7話 中間試験
樋口と煌が両想い……か。自分が球技大会のときから抱いていた感情が何なのか気付いたときには既に俺の入る場所なんてなかったのだろう。それなのに変に樋口のことを意識して一方的に想いを寄せて邪魔をしていたのだろうか。ここ最近は毎晩そのことを考えては眠れない。まともに樋口と顔を合わせることが出来なくてこそこそしてしまっているのには自覚がある。煌に越される前に樋口に手紙を書いて想いを伝えてみようか。そう思ってペンを執る。
樋口へ
樋口に俺の想いを知って欲しいから、こうして手紙を書いた。
はじめに、俺は樋口のことが好きだ。
樋口が煌のことを好きなことは知っているから返事はしなくてもいい。これは、俺の独り言だと思って読んで欲しい。思いのままに書いた拙い文章だが、俺の気持ちを知ってもらえればそれだけで嬉しい。
樋口を好きになったのは、……
駄目だ。こんな文章では、優しい樋口はきっと困ってしまう。伝えないまま俺が潔く身を引けば済む話だ。ならばそれが最も良い方法だ。だが俺は何度と諦めようとした。しかし、諦められているのならば今こうして樋口のことを考えて思い悩んではいないであろう。
球技大会の前に、樋口が俺に声を掛けてくれたことが心底嬉しかったのだ。今までは運動神経が悪いからとからかわれたり責められたりすることばかりだったが、樋口は俺を否定するようなことは何も言わずただ、一緒に練習しようと言ってくれた。その言葉だけでどれだけ嬉しかったか言葉では伝えきれない。その上、飽きもせずに本番までつきっきりで練習に付き合ってくれた。どうしようもなく運動神経の悪い俺に呆れず、練習を続けてくれ、俺の投げたボールがどれだけ違う方向に飛ぼうとも全力で向かってくれた。そんな樋口の優しさが、誠実で真っすぐで、一生懸命で温かくて……こんな人には出会ったことがなかった。
俺も樋口に何か返したいと心から思った。球技大会の練習では樋口に少しでも成長したところを見せたくてバスケットボールを買った。全然上達しなくて樋口は困っただろうか。本番も思えば格好悪いところしか見せていない気がする。練習の成果はというと全くと言っていいほど発揮できず、出た試合の失点原因は主に自分で。クラスが負けてしまったのも俺の所為だ。それでも樋口は頑張ったねと一言笑いかけてくれた。
合宿でも夏祭りでも樋口と話すチャンスはいくらでもあったのに、俺の方から棒に振ってしまったのは言うまでもない。それどころか、樋口には余計な心配を掛けて気を遣わせてしまった。
今日も自主学習は決めたページまで時間内に終わらせることができなかった。どうせ眠れないのなら、いっそ中間試験で煌と大差をつけて1位を取って、樋口にいいところを見せたい。そう思ってそれから決めたページを超えても寝ないで試験勉強に打ち込んだ。勉強をしていると心が少し楽になった。俺は両親に近づきたくてこれだけ勉強しているのだと自分自身を誇ることができた。恋にうじうじ悩むなど、道の妨げになるとすっぱりと考えることができる。けれどベッドに入るとやはり樋口のことが頭をよぎる。ここ数日は夜中2時まで勉強して、ベッドに入って1時間ほど考え事をして、いつも通り5時に起きる。そんな生活を続けていた。食事はここ半月ほど完食できていない。このままではいけないと思いつつ、食欲は沸かない上に食べると気分が悪くなることもあった。
今朝は少しぼんやりして、登校前に何をしていたのか一瞬忘れるくらいだった。妙に体が火照っている気がするが、これくらいは大丈夫だ。今日くらいはやり過ごせるだろうし、早く帰って寝ていれば治る。小さい頃から叔母や先生に悟られないように隠してきたから誤魔化せるだろう。最近頭痛や微熱も多かったが、今日まで何事もなく過ごしてきたのだ。俺はそう自分を過信していた。
**
――
“あいつに触ったら汚れるぞ”
“かかわらない方がみんなに何か言われなくて済むよね”
“親がいなくなったのもあいつがキモいから嫌だったんだろ”
“乗り物に乗ったら吐いて迷惑かけるでしょ、だから連れていけない”
“お前なんかを父に紹介することなんてできない”
"姉さんの息子だから育ててるけど大変で本当は一人でのんびりと生活してたいのに”
“景とは班が一緒ってだけで好きで付き合ってるわけじゃないし。口うるさくて鬱陶しいし出来ればこれ以上一緒に居たくはない”
“煌くんと仲良くなりたいのにいつもついてきて迷惑。邪魔だって分からないのかな”
走馬灯のようにこれまで関わった人たちが現れて、俺に対して誹謗する。どの言葉も心に突き刺さるが、最初のうちは良かった。小中時代のクラスメイトにそんなことを言われるのは慣れていたからだ。だが、両親と思しき人物と、俺の大好きな叔母、それから司、樋口と俺への悪口を言う人は大切な人になっていった。そんな人までもが俺を煙たがり罵った。もう自分には居場所なんてないのかもしれない。そう思うと自分が今まで積み上げてきたものは何だったのだろうかと考えてしまう。
