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7話 中間試験

「景、まだ良くならないのか……」
 テスト開始から一週間が経った。試験が終わったというのに未だに体調が戻らない景くんを心配して司くんがそう呟いた。一時よりは熱も下がってきているみたいだけれど、まだ学校に来れる状態じゃないみたい。
 口を利かないと言って景くんと一方的に喧嘩を吹っかけてあのままだ。あまりにも高熱が長引くからもう一度別の病院に行くと、心療内科に案内されたらしく、記録がないから断定できないけど心因性のものだろうと診断されたらしい。もしそうだとしたら薬を飲んでも、ストレスや悩みの根本が解決しなければ良くならないみたいで、僕のこの間の言葉も景くんを苦しめるものになっているのかもしれないと思うとあんなことを言ったのに後悔せざるを得ない。本当に僕はなんて幼いんだろうと自己嫌悪してしまう。
 僕は景くんが大好きだ。友達として、初めて話しかけてくれたのは司くんだったけど、景くんはなんだか自分と似ているところがあって、話しやすかった。高校に入るまでの荒んだ自分のこと、病気のこと……心配かけてしまうからって司くんには言えなかったことも景くんなら分かってくれるかなと思って話したこともある。だから、景くんが隠し事をしていたのも、直子ちゃんのことを諦めるって言ったのも僕は嫌だった。それに、直子ちゃんから身を引くべきなのは僕の方だ。景くんが僕より前から直子ちゃんのことが好きだって知っていたのに、僕も直子ちゃんのことを好きになってしまった。景くんの言った“勝ち目がない”がどういう意味なのかは分からないけど、僕だって景くんには敵わないと思っている。

「煌、テストの結果はりだされてたぜ! 一位じゃん、おめでとう」
「赤城もすごいけど王子も毎回すごいよなー」
 クラスの人がそう言った。一位を取ったし、みんなからも認められているのに全然嬉しくない。だって景くんがいたら一位なんて取れなかった。今回はテストの日に景くんが寝込んでいたからこの結果になっただけで僕の実力で一番になったわけじゃない。もしも景くんを負かして一位になったのなら喜べたのかな。でも今のところ全部負けているから結局はまぐれってことになっちゃうよね。

 景くんの具合が良くなるまで、会いに行ってはいけないと止められている。こんなときでも自分の体調のことを考えて、謝ることを後回しにしてしまっている僕はどれほどひどい人間なんだろう。口を利かないって言ったのは僕の方だけど、体育祭のときみたいに拗れてしまうのは僕も嫌だし、自意識過剰かもしれないけど僕が謝らないと景くんは良くならないような気がする。
 でも、僕が行こうとしていることを見越して使用人はすでに正門で待っている。裏門から出ると迷子になってしまうので困ったものだし、結局正門から景くんの寮に歩いていくしかないのだ。喧嘩をしていることは言っていないし、そうだとしても景くんが治ってから謝れと言われるに決まっている。今日も潔く諦めて家に帰ろう。そんな日が続いていた。

