5話 夏祭り

 夏祭りに来てだいたい1時間くらい経った頃、浪川が困った表情であたりを見回していた。
 俺はどうしたんだと声をかけた。
「あの、なおちゃんと明美ちゃんが」
 そう言われて俺も周りを見ると、樋口と橋田がいなくなっていた。少し先には司と翔の姿が見えるからそこに一緒にいるだろうと思ったが、どうにも見当たらないようだった。
「俺、探してくるわ」
「俺も行く」
 司が探してくると名乗りを上げたのに便乗して樋口を探しに行くことにした。煌と浪川を二人にしておくのも無配慮かと思ったので翔には残ってもらうことにした。
 探しに行くと言ってもあてがあるわけではなかった。俺も夏祭りに来るのは初めてで、高校で育った町とは違うところに来たから土地勘もない。翔が探しに来た方が多分良かっただろうが、あの場にいてもはぐれた樋口のことを考えるとじっとしていられなかっただろうから。慣れていなくても、通ってきた道を覚えるくらいは出来そうだ。だが、人が多すぎてとても探せるとは思わない。
 たこ焼きの店だけでも3軒目だ。そろそろ不安になってくる頃だが、ふと人の少ない小さな林のようなところで樋口と橋田が話しているの見つけた。
 声をかけようかと思ったが、話に割って入るのもどうかと思い、しばらく様子を見ていた。

「……のよ、あんた、煌くんが好きなんでしょ?」
「うん……」
「なのに司と翔くんとばっかりはしゃいで、煌くんほったらかしじゃない!」
「ごめんって」
「あたしに謝るんじゃなくて、煌くんに謝りなさいよ」
「……」

 気が付けば俺は人混みの中を逆らうように走っていた。走るのは得意ではないし、こんなところで走るのは人に迷惑がかかる。だが、走らずにはいられなかった。
 人のいない方に走っていたら祭りの会場から抜け出していた。ただ一人で見上げた空は星がきれいで、もうすぐ始まる花火の打ち上げには最適の夜空だ。そのまま一人で花火でも見ようかと思ったが、既に先程まで見えていた星が花火のように見えてしまっていた。こんな顔は樋口にも誰にも見せたくなくて、顔を伏せたまま帰ることにした。
「せっかくさそってくれたのに悪い、休養ができたからかえる」
 どんなふうに送られていたのかこのときは考えなかった。何故か涙が止まらなくて画面さえも見れず、慣れない手つきでようよう送ったメールだったから。

 樋口は煌のことを好きなのに、俺は合宿のときも勉強会のときも邪魔をしていたのだろうか。

 煌だけで良かったのに、俺だけ誘われないのは可哀想だと気を利かせてくれたのだろうか。

 竜みたいに予定があるからと断れば良かったのか。

 俺はどうすれば良かったのだろうか。

 次に樋口に会うとき、俺はどんな顔をして会えばいいのだろうか。
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