俺は大切な人たちがそんなことを思うような人ではないという気持ちと、本当はそう思っていたのかもしれないという気持ちがせめぎ合い、どちらにしても自己嫌悪で自分を責めずにはいられなかった。
樋口へ
樋口に俺の想いを知って欲しいから、こうして手紙を書いた。
はじめに、俺は樋口のことが好きだ。
樋口が煌のことを好きなことは知っているから返事はしなくてもいい。これは、俺の独り言だと思って読んで欲しい。思いのままに書いた拙い文章だが、俺の気持ちを知ってもらえればそれだけで嬉しい。
樋口を好きになったのは、……
駄目だ。こんな文章では、優しい樋口はきっと困ってしまう。伝えないまま俺が潔く身を引けば済む話だ。ならばそれが最も良い方法だ。だが俺は何度と諦めようとした。しかし、諦められているのならば今こうして樋口のことを考えて思い悩んではいないであろう。
球技大会の前に、樋口が俺に声を掛けてくれたことが心底嬉しかったのだ。今までは運動神経が悪いからとからかわれたり責められたりすることばかりだったが、樋口は俺を否定するようなことは何も言わずただ、一緒に練習しようと言ってくれた。その言葉だけでどれだけ嬉しかったか言葉では伝えきれない。その上、飽きもせずに本番までつきっきりで練習に付き合ってくれた。どうしようもなく運動神経の悪い俺に呆れず、練習を続けてくれ、俺の投げたボールがどれだけ違う方向に飛ぼうとも全力で向かってくれた。そんな樋口の優しさが、誠実で真っすぐで、一生懸命で温かくて……こんな人には出会ったことがなかった。
俺も樋口に何か返したいと心から思った。球技大会の練習では樋口に少しでも成長したところを見せたくてバスケットボールを買った。全然上達しなくて樋口は困っただろうか。本番も思えば格好悪いところしか見せていない気がする。練習の成果はというと全くと言っていいほど発揮できず、出た試合の失点原因は主に自分で。クラスが負けてしまったのも俺の所為だ。それでも樋口は頑張ったねと一言笑いかけてくれた。
合宿でも夏祭りでも樋口と話すチャンスはいくらでもあったのに、俺の方から棒に振ってしまったのは言うまでもない。それどころか、樋口には余計な心配を掛けて気を遣わせてしまった。
今日も自主学習は決めたページまで時間内に終わらせることができなかった。どうせ眠れないのなら、いっそ中間試験で煌と大差をつけて1位を取って、樋口にいいところを見せたい。そう思ってそれから決めたページを超えても寝ないで試験勉強に打ち込んだ。勉強をしていると心が少し楽になった。俺は両親に近づきたくてこれだけ勉強しているのだと自分自身を誇ることができた。恋にうじうじ悩むなど、道の妨げになるとすっぱりと考えることができる。けれどベッドに入るとやはり樋口のことが頭をよぎる。ここ数日は夜中2時まで勉強して、ベッドに入って1時間ほど考え事をして、いつも通り5時に起きる。そんな生活を続けていた。食事はここ半月ほど完食できていない。このままではいけないと思いつつ、食欲は沸かない上に食べると気分が悪くなることもあった。
今朝は少しぼんやりして、登校前に何をしていたのか一瞬忘れるくらいだった。妙に体が火照っている気がするが、これくらいは大丈夫だ。今日くらいはやり過ごせるだろうし、早く帰って寝ていれば治る。小さい頃から叔母や先生に悟られないように隠してきたから誤魔化せるだろう。最近頭痛や微熱も多かったが、今日まで何事もなく過ごしてきたのだ。俺はそう自分を過信していた。
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“あいつに触ったら汚れるぞ”
“かかわらない方がみんなに何か言われなくて済むよね”
“親がいなくなったのもあいつがキモいから嫌だったんだろ”
“乗り物に乗ったら吐いて迷惑かけるでしょ、だから連れていけない”
“お前なんかを父に紹介することなんてできない”
"姉さんの息子だから育ててるけど大変で本当は一人でのんびりと生活してたいのに”
“景とは班が一緒ってだけで好きで付き合ってるわけじゃないし。口うるさくて鬱陶しいし出来ればこれ以上一緒に居たくはない”
“煌くんと仲良くなりたいのにいつもついてきて迷惑。邪魔だって分からないのかな”
走馬灯のようにこれまで関わった人たちが現れて、俺に対して誹謗する。どの言葉も心に突き刺さるが、最初のうちは良かった。小中時代のクラスメイトにそんなことを言われるのは慣れていたからだ。だが、両親と思しき人物と、俺の大好きな叔母、それから司、樋口と俺への悪口を言う人は大切な人になっていった。そんな人までもが俺を煙たがり罵った。もう自分には居場所なんてないのかもしれない。そう思うと自分が今まで積み上げてきたものは何だったのだろうかと考えてしまう。
俺は大切な人たちがそんなことを思うような人ではないという気持ちと、本当はそう思っていたのかもしれないという気持ちがせめぎ合い、どちらにしても自己嫌悪で自分を責めずにはいられなかった。
