7話 中間試験
「司くーん! 景くんいる? 英語のテスト範囲わかんないとこ多すぎてさ!」
他クラスからの来客は相変わらず声も大きくて元気だ。
「景体調崩してて学校休んでるから無理だわ」
「えっそれほんと? 景くん大丈夫なの?」
「どうだろうな……」
直子が行けば景は嬉しいだろうけど弱った姿見せるのも嫌がりそうだしなあ……。どっちがベストかは分かんねぇけどどう転んでもプラマイゼロってところだろと司は考える。
「で、英語は?」
「あっ、うんいいよ。自分でやれってことだよね」
「煌には聞かないのか?」
おとなしく教室に戻ろうとする直子に司は尋ねる。いつもならじゃあ煌くんと言ってもいいくらいなのに。
「煌くんがどうかした?」
「いや、何でも」
たぶん景だけでなく煌も直子のことが好きなんだろうと司は思う。どっちかの肩を持つなんてできないけど、どっちも平等に協力しなければと思うのである。
**
「あーっ分かんなすぎ! 景くんに聞けばパパッと教えてくれるしノートも参考書みたいできれいだし」
家に帰って珍しく机に向かっていたが、どうせ考えても分からないし、心配な気持ちの方が勝って勉強も集中できないから景くんのとこ行ってみようかなと直子は荷造りをする。
「お母さん、お粥の作り方教えて」
お父さんが帰ってくる前にと早口で直子は母に頼み込んだ。看病の定番と言えばお粥だと部屋にある大量のバイブルに書いてある。好きな男の子が熱を出そうものなら絶対にお粥と決めていた。と言っても煌くんは食事制限とかあるしそこのところは厳重だからこの知識を発揮できるのは景くんだけ。直子はそう考えながら鍋を火にかける。
「直子、火を弱めないと……」
案の定底の方が黒いしなんだかちゃんと火が通ってない気がする。作り直したいところだが父が帰ってきたら絶対に行かせてくれないと直子は妥協しつつ保温ポットにそれを入れる。
「ねえお母さん、もしかしたら今日遅くなるかも」
「はいはい」
母は直子の恋の味方だ。この場に父がいたら誰の家に何の用で行って何時に帰るか言わなければならない。まして行き先が男子寮なんて言おうものなら投げ技を食らってしまうことだろう。
「お父さんに何か聞かれたら小春ちゃんの家って言っといて」
ごめん小春と思いながらも、小春ならきっと協力してくれると思ってメールを送って急いで家を出た。
**
「司くん! 景くん大丈夫?」
家に帰ってから急いで来た様子にもかかわらず、相変わらず元気な声で喋る直子に、司は人差し指を一本立てて静かにするようにアピールする。直子はあっと言って口を手で覆って、部屋の中の方へ目を向ける。
「……樋口?」
目を覚ました景は、ゆっくりと、一音一音を絞り出すように直子を呼んだ。ほらと言わんばかりに司と翔は直子の方をじっと見る。
「ごめん、起こしちゃったね……」
直子がそう言ってしょんぼりするので景は気にしなくていいと言いたげに首を振ろうとするが、それも辛そうで目を伏せる。
「翔も司も来てくれていたのか……迷惑かけて悪いな」
ぜぇはぁとやはり苦しそうに息を吐きながら景は掠れた声で二人に謝った。
「まあ俺らも今来たとこだし。ところで具合はどうだ? って聞くほどでもないか」
様子を見てもまだまだ熱もあるし、具合が悪いのはすぐに分かる。
「そうだ、薬。何か食べられそう?」
「……食欲はない……けど、何か食べないとな」
ここのところずっと食欲もなく、寮で出される食事を完食できなかった。昨日も申し訳ないと思いながらも二口ほど食べて残してしまった。今日は何も覚えていないが朝から何も食べていないことは分かる。こんなことだから体調を崩して迷惑をかけたのだと景は思った。
「ってやべぇ母さん激おこじゃん」
「うわっメールと着信の件数おかしくね? お前すぐ帰れよ」
司が携帯を見て時間を確認しようとしたらロック画面を埋め尽くす大量の通知に横で見ていた翔も思わずそう言ってしまうほどだ。
「翔、後頼めるか?」
「あー……オレもさすがに八時には帰らないと姉ちゃんに何か言われる」
