6話 体育祭
「最近竜と直子めっちゃ仲良くない?」
お昼を食べながら、いつものように練習に行く直子と竜と翔を見送った後、いつでも思ったことを率直に言う司はそう切り込んだ。
「何言ってるの!」
明美は思わず声を上げた。自分が竜のことを気になっていると周りに指摘されてピリピリとしていたし、直子と煌が両想いになるように色々と手を回していたから、そんなスキャンダル明美には信じられなかったし、かき消したい気持ちもあった。小春も動揺したように俯いている。もしそうなら、リレーの他の選手と翔くんだって仲良くなっているのかもしれないと思うと気になって仕方がなかった。
「別に、仲が良くてどうこうってことはないだろう? 少し話していただけでそんな風に噂を立てられる身にもなってみたらどうだ?」
景は興味のなさそうな様子で口を挟んだ。恋愛話をするとあることないこと勝手に考えて騒ぐだろう、と呆れ顔で呟いた。景自体も直子と竜が最近よく話すのを感じていたし、球技大会の件があって以来、直子のことが気になっている上、直子が煌のことを好きと知って少し気分が沈んでいたことは否定できない。だからこの話に興味がないというと嘘であるが、小春以上に動揺が顔に出て真っ青になっている煌を見ると逆に冷静になるといったところだ。煌はもともと身体が丈夫ではなく、連日炎天下の中で体育祭の練習を見学していたのだから、自分が競技に参加しなくとも体調にも影響する。それに加えて、この状況。
「そうよ! 直子と竜が、あるわけないでしょ。この話は終わり、はいおしまい」
明美が早口でそう言って強引に話を切り上げることにした。しかし、この話題の影響は大きく、気にしないように促した明美と景までもが考え事をしているように見える。
その日は午後から天気が崩れ、放課後の練習も中止になった。見るからに顔色の悪い煌が無理をしなくてよかったと司と景が口をそろえて言うのを、否定もしないで一言そうだねと言った煌は、それ以上は何も喋らなかった。喋る元気もなかったのかもしれないと心配になり、保健室に連れて行こうとするが、煌は頑なに動こうとはしない。司は余計に不安に思ったのかあの手この手で煌を立たせようとするが、景にそっとしておいてやったらどうだと言われ、従った。
ホームルームが終わる頃には、雨はひどくなり、雷まで鳴り始めた。黒い雲が空を覆い、雨のせいか九月だというのに少しだけひんやりと感じるほどである。どんよりと、そして生ぬるい湿った空気が纏わりついて気持ちが悪い。
「煌くん~! 今日練習雨でお休みだから途中まで一緒に帰らない?」
直子が元気よく走ってきて、煌にそう尋ねた。煌は車での送迎だから校門までということになるが。
すっかり練習に夢中になってしまっても、これが煌くんにいいところを見せるためだと頑張っている直子だが、ちっとも話さなくなって煌と距離が遠くなってしまうのは嫌だった。少しでも会えるときは会いたいし、一緒に帰れるなら少しでも帰りたいなと思い誘ってみた。
「……ごめん」
いつもより元気のない暗い声で、煌は直子の顔も見ないでそう言った。そして、直子を避けるように、さっさと帰ってしまった。昼の練習に行ってから教室で話されていたことを直子は知らない。
直子は追いかけたかった。元気のない煌に追いつくことなんて直子には朝飯前だ。しかし、それは迷惑なんじゃないかと思う気持ちが邪魔をして、ただその場で立っていることしかできなくなった。何もしなくて、涙だけが頬を伝い、それが床に落ちた。こんなところ誰にも見られたくなくて夢中でトイレに向かう。一人になって気持ちの整理をつけたかった。
(私、煌くんに何かしたかな)
煌くんにすごいねって言ってもらいたくて一生懸命頑張っていた。暗くなるまで練習して、朝も早く起きてみんなで集まって。煌くんを一人にしてしまう時間が多くて、寂しいと感じさせてしまったのか、なんて思ってしまう。
しかし、直子は、煌が自分のことを嫌がっているようにしか思えなかった。もしかしたら、前から自分のことが嫌だったのに無理に笑ってくれていたのかもしれないなどと考えてしまう。
煌はそんな人じゃない。自分のことを大事に思ってくれていたし、期末試験だって、嫌がる様子をひとつも見せずに勉強を教えてくれた。勇気を出して誘った夏祭りだって、心から楽しそうに笑っていた。偽りの笑顔なんて煌くんが見せるわけがない。
(明日、煌くんに聞かなくちゃ)
今日の様子だと答えてはもらえないかもしれない。そのときはそのときだ、きっぱり煌くんのことは諦めよう。もともと家柄だってぜんぜん違うし、勉強ができる煌くんと違って私はどの教科もできない。唯一取り柄な運動も、制限されている煌くんにとっては辛い思いをさせてしまうものかもしれない。こんなことを考えては、自分と煌は一切釣り合わない存在なのだということを思い知らされる。
(むしろなんで煌くんは今まで私といてくれたんだろう)
もうそれ以上自問するのは自分が耐えられなかった。もともと、私が煌くんと話をするようになったのも、私の一方的な一目惚れだったから。煌くんの事情を何も知らずに踏み込もうとした私がすべて悪かった。そういうことにしよう、直子はそう思った。
