6話 体育祭

「煌様、お顔の色が優れませんが……」
 迎えに来たいつもの使用人も心配するくらいひどい顔をしていたのだろう。
 連日の体育祭の練習では、自分が競技に参加しなくても、式の列に並んだり、足並みを揃えて行進したり、校庭で練習を見学したりと外に出る機会が多かった。
 幼い頃から身体が弱くて、病院と自宅以外で生活することはあまりなく、窓越しでしか太陽の光を浴びてこなかった。歩くのも少しの部屋の移動くらいだったので、外に出て動くだけでどうしてかひどく疲れてしまう。
 人生で初めて行った夏祭りでも、その日は楽しい気持ちが勝って何も感じはしなかったけれど、次の日には体調を崩して数日間寝込んでしまった。
 体育祭で精力的に体を動かす他の人たちを見ると、自分のことが嫌になって仕方がなかった。ただ座って、日陰で見ていることしかできない。この青空の下で、みんなと一緒に汗を流してめいいっぱい楽しめたらどれほど幸せだろうか。ここ最近はずっとそう考えていた。
「着きましたよ」
 使用人が短くそう言ったので、早いがもう帰り着いたのかと思った。車を降りると、家の玄関……というわけではなかった。
「今日は金曜日じゃ……」
 病院に行くのは主治医の関係で大概金曜日と決まっていた。見慣れた白い建物に大きな自動ドアと広い待合室。それは僕が最も嫌いな場所だった。
「体調を崩されているのかと思いまして……」
 迷わずこちらに向かったとのこと。使用人には、僕の身体の調子だってお見通しなのか。
 結局、診てもらうことにしたが、どうも医師からいい返事は期待できない。おそらく体育祭の練習を見学することだって制限されてしまう。うらやましく思いながらも、内心では少し楽しみなところはあった。球技大会は当日に本部の救護でお手伝いするだけだったから、開会式の場に立てるというだけでも嬉しくて仕方なかったから残念に思う。
 案の定、検査の結果は良くはなく、数日間は安静にして外にも出ないほうがいいと言われてしまった。まあ練習期間のうちに治せば本番を見ることくらいは許してもらえるだろう。

 と思っていたが、あっという間に本番の前日を迎えることなり、僕は自分に心底呆れていた。結局あれから体調は良くならず、精神的な面でもかなり弱っていたせいか悪化させてしまい、今は病院のベッドに横たわっている。身体のこともそうだが、最近直子ちゃんが竜くんと仲が良いことにうじうじ悩んで直子ちゃんを避けてしまったことも情けない。直子ちゃんは誰にでも話しやすいタイプだし、竜くんはいつもの優しさで直子ちゃんに何の気もないことは分かるし、自分は悪くなくても僕の気に障ったことを謝ってくれる。竜くんは人間ができているからこそ余計に考えるのがつらかった。

「煌~、大丈夫?」
 司くんと景くんが花を持ってお見舞いに来てくれた。
「体育祭、見たかったな」
 僕がそういうと、司くんも景くんも残念そうな顔をする。
「マジか……直子、煌にいいところ見せたいって頑張ってたのにな」
 司くんは本当に悔しそうに、まるで当事者のように大袈裟に言った。
「本当に……?」
 もし本当なら、僕は直子ちゃんにひどいことをしてしまった。竜くんと仲が良いんじゃなくて、僕にいいところを見せたくてそれだけ練習に打ち込んでいたってことなら。
「ていうか直子が涙目で煌いるか聞いてきたんだけど、煌となんかあったの? 入院してるのは知らないっぽかったし」
「直子ちゃんが一緒に帰ろうって言うのを断っちゃったんだ……」
 それも、もう二度と話しかけてこないでみたいな雰囲気を漂わせてしまって、そんなの直子ちゃんも嫌だったに決まってるのに。
「そんだけで直子も落ち込むなよなー。無駄に心配するじゃん」
 司くんにしてはそうやって誘って断られても別に傷つかないらしいけど、僕が直子ちゃんに一緒に帰ろうって言って断られたらやっぱりショックかな。
「けど、樋口がそれだけ……」
 景くんは話に割って入ろうとしたが、何か言いかけて口をつぐんだ。それを聞いた司くんは景くんにどうしたのと聞くけど、景くんはまた表情を変えて何事もなかったかのようにあしらう。多分直子ちゃんのことを考えていたんだろうな。

 その夜僕はどうしても体育祭が見たいとわがままを言って看護師さんを困らせてしまった。主治医に懇願した結果、明日の朝の時点で、今日よりも体調が回復していれば特別に見学してもよいということになった。条件は救護テントから離れないこと。動き回るようであれば連れ戻す、あるいは車椅子に縛りつけるという冗談にしてもなんだか強行的だと思うような条件を与えられたものだ。それでも、体育祭を見学する許可は下りたのだからこの上なく嬉しかった。
 直子ちゃんの走りが見られる。それが嬉しいはずなのにやっぱり胸の奥が痛む。もし直子ちゃんが竜くんのことを好きだったら……そう考えると途端に苦しくなってしまう。明日の体調に影響しないように、何も考えないようにしようとする。けれど、そうすればそうするほど、直子ちゃんのことを考えてしまう。悪循環だった。
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