1話 入学式~
今日の入学式で“かけるくん”を探す。それが、小春にとって大きな目標だった。
入試会場で、受験票をなくして困っていた小春のために一生懸命探してくれた“かけるくん”は、小春が二月から毎日想っていた相手。話したのはたった一度、それも十分にも満たないわずかな時間。それでも、この始まってもいない恋を小春はなんとか実らせたいと願っていた。そこまで虫のいいことは考えていないが、せめてもう一度“かけるくん”に会うことができたらそれだけでいい。顔と下の名前と……それ以外のことは何も知らない。女の小春から見れば、どこの学校も同じような学ランで、彼が着ていた制服がどこの中学校のものなのかもわからなかった。
「小春、高校でも同じクラスだよ!」
小春とは小学校時代からの友人の明美。明美は小春のことをすごく思っていて、何でも話せる親友である。彼女にこの恋について相談すると、入試会場で出会った一目惚れの相手を探すなんて面倒なことをしなくても、同じ高校受けてるんだから入学したら会えるかもしれないと言われた。それで、小春はこの日を待ち望んでいたのだった。
心が浮ついて、校長先生の話も、新入生代表のあいさつも耳に入らない。
しかし、ただ、このときだけは、小春は全神経を集中させて臨んでいたのだ。
「新入生呼名」
司会の女性の声から、一組の担任の男の先生にマイクが渡る。
「――年度入学を許可される者。一組――煌、大屋翔、岡野――」
思いがけず早い段階で呼ばれた名前。苗字までは分からないから、下の名前が同じ別の人かもしれない。そう思い、最後まで意識しながら呼名を聞いた。
(一組の人だけだ……)
小春は自分の呼ばれるのを聞き流しそうになるくらい夢中で聞いていたが、それらしい名前は一度しか呼ばれなかった。
確証はないのに、小春は何故か“かけるくん”に会える気がした。その人が同じ学校にいるかもしれないというだけで運命を感じずにはいられない。すぐにでも一組の教室に飛び込んで会いに行きたい……そんな気持ちを抑えて機を見計らっていた。
いつ、どこで、どうやって想いを伝えよう。明日いきなり教室に会いに行って、あのときはありがとうなんて言われても困るだろうか。ましてや、そんな短い間のことを覚えているかどうかもわからないのに“好きです”と口にすることも小春にはできそうもない。
(今日の帰り、何かお礼になるプレゼントでも……)
学校はそんなに遠くなかったので、小春は徒歩で通学していたが、その日は電車に乗って少し遠出した。大きな店がたくさん並ぶ中央街まで足を運んだ。賑やかな街には手をつないで歩くカップルや仲良さそうに話しながら歩く老夫婦……そんな人たちが目に入る。恥ずかしそうにアクセサリーショップから出てきたスーツの男性は丁重に包装されたプレゼントらしきものを大事そうに抱えていた。
(かけるくん、何をもらったら喜ぶのだろう……)
小春が知っているのは顔と名前だけ。それも、名前は直接聞いたわけではない。あまりにも短いその間で、彼は何が好きなのか、何が嫌いなのか、そんなこと分かるはずもなかった。
(どうしよう……)
考えれば考えるほど分からない。けれど、なんでもいいと妥協するわけにはいかない。好きな人への初めての贈り物なのだから。結局、小春は何も買わずに家に帰ってきた。迷いに迷って、また明美に相談しようと思った。
一人じゃ何もできなくて、明美に頼ってばかりの自分を何とかしなければと思うものの、明美に相談するといつも答えを出してくれる。だから、どうしても彼女をあてにしてしまう。
「んー。無難なお菓子とかがいいんじゃない? 物だと変に気遣わせちゃうかもだし。まあ、気遣ってあっちから小春に話しかけてくれたりしたらいいんだけどね~」
嫌な顔一つしないでアドバイスをくれる明美。また自分の欲しい答えをくれた。明美の言ったことなら何だって成功するような気がする。小春はそう思った。
「明美ちゃんいつもありがとう」
「そういうことは、恋が実ってから言うのよ!」
明美はそのあと、頑張れと小さな声で囁いた。小春は明美から元気をもらって、これから頑張って“かけるくん”と話せるようになろうと思った。
「浪川さんと橋田さんってすごく仲良いよね~」
仲良さそうにいつも一緒に行動している小春と明美を見て直子はそう声をかける。
「でしょ~! 小学生の時からの大親友なんだよ」
明美は嬉しそうに小春の肩を寄せ笑う。明美は、小春のことが大好きで、仲が良いと思われるのが嬉しくて仕方ないのだ。
「樋口さんも同じ班だから仲良くしよう?」