「じゃあ二人ともあとは任して! 景くんの看病するために来たから!」
直子はそう言って腕まくりをし、持ってきた鞄からお粥の入ったポットを取り出す。
「じゃーん! お粥も持ってきたんだよ!」
「マジかよ、やるじゃん」
「んじゃあ後、よろしくなー」
直子の張り切った様子に、ここで直子と景を二人にすれば恋とかで悩んでる景には一番の薬になるんじゃないかと司と翔は密かに思い早々に立ち去った。
「樋口が作ってくれたのか?」
「うん、口に合うか分からないけど、薬だと思って食べてみて」
正直お粥を作ったのは人生で初めて。料理経験もほとんどなくて、景の口に合う自信はないけれど、それでも食べてほしい、少しでも栄養つけて、薬も飲んで早く元気になってほしい。
直子の言葉に、景は少し嬉しそうに火照った顔をさらに赤らめた。しかし、起き上がろうとすると体が重いのか苦戦している。
「あっ、私が食べさせてあげるし景くんは寝てて」
それは悪いともじもじした様子の景に、直子は蓮華を握り、景の口へ運ぶ。直子はふーふーもしないでいきなりそれを景の口に突っ込んだ。
「熱っ……!」
景は思わずそう漏らしてしまう。直子は慌てて水を手に取って景に与えようとするが、勢いがよすぎて景の顔にかかってしまう。
「ごめん……私何もしない方がいいよね」
景の顔を拭きながら、来たときと同じようにしょんぼりする。
「気にするな……樋口に世話して貰えるだけで嬉しい」
景は聞こえないくらいの声でボソボソとそう言った。直子は嬉しそうに今度はちゃんとふーふーするねと言ってもう一度蓮華を取る。水も、竜がしっかり用意してくれていたストローつきのキャップをつけて飲ませた。
「樋口が作ってくれたから美味しかった……」
これまであまり食欲もなくて完食できなかったのに、景は直子の作ったお粥を全部食べた。ところどころ煮えがイマイチで米の固い食感が残っていたりしたが、それも含めて自分のために作ってくれた料理だと景は嬉しく思ったのである。それに……好きな人の手料理なんて役得だと思ってしまう。
病院で処方してもらった薬を飲んで、体温計を挟みながら景はふと尋ねた。
「そういえば、樋口が来たということは騒ぎになったりしていたのか」
昨日体育の時間に倒れて、熱が高いからすぐに早退して佐野先生が病院に連れて行ってくれたらしい。司に聞いた話だとクラスメイトも先生もみんな気にしていたようでこんなときにすまないと思ったところだ。
「ううん。英語分からなすぎて景くんに聞こうと思ったら休んでるって聞いて心配だったから」
「そうか……心配かけて悪かった」
「全然だよ! むしろ景くんに頼ろうとした私の方がバカだし」
直子はそう言って苦笑いする。心配はしたけど謝る必要なんてないよと直子は付け足す。
「樋口、こんなときにまで来てくれて本当に申し訳なかったな。テスト前にうつると悪いし今日はもう……」
帰れと言いかけたときまるで直子を引き留めたいかのように体温計が鳴った。昨日も遮られたというのに。
「どうだった?」
「えっ、ああ、その少しは下がっていたしだいじょ……」
明らかに言葉に詰まる景から直子は体温計をひったくる。そして、表示されている数値を見て一瞬驚き、しゅんとする。そして、景の方を真剣な目で見たかと思えばちょっとむすっとしてこう言った。
「今日は帰らないから」
「でも……」
「こんなに熱あってよく言うよ、しんどいときは無理しなくていいから頼って?」
直子がそう言うのに景は何も返せず黙り込む。ちょっと看病してみたいって気もあったし、これくらいできないと煌くんともし付き合えたとして使用人に負けてしまう。
「そのかわり、お願い! 英語のノート見せて」
自分しか得しないような気もしつつ直子は両手を合わせて可愛くお願いする。
「勿論だ。いや寧ろノートは貸すから家で……」
「それじゃあ私ただノート借りに来ただけみたいだよ」
そんなことはないと抗議してくる景と言い合いをすると余計に景を疲れさせているのではとまた思ってしまう。いつもいつも気をつけようとは思っているのに直子は景や煌を自分のペースに巻き込んでしまう。