お昼を食べながら、いつものように練習に行く直子と竜と翔を見送った後、いつでも思ったことを率直に言う司はそう切り込んだ。
「何言ってるの!」
明美は思わず声を上げた。自分が竜のことを気になっていると周りに指摘されてピリピリとしていたし、直子と煌が両想いになるように色々と手を回していたから、そんなスキャンダル明美には信じられなかったし、かき消したい気持ちもあった。小春も動揺したように俯いている。もしそうなら、リレーの他の選手と翔くんだって仲良くなっているのかもしれないと思うと気になって仕方がなかった。
「別に、仲が良くてどうこうってことはないだろう? 少し話していただけでそんな風に噂を立てられる身にもなってみたらどうだ?」
景は興味のなさそうな様子で口を挟んだ。恋愛話をするとあることないこと勝手に考えて騒ぐだろう、と呆れ顔で呟いた。景自体も直子と竜が最近よく話すのを感じていたし、球技大会の件があって以来、直子のことが気になっている上、直子が煌のことを好きと知って少し気分が沈んでいたことは否定できない。だからこの話に興味がないというと嘘であるが、小春以上に動揺が顔に出て真っ青になっている煌を見ると逆に冷静になるといったところだ。煌はもともと身体が丈夫ではなく、連日炎天下の中で体育祭の練習を見学していたのだから、自分が競技に参加しなくとも体調にも影響する。それに加えて、この状況。
「そうよ! 直子と竜が、あるわけないでしょ。この話は終わり、はいおしまい」
明美が早口でそう言って強引に話を切り上げることにした。しかし、この話題の影響は大きく、気にしないように促した明美と景までもが考え事をしているように見える。
その日は午後から天気が崩れ、放課後の練習も中止になった。見るからに顔色の悪い煌が無理をしなくてよかったと司と景が口をそろえて言うのを、否定もしないで一言そうだねと言った煌は、それ以上は何も喋らなかった。喋る元気もなかったのかもしれないと心配になり、保健室に連れて行こうとするが、煌は頑なに動こうとはしない。司は余計に不安に思ったのかあの手この手で煌を立たせようとするが、景にそっとしておいてやったらどうだと言われ、従った。
ホームルームが終わる頃には、雨はひどくなり、雷まで鳴り始めた。黒い雲が空を覆い、雨のせいか九月だというのに少しだけひんやりと感じるほどである。どんよりと、そして生ぬるい湿った空気が纏わりついて気持ちが悪い。
「煌くん~! 今日練習雨でお休みだから途中まで一緒に帰らない?」
直子が元気よく走ってきて、煌にそう尋ねた。煌は車での送迎だから校門までということになるが。
すっかり練習に夢中になってしまっても、これが煌くんにいいところを見せるためだと頑張っている直子だが、ちっとも話さなくなって煌と距離が遠くなってしまうのは嫌だった。少しでも会えるときは会いたいし、一緒に帰れるなら少しでも帰りたいなと思い誘ってみた。
「……ごめん」
いつもより元気のない暗い声で、煌は直子の顔も見ないでそう言った。そして、直子を避けるように、さっさと帰ってしまった。昼の練習に行ってから教室で話されていたことを直子は知らない。
直子は追いかけたかった。元気のない煌に追いつくことなんて直子には朝飯前だ。しかし、それは迷惑なんじゃないかと思う気持ちが邪魔をして、ただその場で立っていることしかできなくなった。何もしなくて、涙だけが頬を伝い、それが床に落ちた。こんなところ誰にも見られたくなくて夢中でトイレに向かう。一人になって気持ちの整理をつけたかった。
(私、煌くんに何かしたかな)
煌くんにすごいねって言ってもらいたくて一生懸命頑張っていた。暗くなるまで練習して、朝も早く起きてみんなで集まって。煌くんを一人にしてしまう時間が多くて、寂しいと感じさせてしまったのか、なんて思ってしまう。
しかし、直子は、煌が自分のことを嫌がっているようにしか思えなかった。もしかしたら、前から自分のことが嫌だったのに無理に笑ってくれていたのかもしれないなどと考えてしまう。
煌はそんな人じゃない。自分のことを大事に思ってくれていたし、期末試験だって、嫌がる様子をひとつも見せずに勉強を教えてくれた。勇気を出して誘った夏祭りだって、心から楽しそうに笑っていた。偽りの笑顔なんて煌くんが見せるわけがない。
(明日、煌くんに聞かなくちゃ)
今日の様子だと答えてはもらえないかもしれない。そのときはそのときだ、きっぱり煌くんのことは諦めよう。もともと家柄だってぜんぜん違うし、勉強ができる煌くんと違って私はどの教科もできない。唯一取り柄な運動も、制限されている煌くんにとっては辛い思いをさせてしまうものかもしれない。こんなことを考えては、自分と煌は一切釣り合わない存在なのだということを思い知らされる。
(むしろなんで煌くんは今まで私といてくれたんだろう)
もうそれ以上自問するのは自分が耐えられなかった。もともと、私が煌くんと話をするようになったのも、私の一方的な一目惚れだったから。煌くんの事情を何も知らずに踏み込もうとした私がすべて悪かった。そういうことにしよう、直子はそう思った。
