6話 体育祭
何にも集中できない空っぽなままで体育祭当日を迎えた。煌くんに見てほしくて今まで頑張ってきたから、私のモチベーションは本当に地の底まで沈んでしまったようだった。早く走れたのは煌くんの笑顔があったから、煌くんがすごいねって言ってくれたから、煌くんが私を応援してくれたから。けど、体調が悪いのか煌くんは今日も学校に来ていない。あの日煌くんが私を避けていた素振りをみせた理由をまだ聞けていない。もしかして、私に会いたくなかったのかな。だから、学校にも来なくなっちゃったなんて後ろ向きなことばかり考えてしまう。
「直子ちゃん、最近元気ないみたいだけど」
竜くんが優しく声をかけてくれた。
「リレー、プレッシャーは大きいけどかなり練習してきたから大丈夫だよ」
そう私を励ます。今はその言葉が身に染みて、私は嬉しくて泣いてしまった。竜くんは困った顔をしながら、大丈夫だよとしきりに私の頭を撫でてくれた。きっと弟妹にもこんな風に優しくて温かい言葉をかけてるんだろうな。竜くんといると安心する。心強くて、つい寄りかかりたくなってしまう。
「あ、ごめん……つい」
いつもの癖でと続けた竜くんの顔は少し赤くて、なんとなく私までドキッとしてしまう。竜くんに愛される人って幸せになるだろうなとぼんやり考える。ちゃんと話せば竜くんの優しさもよく分かるし、話しやすいところもあるんだってことがよく分かって、絶対もっと好きになるよね。
(好きに……?)
ようやく自分のしていた事の重大さに気づいた。煌くんが私を嫌に思ったのは、最近竜くんといつも一緒にいたからじゃないのか……。もしそうだとしたら私はなんてことをしてしまったのか。煌くんは体育祭の競技に参加することだってできなくて落ち込んでいたのに、追い討ちをかけるように、私から煌くんの傍を離れてしまった。煌くんが私のことを好きだっていう確証はないのに、最近うまく行き過ぎていて調子に乗っていた。
思わず小春に相談しにいった。小春は迷わず、素直に謝ってその流れで想いを伝えるのが一番だと言った。言いにくいけど、私が煌くんを一番好きだってことを伝えることが解決への近道になる。それが、私が信頼を回復する唯一の手段。緊張するけど、このリレーをやりきったなら、告白だってできそうな気がした。
**
「かけるくん! 大丈夫?」
競技中に思い切り運動場の土の上に体を打ち付けた翔は、救護テントに敷かれたブルーシートの上で横になりながら手当てを受ける。表情を見る限りは思ったよりもけろっとしている。それでも、擦り傷を消毒するときに顔をしかめていて、駆け寄った小春に大丈夫と起き上がろうとするとやはりどこか痛むようだ。
「たいした怪我はしてないけど、打ち身と擦り傷でも割とダメージ受けてるみたいだぜ。リレーはまあ出たところで本領発揮はできないだろうな」
翔くん、あんなに必死に練習してきたのに。そんなことってないよ……。
「リレーは俺が出るよ。まあ練習は参加してないからダメかもだけど一応タイムは翔とそう変わんなかったし」
「司くんが……?」
いつものあの厳しい練習にはいなかったけれど、司くんにならチームの命運を預けることもできそうな気がして心強かった。
「あれ? 煌は? さっきまでいたのに」
「めっちゃ直子に会いたがってたからさ、せっかくだと思ったのに」
司はわざわざそんな大きな独り言を呟いて見せた。私を励ますためなのか、からかっているのか今の私には判断できなかったけれど、それも力に変えられる気がした。
**
いよいよ私の出番がやってきた。
アンカーはトラックを二周しなければならない。それもわかって練習していたけれど、やっぱり何かが引っかかって思うように走れなくて、せっかく大きく引き離していたリードもどんどんなくなってきた。悔しくて必死で走るけれど妙にすべての力を出せている気がしない。周りの応援も歓声も話し声も全部ぐちゃぐちゃで一緒に聞こえる。
けれど、これを乗り越えたら、最後まで私が追い抜かれなければ優勝なんだ。その責任の重さが悩みもモヤモヤも一気に吹き飛ばした。煌くんのことが気にならないわけじゃない。でも、今は目の前のことだけに集中しようと思えるようになって視界も周りの声もクリアになった。二回目の応援席はさっきとは違う。
「なおちゃんファイト!!」
「なお~負けたら承知しないわよ」
小春と明美の声が聞こえる。いや、もっと大きなチームとしてのみんなの応援が。その応援が追い風となって何倍も力が湧いてくる。応援席の前を通るときってこんなにも頑張れるんだ。
「なお! いっけー!」
「樋口、その調子だ!」
「直子ちゃん! 頑張って!」
応援席を通過したら一人でゴールまでだって思ってた。けど……ラスト五十メートルもないくらいのところで私は奮い立った。怪我をして、傷だらけでも私の足を信じて大きな声援をくれる翔くん。それから――
普段出さないような一際大きい声で私の名前を呼んでくれる。応援してくれる、煌くんの声が。
前半のリードでなんとか一位をキープしていたけれど、二番手の色は陸上部の三年生で、そのリードだってどんどん縮まっていく。けれど、今の私なら誰にだって負けない自信があった。体力が有り余ってるとかそういうのじゃない。チームの、友達の、大好きな煌くんの応援が背中を押してくれるから、今はどんなに疲れていても限界を超えた走りができる。
「ゴール! 一着は赤組」
放送席からのその言葉で運動場が沸き立つ。一緒にバトンを繋いだ仲間が、応援席のみんなが一斉に出てきて私を囲んだ。
(やった、やったよ煌くん!)
