子が出てきた。女の子はノーメイクのショートヘアでサラッとした橙髪に緑のくりっとした目をしていた。
「はわわっ……かけるくんがお姫様役?!」
「煌くんも景くんもカッコイイ……」
小春も直子もうっとりと劇に見入っている。明美は意外だと思った。翔は嘘とか演技とか下手でもっと大根だと思っていたし、煌と景は舞台慣れもしてないし運動神経とかも悪いからこういう立ち回りをするのは苦手そうなのに。堂々としていて細部まで動きは完璧。それに、台詞も噛まずにスラスラ流れるように、そのうえでキャラクターの感情がこもっていた。
「クオリティやばない?」
「やばい。えっなんか感動してきた」
周囲の観客もあまりの出来にそう漏らしていた。あまりこういうのに興味のなかった明美も、なんだかんだで劇の世界観に魅せられていた。
「王子を守るのが騎士の務め。ここは一歩も譲れませんね」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ。なら、決着をつけよう。俺と勝負して負けた方の国は姫様から身を引いてもらう」
「望むところです。自分の言葉にせいぜい後悔してください」
ストーリーのクライマックスで、王子を守る騎士二人の対決。互いが剣を交わし、戦いのできない王子のために身を賭して戦い、姫の感情を揺さぶる場面。そんな二人の様子を見て姫も王子も納得がいかず止めようとする。
「もういいわ! 私、どちらかなんて選べないもの。争われても困るわ」
「俺は強制するんじゃなくて姫の幸せを一番に願っている。彼女の望んでいる方と幸せになってもらいたい」
「僕は自分の力で姫を手に入れたい。だから、余計な手出しはしないで」
(これ、本当に直子たちを見てるみたいだ……)
明美は劇に見入って表情をころころ変える直子の方をちらりと見てそう思った。
**
「私かけるくんにさらに惚れちゃったよ」
「ほんとほんと! 王子様本当にカッコ良くてやばいよ~」
劇の余韻に浸る二人に、明美は次のシフトがあることを思い出させる。自分もお化け屋敷ではほとんど出ずっぱりのお化け役なのだ。のんびりはしていられない。
「赤城くんも王子くんもすっごい良かったよね~。頭も良いし顔も綺麗なのに演技も上手いなんて惚れるわ」
「分かる。私的には騎士役の二人もめっちゃハマってたと思う」
「天田くん今まで意識してなかったけど狙っちゃおうかな」
「えー絶対岡野くんだよ‼」
教室に戻る途中で女の子がはしゃいでいる声が耳につく。ただ劇の感想を言い合っているだけだろうか。けれど、これまで自分たちが近くにいたのだから、取らないでなんて思ってしまう。
「明美ちゃんどしたの?」
「な、なんでもないわよ」
立ち止まって怖い顔でもしていたのだろうか。直子にそう聞かれて、明美は誤魔化した。
「騎士さんカッコ良かった?」
「まあ、地味な顔の割には頑張ってたんじゃない?」
「もう、素直になりなよ」
「はいはい」
また最初と同じやりとりをして、教室に戻るのだった。相変わらず、まだ明美は素直になれずにいた。
明美は司が十一月になってから急にそっけなくなったのに苛立っていた。1組が文化祭で劇をやることは決定事項で、噂では超可愛い子が主役をするとかイケメンがいっぱい出てくるとか色々騒がれている。明美は興味無さそうにその噂を聞いていた。あくまで噂だし一組に可愛い子とかイケメンな男ってたいしていない気がするし、みんな何も分からないから想像が飛躍しているだけだ。
「かけるくんも劇、出るのかな」
小春はチケットを握りしめてワクワクしている。司が前券と言って三人に配ったものだ。
「配ってきたくせに木の役とかだったら承知しないわよ」
「それはないでしょー。私的には司くんたち割と主役級の役だと思うなー」
確かに毎日遅くまで練習したり、こそこそとしてはいたけれど、司はともかく他は『THE イケてない男子』って感じだ。前に話していた感じではみんな中学まで根暗で、友達とかもいなさそうだったし。
「そう? 竜とか地味すぎて浮くわよ?」
咄嗟に出た言葉がこれ。翔は可愛い系だし、煌と景は面食いの直子が絶賛する程顔が良い。明美の中では完全に消去法で竜の名前を挙げたのだが、この言葉を後悔することになる。
「出た! 明美ちゃんの竜くん発言」
「明美ちゃんも素直になればいいのに」
という直子と小春からの冷やかしが入る。実際明美も竜のことを意識してないわけじゃない。けど、だからこそ認めたくない。
「やめなさいよ! もう!」
「ムキになるところが怪しいよね~」
これ以上何か言うと墓穴を掘りそうだし、直子と小春に変な期待をさせてしまうからサラッと流してしまおうと明美は思うのだった。