「ノートは棚の一番下に教科ごとに分けてある。英語以外も何でも見ていい。机も好きに使ってくれ」
景はそれだけ言うとマスクの位置を確かめて頭まですっぽりと布団を被った。
**
「えっと確かここだよね……」
棚の仕分けボックスに整然と並べられたノートを一冊手に取る。『自主学習 英語 No.16』と書かれてあった。パラパラとめくると硬筆のお手本のような整った字で分かりやすくまとめてある。日付が九月二十八日からだったのでもう一冊前のノートを手に取る。それも同じようにきれいで参考書のようにまとまっていた。さすがは学年一位。世界史や数学も信じられないくらいきれいだが、毎日各教科三ページ、英語は五ページと決まって進んでおり、四月から各教科軽く十冊以上もやっているのかと思うとすごいとしか言えない。
ふと棚と机の間のバスケットボールが目に入った。景はバスケが趣味だからボールを持っていたというわけでもないだろう。なぜだろうと思ってあたりを見渡せば、答えは机の上に貼られたメモにあった。ドリブルは前を見ながら高さを保つことに意識だとかパスのときはボールをつきながら味方がどこにいるか探して素早く渡さないと全員にマークされるだとかかなりの分量である。直子には何となく記憶にあったがやはりそれは球技大会のレッスンで自分が言った言葉だ。
(景くん、もしかして一人で練習してたのかな)
メモの隣には写真を飾っているところがあった。景と同じカラーリングの男性と景によく似た顔立ちの綺麗な黒髪の女性が赤ちゃんを可愛がっている写真。恐らくその赤ちゃんは景で一緒に写っているのは両親だろう。なんでこんなに小さいときの写真しか飾ってないのだろう。自分だったらもう少し大きくなってからの写真とかを飾るのに。さらにその隣には合宿のときの写真があった。休養室で大人しくしているなんて思い出が出来なくてつまらないと言って強引に撮ってもらった写真を煌と景に送信したが、それをわざわざ印刷して飾ってくれている。結構大切にしてくれているんだと思うと同時に、自分の言った言葉の一つ一つが景の中ですごく残っていると思うと急に恥ずかしくなってくる。
思わず目線を逸らしたくなって机の上の棚を見た。そこには英検にTOEICと英語関係の参考書がたくさんあった。辞書も多数揃っているし英会話のテキストもたくさんある。それにその本たちはどれも付箋がしてあって読み込んでいる感は満載だ。
確かに景は英語が得意で教えてもらうときも発音が良すぎてびっくりするくらいだった。英検も6月に2級を取ったらしいことは言ってたしテストの点数も英語だけはいつも95点以上なのだ。前に「景くんって外国人みたいな綺麗な顔してるよね」と直子が言うとあっさり告げられた父がイギリス人だという事実。だから景は日常的に英語を使っていて慣れている、そして他の科目まで難なくこなすいわゆる天才だと思っていた。
(景くんって実はものすごく努力家なんだ)
弱った景の姿を見て、部屋で景の頑張りを見ているとなんとなく少しだけ気持ちが揺らいでいくのを直子は感じていた。
入学してすぐに煌と出会って、恋に落ちたけれど、球技大会のとき隅っこで浮かない顔をしていた景を見ていられなくて声を掛けた。景と翔と煌が友達だって知ったのは偶然で、小春が“かけるくん”って言わなければ分からなかった。景の方が球技大会でも合宿でも一緒だったから誘いやすそうだと思って、煌を誘う口実で景に色々と声をかけたのだ。勉強を聞いたのは景の教え方が良くて期末テストの点数が上がったからだけど、他は全部煌くんのおまけ。そう思っていたのに、景のことを知るたびにどんどん気持ちが変わっていく。最初は厳しくて思ったことを何でも口にして頭も良いから怖いって思ったけど、運動音痴で乗り物酔いに弱くて、けどノートは女の子みたいにきれいで、優しくて。そんな景は努力家で自分の思っていた以上に自分のことを大切にしてくれているんだと知った。
直子は今までの自分を振り返っては嫌だなぁと思うのであった。