心の中でそう呟いて私はみんなとハイタッチを交わした。
「直子ちゃん、最近元気ないみたいだけど」
竜くんが優しく声をかけてくれた。
「リレー、プレッシャーは大きいけどかなり練習してきたから大丈夫だよ」
そう私を励ます。今はその言葉が身に染みて、私は嬉しくて泣いてしまった。竜くんは困った顔をしながら、大丈夫だよとしきりに私の頭を撫でてくれた。きっと弟妹にもこんな風に優しくて温かい言葉をかけてるんだろうな。竜くんといると安心する。心強くて、つい寄りかかりたくなってしまう。
「あ、ごめん……つい」
いつもの癖でと続けた竜くんの顔は少し赤くて、なんとなく私までドキッとしてしまう。竜くんに愛される人って幸せになるだろうなとぼんやり考える。ちゃんと話せば竜くんの優しさもよく分かるし、話しやすいところもあるんだってことがよく分かって、絶対もっと好きになるよね。
(好きに……?)
ようやく自分のしていた事の重大さに気づいた。煌くんが私を嫌に思ったのは、最近竜くんといつも一緒にいたからじゃないのか……。もしそうだとしたら私はなんてことをしてしまったのか。煌くんは体育祭の競技に参加することだってできなくて落ち込んでいたのに、追い討ちをかけるように、私から煌くんの傍を離れてしまった。煌くんが私のことを好きだっていう確証はないのに、最近うまく行き過ぎていて調子に乗っていた。
思わず小春に相談しにいった。小春は迷わず、素直に謝ってその流れで想いを伝えるのが一番だと言った。言いにくいけど、私が煌くんを一番好きだってことを伝えることが解決への近道になる。それが、私が信頼を回復する唯一の手段。緊張するけど、このリレーをやりきったなら、告白だってできそうな気がした。
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「かけるくん! 大丈夫?」
競技中に思い切り運動場の土の上に体を打ち付けた翔は、救護テントに敷かれたブルーシートの上で横になりながら手当てを受ける。表情を見る限りは思ったよりもけろっとしている。それでも、擦り傷を消毒するときに顔をしかめていて、駆け寄った小春に大丈夫と起き上がろうとするとやはりどこか痛むようだ。
「たいした怪我はしてないけど、打ち身と擦り傷でも割とダメージ受けてるみたいだぜ。リレーはまあ出たところで本領発揮はできないだろうな」
翔くん、あんなに必死に練習してきたのに。そんなことってないよ……。
「リレーは俺が出るよ。まあ練習は参加してないからダメかもだけど一応タイムは翔とそう変わんなかったし」
「司くんが……?」
いつものあの厳しい練習にはいなかったけれど、司くんにならチームの命運を預けることもできそうな気がして心強かった。
「あれ? 煌は? さっきまでいたのに」
「めっちゃ直子に会いたがってたからさ、せっかくだと思ったのに」
司はわざわざそんな大きな独り言を呟いて見せた。私を励ますためなのか、からかっているのか今の私には判断できなかったけれど、それも力に変えられる気がした。
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いよいよ私の出番がやってきた。
アンカーはトラックを二周しなければならない。それもわかって練習していたけれど、やっぱり何かが引っかかって思うように走れなくて、せっかく大きく引き離していたリードもどんどんなくなってきた。悔しくて必死で走るけれど妙にすべての力を出せている気がしない。周りの応援も歓声も話し声も全部ぐちゃぐちゃで一緒に聞こえる。
けれど、これを乗り越えたら、最後まで私が追い抜かれなければ優勝なんだ。その責任の重さが悩みもモヤモヤも一気に吹き飛ばした。煌くんのことが気にならないわけじゃない。でも、今は目の前のことだけに集中しようと思えるようになって視界も周りの声もクリアになった。二回目の応援席はさっきとは違う。
「なおちゃんファイト!!」
「なお~負けたら承知しないわよ」
小春と明美の声が聞こえる。いや、もっと大きなチームとしてのみんなの応援が。その応援が追い風となって何倍も力が湧いてくる。応援席の前を通るときってこんなにも頑張れるんだ。
「なお! いっけー!」
「樋口、その調子だ!」
「直子ちゃん! 頑張って!」
応援席を通過したら一人でゴールまでだって思ってた。けど……ラスト五十メートルもないくらいのところで私は奮い立った。怪我をして、傷だらけでも私の足を信じて大きな声援をくれる翔くん。それから――
普段出さないような一際大きい声で私の名前を呼んでくれる。応援してくれる、煌くんの声が。
前半のリードでなんとか一位をキープしていたけれど、二番手の色は陸上部の三年生で、そのリードだってどんどん縮まっていく。けれど、今の私なら誰にだって負けない自信があった。体力が有り余ってるとかそういうのじゃない。チームの、友達の、大好きな煌くんの応援が背中を押してくれるから、今はどんなに疲れていても限界を超えた走りができる。
「ゴール! 一着は赤組」
放送席からのその言葉で運動場が沸き立つ。一緒にバトンを繋いだ仲間が、応援席のみんなが一斉に出てきて私を囲んだ。
(やった、やったよ煌くん!)
心の中でそう呟いて私はみんなとハイタッチを交わした。