明美の大胆な行動に少し照れながら、小春は直子にそう言った。
「じゃあ、樋口さんじゃなくて私のことはなおって呼んで!」
「なおちゃんは、もし好きな人に告白するなら何をプレゼントする?」
小春は間をあけず、いきなり直子にそう聞いた。
「突然の恋バナ!」
直子がびっくりしている横で、そりゃそうだよねという顔で見ている明美。小春は恥ずかしくなって俯いた。しかし、直子は楽しそうに話し始めた。
「私だったら、お花かな~。いつか素敵な王子様と巡り会って、それで綺麗な薔薇をプレゼントするんだ」
簡単な自己紹介で、中学まで陸上部で活躍していたと言っていたスポーティな雰囲気の直子が、そういうふうな夢を語りだしたことに明美は驚いた。人は見かけで判断しちゃいけないとよく言うけれど、お世辞にも女の子らしいとは言えない直子が王子様だとか薔薇だとかおとぎ話のような、漫画のような、そんなロマンティックなことを幸せそうに語っている姿には違和感しか覚えない。
「素敵ですね!」
小春は直子の話を、目を輝かせて聞いている。確かに小春も、入試会場でちょっと助けてもらったような人に恋に落ちて、悩みに悩んでその想いを伝えようとしている。直子は何となく小春と似ている気がする。
「でも、なんでいきなりそんなこと聞いたの? もしかして小春ちゃん好きな人いる? 同じクラス?」
好奇心で小春に質問を投げかける。直子は思っていた以上にこういう話が好きなようで、小春よりも楽しそうだ。
「はい……入学試験の時に出会って以来ずっと好きなんです、その人のことが……。でも、クラスも違うしなんて話しかけようか困っていて」
「え~いいな! 私も恋したいな。で、その人って誰? 私が知ってたらキューピッドするんだけどな」
「一組の……“かけるくん”」
「うーん、分かんないや……ごめん役に立てず。でも、これからめちゃくちゃ応援するよ!」
直子は小春の手を力強く握って宣言した。
そんな二人を横目に明美は一人考え事をしていた。彼女の中で何か引っかかることがある。入学式の帰り道、幼馴染の司と一緒に下校していたときに聞いた司のクラス。
「司は何組だった?」
「俺は一組だぜ。あ、そうだ。小春と一緒だったんだろ。良かったな!」
(一組……司を使わない手はないわね……)
明美は心の中でこっそり何かを企て始めた。
入試会場で、受験票をなくして困っていた小春のために一生懸命探してくれた“かけるくん”は、小春が二月から毎日想っていた相手。話したのはたった一度、それも十分にも満たないわずかな時間。それでも、この始まってもいない恋を小春はなんとか実らせたいと願っていた。そこまで虫のいいことは考えていないが、せめてもう一度“かけるくん”に会うことができたらそれだけでいい。顔と下の名前と……それ以外のことは何も知らない。女の小春から見れば、どこの学校も同じような学ランで、彼が着ていた制服がどこの中学校のものなのかもわからなかった。
「小春、高校でも同じクラスだよ!」
小春とは小学校時代からの友人の明美。明美は小春のことをすごく思っていて、何でも話せる親友である。彼女にこの恋について相談すると、入試会場で出会った一目惚れの相手を探すなんて面倒なことをしなくても、同じ高校受けてるんだから入学したら会えるかもしれないと言われた。それで、小春はこの日を待ち望んでいたのだった。
心が浮ついて、校長先生の話も、新入生代表のあいさつも耳に入らない。
しかし、ただ、このときだけは、小春は全神経を集中させて臨んでいたのだ。
「新入生呼名」
司会の女性の声から、一組の担任の男の先生にマイクが渡る。
「――年度入学を許可される者。一組――煌、大屋翔、岡野――」
思いがけず早い段階で呼ばれた名前。苗字までは分からないから、下の名前が同じ別の人かもしれない。そう思い、最後まで意識しながら呼名を聞いた。
(一組の人だけだ……)
小春は自分の呼ばれるのを聞き流しそうになるくらい夢中で聞いていたが、それらしい名前は一度しか呼ばれなかった。
確証はないのに、小春は何故か“かけるくん”に会える気がした。その人が同じ学校にいるかもしれないというだけで運命を感じずにはいられない。すぐにでも一組の教室に飛び込んで会いに行きたい……そんな気持ちを抑えて機を見計らっていた。
いつ、どこで、どうやって想いを伝えよう。明日いきなり教室に会いに行って、あのときはありがとうなんて言われても困るだろうか。ましてや、そんな短い間のことを覚えているかどうかもわからないのに“好きです”と口にすることも小春にはできそうもない。