他クラスからの来客は相変わらず声も大きくて元気だ。
「景体調崩してて学校休んでるから無理だわ」
「えっそれほんと? 景くん大丈夫なの?」
「どうだろうな……」
直子が行けば景は嬉しいだろうけど弱った姿見せるのも嫌がりそうだしなあ……。どっちがベストかは分かんねぇけどどう転んでもプラマイゼロってところだろと司は考える。
「で、英語は?」
「あっ、うんいいよ。自分でやれってことだよね」
「煌には聞かないのか?」
おとなしく教室に戻ろうとする直子に司は尋ねる。いつもならじゃあ煌くんと言ってもいいくらいなのに。
「煌くんがどうかした?」
「いや、何でも」
たぶん景だけでなく煌も直子のことが好きなんだろうと司は思う。どっちかの肩を持つなんてできないけど、どっちも平等に協力しなければと思うのである。
**
「あーっ分かんなすぎ! 景くんに聞けばパパッと教えてくれるしノートも参考書みたいできれいだし」
家に帰って珍しく机に向かっていたが、どうせ考えても分からないし、心配な気持ちの方が勝って勉強も集中できないから景くんのとこ行ってみようかなと直子は荷造りをする。
「お母さん、お粥の作り方教えて」
お父さんが帰ってくる前にと早口で直子は母に頼み込んだ。看病の定番と言えばお粥だと部屋にある大量のバイブルに書いてある。好きな男の子が熱を出そうものなら絶対にお粥と決めていた。と言っても煌くんは食事制限とかあるしそこのところは厳重だからこの知識を発揮できるのは景くんだけ。直子はそう考えながら鍋を火にかける。
「直子、火を弱めないと……」
案の定底の方が黒いしなんだかちゃんと火が通ってない気がする。作り直したいところだが父が帰ってきたら絶対に行かせてくれないと直子は妥協しつつ保温ポットにそれを入れる。
「ねえお母さん、もしかしたら今日遅くなるかも」
「はいはい」
母は直子の恋の味方だ。この場に父がいたら誰の家に何の用で行って何時に帰るか言わなければならない。まして行き先が男子寮なんて言おうものなら投げ技を食らってしまうことだろう。
「お父さんに何か聞かれたら小春ちゃんの家って言っといて」
ごめん小春と思いながらも、小春ならきっと協力してくれると思ってメールを送って急いで家を出た。
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「司くん! 景くん大丈夫?」
家に帰ってから急いで来た様子にもかかわらず、相変わらず元気な声で喋る直子に、司は人差し指を一本立てて静かにするようにアピールする。直子はあっと言って口を手で覆って、部屋の中の方へ目を向ける。
「……樋口?」
目を覚ました景は、ゆっくりと、一音一音を絞り出すように直子を呼んだ。ほらと言わんばかりに司と翔は直子の方をじっと見る。
「ごめん、起こしちゃったね……」
直子がそう言ってしょんぼりするので景は気にしなくていいと言いたげに首を振ろうとするが、それも辛そうで目を伏せる。
「翔も司も来てくれていたのか……迷惑かけて悪いな」
ぜぇはぁとやはり苦しそうに息を吐きながら景は掠れた声で二人に謝った。
「まあ俺らも今来たとこだし。ところで具合はどうだ? って聞くほどでもないか」
様子を見てもまだまだ熱もあるし、具合が悪いのはすぐに分かる。
「そうだ、薬。何か食べられそう?」
「……食欲はない……けど、何か食べないとな」
ここのところずっと食欲もなく、寮で出される食事を完食できなかった。昨日も申し訳ないと思いながらも二口ほど食べて残してしまった。今日は何も覚えていないが朝から何も食べていないことは分かる。こんなことだから体調を崩して迷惑をかけたのだと景は思った。
「ってやべぇ母さん激おこじゃん」
「うわっメールと着信の件数おかしくね? お前すぐ帰れよ」
司が携帯を見て時間を確認しようとしたらロック画面を埋め尽くす大量の通知に横で見ていた翔も思わずそう言ってしまうほどだ。
「翔、後頼めるか?」
「あー……オレもさすがに八時には帰らないと姉ちゃんに何か言われる」