「はいはい、勝手に言っとけばいいのよ」
実際これまでそんなに竜の話は出していないはずなのに、傘を借りたことや階段で助けられたことをちょっと小春に話しただけだ。それだけでどうしてここまで竜に気があるって思われてるのか理解できなくてまた腹が立った。
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そんなこんなで本番を迎える。一組の劇の時間はシフトを開けてもらって、一番初めの公演を特等席で見るべく座っていた。
割と本格的にステージを作りこんであるし、舞台袖とかまで忠実だ。教室が暗転すると開演のブザーが鳴るといったところまで再現してある。
――ある王国に病気がちで人間嫌いの王子と、またある別の国には、国のためと勉学しかしてこなかった王子がおりました。そんな二人は今までパーティーにも参加したことのない筋金入りの引きこもりだったのですが、十五歳を迎えた年、男勝りで有名な隣国のお姫様の誕生日パーティーに強制的に連れられたのでした
そんなナレーションを聞いて、登場してもいないのにキャストを想像するのは容易だ。
「これ、煌くんと景くんの当て書きじゃない?」
「へ? あてがきって何?」
「当て書きはともかく王子役二人以外ありえないでしょ」
明美はよく分かっていない様子の直子に、舞台の邪魔にならないようにヒソヒソとそう言った。
すると舞台袖からは立派な王子の衣装を着た煌と景、そしてピンクのフリフリの大層なドレスをきた女の子が出てきた。女の子はノーメイクのショートヘアでサラッとした橙髪に緑のくりっとした目をしていた。
「はわわっ……かけるくんがお姫様役?!」
「煌くんも景くんもカッコイイ……」
小春も直子もうっとりと劇に見入っている。明美は意外だと思った。翔は嘘とか演技とか下手でもっと大根だと思っていたし、煌と景は舞台慣れもしてないし運動神経とかも悪いからこういう立ち回りをするのは苦手そうなのに。堂々としていて細部まで動きは完璧。それに、台詞も噛まずにスラスラ流れるように、そのうえでキャラクターの感情がこもっていた。
「クオリティやばない?」
「やばい。えっなんか感動してきた」
周囲の観客もあまりの出来にそう漏らしていた。あまりこういうのに興味のなかった明美も、なんだかんだで劇の世界観に魅せられていた。
「王子を守るのが騎士の務め。ここは一歩も譲れませんね」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ。なら、決着をつけよう。俺と勝負して負けた方の国は姫様から身を引いてもらう」
「望むところです。自分の言葉にせいぜい後悔してください」
ストーリーのクライマックスで、王子を守る騎士二人の対決。互いが剣を交わし、戦いのできない王子のために身を賭して戦い、姫の感情を揺さぶる場面。そんな二人の様子を見て姫も王子も納得がいかず止めようとする。
「もういいわ! 私、どちらかなんて選べないもの。争われても困るわ」
「俺は強制するんじゃなくて姫の幸せを一番に願っている。彼女の望んでいる方と幸せになってもらいたい」
「僕は自分の力で姫を手に入れたい。だから、余計な手出しはしないで」
(これ、本当に直子たちを見てるみたいだ……)
明美は劇に見入って表情をころころ変える直子の方をちらりと見てそう思った。
**
「私かけるくんにさらに惚れちゃったよ」
「ほんとほんと! 王子様本当にカッコ良くてやばいよ~」
劇の余韻に浸る二人に、明美は次のシフトがあることを思い出させる。自分もお化け屋敷ではほとんど出ずっぱりのお化け役なのだ。のんびりはしていられない。
「赤城くんも王子くんもすっごい良かったよね~。頭も良いし顔も綺麗なのに演技も上手いなんて惚れるわ」
「分かる。私的には騎士役の二人もめっちゃハマってたと思う」
「天田くん今まで意識してなかったけど狙っちゃおうかな」
「えー絶対岡野くんだよ‼」
教室に戻る途中で女の子がはしゃいでいる声が耳につく。ただ劇の感想を言い合っているだけだろうか。けれど、これまで自分たちが近くにいたのだから、取らないでなんて思ってしまう。
「明美ちゃんどしたの?」
「な、なんでもないわよ」
立ち止まって怖い顔でもしていたのだろうか。直子にそう聞かれて、明美は誤魔化した。
「騎士さんカッコ良かった?」
「まあ、地味な顔の割には頑張ってたんじゃない?」
「もう、素直になりなよ」
「はいはい」
また最初と同じやりとりをして、教室に戻るのだった。相変わらず、まだ明美は素直になれずにいた。