**

 ある朝、教室に入ると真っ先に目に飛び込んできたのは、この学校で唯一の美しい金色の髪。景くんの席は廊下側の一番前だから教室に入るときに絶対に見える。いつものようにノートを開いて勉強している……ようではなく、ノートを開いたまま机に伏せっているけれど、顔色も悪いし調子が良さそうには見えない。
「景くん、しんどい?」
 口を利かないと言っておきながら心配でつい声をかけていた。
「平気だ、授業が始まるまでこうして寝ている」
 全然平気そうじゃないのに、景くんはそうやって僕をかわそうとする。
「ダメだよ、保健室行こう?」
 僕も保健室に連れていかれるのは嫌だから、こういうことはあまり言いたくはないけれど、景くんが明らかに無理をしているようにしか見えなかったから強引に連れ出した。
「37.9℃……景くん、なんで来たの?」
 佐野先生も怖い顔でじっと見た。景くんも分かってたって感じだ。
「このままずっと学校に出ないのは駄目だと思って……ようやく七度台まで下がったから……」
 明日でもう十一月になるし、学校を休んで十日になる。景くんもさすがに出席数が気になってきたみたい。僕もそれはすごく分かる。入院は欠席に入らないにしても、授業も遅れちゃうし、自分の知らないことが色々と進んでいって不安になる。
「とにかく、今日はもう早退ね。鈴木先生には言っておくし、荷物も持ってくるからベッドで休んでなさい、悪いけど煌くん、景くんが逃げないように見ててちょうだい」
 こんなときに都合よく景くんと二人になれるなんて、謝るチャンスを与えられたみたいだ。
 僕と目が合わないように、景くんは目を閉じてさらにそれを手で覆うように隠した。僕はそのままでもいいから話だけは聞いてほしいと口を開いた。
「景くん、辛いときにひどいこと言ってごめんね。ずっと謝ろうって思ってたけどなかなかチャンスがなくて。口利かないって言いだしたのは僕だけど、ちゃんと言わないままなのは嫌で、僕の考えていることを言おうと思うんだ」
 景くんの様子を窺いながら、僕は長い話を続けた。
「僕もよく体調を崩して辛い思いをしているのに、景くんのこと何も考えないで自分勝手に言い放ったのは悪かったよ、ごめんなさい。けど、僕があんな風に怒ったのは景くんを信頼してて大好きで、ライバルだって思っているからで……。僕は景くんになら司くんにも言えないようなこと言えた、それだけ景くんを頼りにしてて、景くんがすごく誠実で優しい人だって分かっていたから。僕がいると話せないって言われてショックだったんだ。それに、直子ちゃんのことも。景くんに謝ったし口は利いちゃったけど、諦めてほしくないのは変わらない。景くんが努力家だって知っているから。景くんは球技大会も直子ちゃんのしてくれたことに何か返したくてすごく頑張ってた。僕にはそれができないからいいなって思ったんだよ? 苦手な運動だけじゃなくて、勉強も人の何倍も努力して、期末試験の勉強会のときに景くんの教え方が上手だって直子ちゃんずっと嬉しそうにしてて。僕が直子ちゃんを好きだって気づいたのは夏祭りのときで、景くんが直子ちゃんのこと好きなんだなって分かったから、応援しようって思ったのに何故か僕も負けたくないって思えた。それは僕が直子ちゃんのことが好きで、景くんのことを意識してたから。景くんが僕に気付かせてくれたんだ」

 景くんがどんな反応を示しても仕方がないと思うけれど、やっぱり前みたいに仲良くできたらなという気持ちを言葉に織り交ぜながらそう言った。一気に話過ぎてしまったかな……。でも言いたかったことは伝えられたから良かった。
「……煌。こんなことは言いたくないが、樋口は、……煌のことが好きなんだ。俺ではなく、最初から煌が好きだった。だから、俺には勝ち目がないって、煌には言えないって言ったのはそういうことだ。俺は諦めがつかなかったけど、今はようやく諦めようって気持ちになった」
 景くんは泣きながらそう言った。その様子に、僕もつられて涙が溢れた。
「やめてよ……そんなの、景くんが告白したら何か変わるかもしれない」
「煌は、自分が樋口に好かれたいのか、俺と樋口が付き合うことを望んでいるのかどっちなんだ」
 僕としては、まだ結論は出て欲しくない。ずっと、直子ちゃんと景くんと三人で笑っていたいから。
「それは……」
 けれど、それはわがままで傲りだ。どう言えば景くんは納得してくれるだろうか。
「……」
「それとこれとは別だよ。もちろん、僕がそのまま想いを伝えて直子ちゃんが答えてくれるのが一番だけど、そんなの僕も、きっと直子ちゃんも嬉しくない。僕は今まで友達もほとんどできなくて、恋も初めてで、学校にも通えなかったから張り合う相手なんて誰もいなかった。けど、景くんとなら正面から勝負したいって思えた。今回の中間試験、景くんは受けられなかったから、結果的に僕は一番だった。けど、全然嬉しくなくて。景くんがいたらどうだったんだろうってそればかり考えて。直子ちゃんのことも、景くんがここで諦めて不戦勝したって僕はちゃんとした気持ちで直子ちゃんと付き合えるのかわからない。景くんが自分を抑えて、直子ちゃんに幸せになってほしいと願って、それでもやっぱり直子ちゃんのことが好きで悩んで、一人で泣いて……そんなこと僕は耐えられない。どっちが勝つとか負けるとかじゃなくて、どっちも全力で直子ちゃんのこと好きでいようよ」
 まとまらない言葉でそう言った。直子ちゃんと景くんが付き合うことよりも、景くんと正々堂々とライバルとしていられなくなることの方が嫌なのかもしれない。
「煌……」
「僕は景くんにだったら負けても構わないよ。だって、景くんの方が何倍も魅力的なのはわかってるもん。でも、僕は僕なりに直子ちゃんに向き合っていくよ。だから……」
「俺も、樋口を諦めたくない」
 その言葉を待った。

「僕が言うのもなんだけど、そのためには早く治さないと」
「そうだな」
 三連休が明けると、景くんはこの十日が嘘のように調子が戻っていた。
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