「じゃあ二人ともあとは任して! 景くんの看病するために来たから!」
直子はそう言って腕まくりをし、持ってきた鞄からお粥の入ったポットを取り出す。
「じゃーん! お粥も持ってきたんだよ!」
「マジかよ、やるじゃん」
「んじゃあ後、よろしくなー」
直子の張り切った様子に、ここで直子と景を二人にすれば恋とかで悩んでる景には一番の薬になるんじゃないかと司と翔は密かに思い早々に立ち去った。
「樋口が作ってくれたのか?」
「うん、口に合うか分からないけど、薬だと思って食べてみて」
正直お粥を作ったのは人生で初めて。料理経験もほとんどなくて、景の口に合う自信はないけれど、それでも食べてほしい、少しでも栄養つけて、薬も飲んで早く元気になってほしい。
直子の言葉に、景は少し嬉しそうに火照った顔をさらに赤らめた。しかし、起き上がろうとすると体が重いのか苦戦している。
「あっ、私が食べさせてあげるし景くんは寝てて」
それは悪いともじもじした様子の景に、直子は蓮華を握り、景の口へ運ぶ。直子はふーふーもしないでいきなりそれを景の口に突っ込んだ。
「熱っ……!」
景は思わずそう漏らしてしまう。直子は慌てて水を手に取って景に与えようとするが、勢いがよすぎて景の顔にかかってしまう。
「ごめん……私何もしない方がいいよね」
景の顔を拭きながら、来たときと同じようにしょんぼりする。
「気にするな……樋口に世話して貰えるだけで嬉しい」
景は聞こえないくらいの声でボソボソとそう言った。直子は嬉しそうに今度はちゃんとふーふーするねと言ってもう一度蓮華を取る。水も、竜がしっかり用意してくれていたストローつきのキャップをつけて飲ませた。
「樋口が作ってくれたから美味しかった……」
これまであまり食欲もなくて完食できなかったのに、景は直子の作ったお粥を全部食べた。ところどころ煮えがイマイチで米の固い食感が残っていたりしたが、それも含めて自分のために作ってくれた料理だと景は嬉しく思ったのである。それに……好きな人の手料理なんて役得だと思ってしまう。
病院で処方してもらった薬を飲んで、体温計を挟みながら景はふと尋ねた。
「そういえば、樋口が来たということは騒ぎになったりしていたのか」
昨日体育の時間に倒れて、熱が高いからすぐに早退して佐野先生が病院に連れて行ってくれたらしい。司に聞いた話だとクラスメイトも先生もみんな気にしていたようでこんなときにすまないと思ったところだ。
「ううん。英語分からなすぎて景くんに聞こうと思ったら休んでるって聞いて心配だったから」
「そうか……心配かけて悪かった」
「全然だよ! むしろ景くんに頼ろうとした私の方がバカだし」
直子はそう言って苦笑いする。心配はしたけど謝る必要なんてないよと直子は付け足す。
「樋口、こんなときにまで来てくれて本当に申し訳なかったな。テスト前にうつると悪いし今日はもう……」
帰れと言いかけたときまるで直子を引き留めたいかのように体温計が鳴った。昨日も遮られたというのに。
「どうだった?」
「えっ、ああ、その少しは下がっていたしだいじょ……」
明らかに言葉に詰まる景から直子は体温計をひったくる。そして、表示されている数値を見て一瞬驚き、しゅんとする。そして、景の方を真剣な目で見たかと思えばちょっとむすっとしてこう言った。
「今日は帰らないから」
「でも……」
「こんなに熱あってよく言うよ、しんどいときは無理しなくていいから頼って?」
直子がそう言うのに景は何も返せず黙り込む。ちょっと看病してみたいって気もあったし、これくらいできないと煌くんともし付き合えたとして使用人に負けてしまう。
「そのかわり、お願い! 英語のノート見せて」
自分しか得しないような気もしつつ直子は両手を合わせて可愛くお願いする。
「勿論だ。いや寧ろノートは貸すから家で……」
「それじゃあ私ただノート借りに来ただけみたいだよ」
そんなことはないと抗議してくる景と言い合いをすると余計に景を疲れさせているのではとまた思ってしまう。いつもいつも気をつけようとは思っているのに直子は景や煌を自分のペースに巻き込んでしまう。
