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7話 中間試験

「景、大丈夫か?」
 俺を呼ぶ声がしてそれに応えようと手を伸ばす。目の前には司の心配そうな顔があり、辺りを見渡すと竜も煌も翔もいた。どうやら俺は悪い夢を見ていたようだ。まだ友人に見捨てられたわけではないのか。だが友人と思っているのは一方通行かもしれない。今だって試験前の大事な時に迷惑を掛けてしまっている。
「なんかさ、悩みとかあったら聞くぜ? というかどんなことでもいいからちょっとは頼れ」
 優しい目をしてそう言った司は、俺の頭を撫でながら、恐らくあの後保健室でつけてもらったであろうマスクを下へ引っかけて、情けなく涙と鼻水を垂らす俺の顔をきれいに拭いた。
「ほんとさ、倒れるまで言わないとかねぇだろ」
 翔は納得がいかないといったように小さく膨れて見せた。
「いや、我慢していたというか無頓着だっただけだ。それに、これは変な夢を見たからで……」
「景くん、それが隠してるって言うんだよ?」
 ごにょごにょと濁して答えていると煌からそう返ってくる。煌だって体育祭のとき、入院するくらいになるまで何も相談してくれなかったくせに。
「でも、景くんも話した方が楽になれると思うよ? 僕たちで力になれることがあったらなんでもするよ」
 竜にまで催促されるとさすがに困ってしまう。だが、恋なんてくだらないと言い捨ててしまうような振る舞いをしていた俺が今更、樋口のことが好きで、しかも失恋して二カ月もうじうじと悩んでいることなど恥ずかしくて言えるわけがない。まして、初めてできた友人に捨てられたらどうしようなどという弱気な考えを絶対に知られるわけにはいかない。高圧的で厳格で浮いたことは一切許さない学年首席の俺が、案外小心者で今まで誰一人友人ができずクラスメイトから虐げられてきた過去を、初めて仲良くしようとしてくれた司たちや樋口に特別な想いを抱いていることなど話せるわけがない。口にした途端、俺のプライドが崩壊してしまう。

「悪いが、寝かせてほしい」
 そう言って逃げるしかない。不本意だが倒れてしまうには十分なほどの高熱で、これ以上司たちなら追及してくることもないだろう。
「悪い夢を見るのにか?」
 ……こういうときに限って逃がしてくれない。確かに目を瞑るとまたあの走馬灯を見るだろう。だがこんな弱気な姿を見せて司たちに軽蔑されて見捨てられてしまったら本当にお終いだ。また俺は独りになってしまう。
「試験前にうつしたら悪いからかえ……」
「景くん、話すまで帰らないよ」
 帰れと言おうとしたがすかさず煌が遮った。それに同意するように司も翔も竜も頷いた。折れるしかないようだ。今の俺には上手にかわすことすらできない。頭が回らず何をしていいのかさえも混乱してきているのが実際のところだ。
「ゆっくりでいいから話してみ?」
 司は優しくそう言ってくれる。話したくないなんて意地を張っている場合ではない。このままだと本当に誰も帰らないのではと思うくらいの威圧感があった。
「体育祭の後から、ずっと……。いや、夏祭りの後かもしれない。ここ一カ月程食欲はあまりなくて、夏バテだと思っていたがそうではなかったみたいだな……。体調が悪いというか、ずっと眠れなくて毎日微熱があって頭痛がして……昨日も熱があるって分かっていたが、今朝なんとか学校に来てごまかせて、このまま騙し騙し引くのを待とうと思っていたのだが」
「マジか……」
 どんなことでも素早い反応で会話を続ける司でも、深刻そうに目を伏せてしばらく口を開かない。司だけじゃなく翔や竜も司も黙り込む重い空気に包まれて何も言えずにいる。
「夏祭りとか体育祭で何かあった?」
 ようやく口を開いた司から出たのは痛いところをストレートについてくる質問だった。
「…………。……ひ……」
 もうこれ以上隠し通せる空気じゃないと思ったが、煌と目が合うと口をつぐんでしまった。
「煌がいるから話せない」
 煌は驚いた表情で、なんで? と低いトーンで聞く。煌に樋口と両想いだと告げてしまえば本当に自分の居場所がなくなってしまうような気がした。
「なんで? なんで司くんたちには言えて僕には言えないの?」
 そんな俺の態度に、煌も感情が高ぶって詰め寄ってくる。普段は温厚で聡明な煌が、ここまで迫力を持って俺を追い詰めてくるとは思いもしなかった。俺は思わず起き上がって壁際の方へ後ずさる。
「樋口のことが好きで、それで、ずっと悩んでいた……。でも、俺には勝ち目がないから身を引く……」
 ずっと言いたかった。良かった、これで潔く諦められる。俺は泣きながらそう言っていた。本当は諦めたくないからこそ悩んでいたのだが、もう口に出してしまえば悩むことなどないのかもしれないな。
「そんなの、僕は嫌だよ?」
 だが、そんな俺の言葉を聞いた煌は、さらに声を荒げて俺の方へ向かってくる。ベッドに乗り込み、俺の胸のあたりを掴みかかって、片手で壁に手をかけた。司や竜が抑える間もなく煌は行動に出たので、誰もそれを止められず、あっけに取られていることしかできなかった。
 司が慌てて煌を引き離し、落ち着けよとなだめた。
「諦めるなんて言わないで! 訂正するまで口利かないから」
 そう言い放った煌は司の手を振りほどき、鞄を持って部屋を飛び出した。あまりにも一瞬のことで、また、煌がそんなことをするなんて誰も思わなかったので全員が唖然としたままだ。
「体調不良も、恋のことも全然気づいてやれなくてごめんな」
 司はまた俺の涙を拭いてくれる。本当に弱って気がおかしくなったのかマイナスなことばかり考えて泣いてばかりである。こんなに優しくしてくれる司は本当は俺のことをどう思っているのだろうか。夢の通り司が俺のことを嫌がって本当は一緒にいたくないと言ったらと思うと怖くて聞けない。いや、司は表ではきっと俺の傷つくようなことは一切言わない。だからこそ腹の底が分からないのだ。
「司……無理に俺の傍にいようとしなくていい、翔も、竜も」
 それだけ言って壁の方へ体を向ける。俺が嫌ならば煌のように口を利かないと言って去ればいい……。
「またそんなことを言って肝心なこと隠そうとしてるんだろ? その手には乗らないけど、話したら辛いことなら無理に言わなくてもいい。ただ俺はちょっとでも景に元気になってほしいんだよな」
 司ははっきり言って何を考えているか分からない。自分とは正反対のタイプで、自分に利益がなくても人の事情に首を突っ込んでくるし、手助けまでしようとしてくる。どういう気持ちでそうしているのか。俺と仲良くするより他の奴といた方が何倍も楽しいだろうに。翔も竜も司ほどではないがそういったタイプだ。俺なんかといてもつまらないだろうに。
 考え疲れたのか俺はそのまま眠っていた。朝になると流石に皆帰っていたが妙に寂しさを覚えてまた涙を流してしまったのは内緒だ。
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