(今日の帰り、何かお礼になるプレゼントでも……)
学校はそんなに遠くなかったので、小春は徒歩で通学していたが、その日は電車に乗って少し遠出した。大きな店がたくさん並ぶ中央街まで足を運んだ。賑やかな街には手をつないで歩くカップルや仲良さそうに話しながら歩く老夫婦……そんな人たちが目に入る。恥ずかしそうにアクセサリーショップから出てきたスーツの男性は丁重に包装されたプレゼントらしきものを大事そうに抱えていた。
(かけるくん、何をもらったら喜ぶのだろう……)
小春が知っているのは顔と名前だけ。それも、名前は直接聞いたわけではない。あまりにも短いその間で、彼は何が好きなのか、何が嫌いなのか、そんなこと分かるはずもなかった。
(どうしよう……)
考えれば考えるほど分からない。けれど、なんでもいいと妥協するわけにはいかない。好きな人への初めての贈り物なのだから。結局、小春は何も買わずに家に帰ってきた。迷いに迷って、また明美に相談しようと思った。
一人じゃ何もできなくて、明美に頼ってばかりの自分を何とかしなければと思うものの、明美に相談するといつも答えを出してくれる。だから、どうしても彼女をあてにしてしまう。
「んー。無難なお菓子とかがいいんじゃない? 物だと変に気遣わせちゃうかもだし。まあ、気遣ってあっちから小春に話しかけてくれたりしたらいいんだけどね~」
嫌な顔一つしないでアドバイスをくれる明美。また自分の欲しい答えをくれた。明美の言ったことなら何だって成功するような気がする。小春はそう思った。
「明美ちゃんいつもありがとう」
「そういうことは、恋が実ってから言うのよ!」
明美はそのあと、頑張れと小さな声で囁いた。小春は明美から元気をもらって、これから頑張って“かけるくん”と話せるようになろうと思った。
「浪川さんと橋田さんってすごく仲良いよね~」
仲良さそうにいつも一緒に行動している小春と明美を見て直子はそう声をかける。
「でしょ~! 小学生の時からの大親友なんだよ」
明美は嬉しそうに小春の肩を寄せ笑う。明美は、小春のことが大好きで、仲が良いと思われるのが嬉しくて仕方ないのだ。
「樋口さんも同じ班だから仲良くしよう?」
明美の大胆な行動に少し照れながら、小春は直子にそう言った。
「じゃあ、樋口さんじゃなくて私のことはなおって呼んで!」
「なおちゃんは、もし好きな人に告白するなら何をプレゼントする?」
小春は間をあけず、いきなり直子にそう聞いた。
「突然の恋バナ!」
直子がびっくりしている横で、そりゃそうだよねという顔で見ている明美。小春は恥ずかしくなって俯いた。しかし、直子は楽しそうに話し始めた。
「私だったら、お花かな~。いつか素敵な王子様と巡り会って、それで綺麗な薔薇をプレゼントするんだ」
簡単な自己紹介で、中学まで陸上部で活躍していたと言っていたスポーティな雰囲気の直子が、そういうふうな夢を語りだしたことに明美は驚いた。人は見かけで判断しちゃいけないとよく言うけれど、お世辞にも女の子らしいとは言えない直子が王子様だとか薔薇だとかおとぎ話のような、漫画のような、そんなロマンティックなことを幸せそうに語っている姿には違和感しか覚えない。
「素敵ですね!」
小春は直子の話を、目を輝かせて聞いている。確かに小春も、入試会場でちょっと助けてもらったような人に恋に落ちて、悩みに悩んでその想いを伝えようとしている。直子は何となく小春と似ている気がする。
「でも、なんでいきなりそんなこと聞いたの? もしかして小春ちゃん好きな人いる? 同じクラス?」
好奇心で小春に質問を投げかける。直子は思っていた以上にこういう話が好きなようで、小春よりも楽しそうだ。
「はい……入学試験の時に出会って以来ずっと好きなんです、その人のことが……。でも、クラスも違うしなんて話しかけようか困っていて」
「え~いいな! 私も恋したいな。で、その人って誰? 私が知ってたらキューピッドするんだけどな」
「一組の……“かけるくん”」
「うーん、分かんないや……ごめん役に立てず。でも、これからめちゃくちゃ応援するよ!」
直子は小春の手を力強く握って宣言した。
そんな二人を横目に明美は一人考え事をしていた。彼女の中で何か引っかかることがある。入学式の帰り道、幼馴染の司と一緒に下校していたときに聞いた司のクラス。
「司は何組だった?」
「俺は一組だぜ。あ、そうだ。小春と一緒だったんだろ。良かったな!」
(一組……司を使わない手はないわね……)
明美は心の中でこっそり何かを企て始めた。