「ノートは棚の一番下に教科ごとに分けてある。英語以外も何でも見ていい。机も好きに使ってくれ」
景はそれだけ言うとマスクの位置を確かめて頭まですっぽりと布団を被った。
**
「えっと確かここだよね……」
棚の仕分けボックスに整然と並べられたノートを一冊手に取る。『自主学習 英語 No.16』と書かれてあった。パラパラとめくると硬筆のお手本のような整った字で分かりやすくまとめてある。日付が九月二十八日からだったのでもう一冊前のノートを手に取る。それも同じようにきれいで参考書のようにまとまっていた。さすがは学年一位。世界史や数学も信じられないくらいきれいだが、毎日各教科三ページ、英語は五ページと決まって進んでおり、四月から各教科軽く十冊以上もやっているのかと思うとすごいとしか言えない。
ふと棚と机の間のバスケットボールが目に入った。景はバスケが趣味だからボールを持っていたというわけでもないだろう。なぜだろうと思ってあたりを見渡せば、答えは机の上に貼られたメモにあった。ドリブルは前を見ながら高さを保つことに意識だとかパスのときはボールをつきながら味方がどこにいるか探して素早く渡さないと全員にマークされるだとかかなりの分量である。直子には何となく記憶にあったがやはりそれは球技大会のレッスンで自分が言った言葉だ。
(景くん、もしかして一人で練習してたのかな)
メモの隣には写真を飾っているところがあった。景と同じカラーリングの男性と景によく似た顔立ちの綺麗な黒髪の女性が赤ちゃんを可愛がっている写真。恐らくその赤ちゃんは景で一緒に写っているのは両親だろう。なんでこんなに小さいときの写真しか飾ってないのだろう。自分だったらもう少し大きくなってからの写真とかを飾るのに。さらにその隣には合宿のときの写真があった。休養室で大人しくしているなんて思い出が出来なくてつまらないと言って強引に撮ってもらった写真を煌と景に送信したが、それをわざわざ印刷して飾ってくれている。結構大切にしてくれているんだと思うと同時に、自分の言った言葉の一つ一つが景の中ですごく残っていると思うと急に恥ずかしくなってくる。
思わず目線を逸らしたくなって机の上の棚を見た。そこには英検にTOEICと英語関係の参考書がたくさんあった。辞書も多数揃っているし英会話のテキストもたくさんある。それにその本たちはどれも付箋がしてあって読み込んでいる感は満載だ。
確かに景は英語が得意で教えてもらうときも発音が良すぎてびっくりするくらいだった。英検も6月に2級を取ったらしいことは言ってたしテストの点数も英語だけはいつも95点以上なのだ。前に「景くんって外国人みたいな綺麗な顔してるよね」と直子が言うとあっさり告げられた父がイギリス人だという事実。だから景は日常的に英語を使っていて慣れている、そして他の科目まで難なくこなすいわゆる天才だと思っていた。
(景くんって実はものすごく努力家なんだ)
弱った景の姿を見て、部屋で景の頑張りを見ているとなんとなく少しだけ気持ちが揺らいでいくのを直子は感じていた。
入学してすぐに煌と出会って、恋に落ちたけれど、球技大会のとき隅っこで浮かない顔をしていた景を見ていられなくて声を掛けた。景と翔と煌が友達だって知ったのは偶然で、小春が“かけるくん”って言わなければ分からなかった。景の方が球技大会でも合宿でも一緒だったから誘いやすそうだと思って、煌を誘う口実で景に色々と声をかけたのだ。勉強を聞いたのは景の教え方が良くて期末テストの点数が上がったからだけど、他は全部煌くんのおまけ。そう思っていたのに、景のことを知るたびにどんどん気持ちが変わっていく。最初は厳しくて思ったことを何でも口にして頭も良いから怖いって思ったけど、運動音痴で乗り物酔いに弱くて、けどノートは女の子みたいにきれいで、優しくて。そんな景は努力家で自分の思っていた以上に自分のことを大切にしてくれているんだと知った。
直子は今までの自分を振り返っては嫌だなぁと思うのであった。
