5話 夏祭り
僕は今日という日が楽しみで仕方なかった。人生で一度も行ったことのない夏祭りに、直子ちゃんから誘ってくれたから。ずっと病院や家にいて、高校生になるまでは学校にすら通えていなかったから、こうして友達とどこかへ遊びに行くのだって初めてかもしれない。
夏祭りに行きたいなんて言ったら、お父さんにも反対されると思ったけれど、案外すんなりと許してくれるどころか、良い浴衣まで用意してくれた。
待ち合わせの場所には、司くんと翔くんと景くんがいて安心した。初めて来る夏祭りで一人だと心細くて、こんなに人が多かったら簡単に迷子になってしまうだろうと、緊張と不安が期待を押しのけてしまいそうだった。
「煌、浴衣じゃん! すっげぇ」
翔くんが目を輝かせてそう言うけれど、みんなもっと軽い普段着という感じの服を着ていて、急に恥ずかしくなってしまう。
「変……かな」
周りを見ても、浴衣を着ているのは女の人ばかりで、もしかしてと思う。
「いやいや、めっちゃ似合ってるよ」
司くんがそう言うから大丈夫なのかな……。ただのお世辞だったらどうしよう。
「煌くーん?」
そうこうしているうちに、直子ちゃんたちが来た。気合の入った浴衣姿を見て、ドキッとしてしまう。
合流しようと歩き出す司くんと翔くんについて行こうとするけれど、景くんが止まっていたのに気づいて、声をかけようとする。景くんの目線は直子ちゃんに向けられていた。少し頬を赤らめて、見惚れているように見えた。
景くんは恋なんてばかばかしいって言いそうなくらい、勉強熱心でストイックなところがあって、道の妨げになることはしたくないって言っていたからなんだか意外だなと思う。
そういえば、期末試験の勉強会だって、色々な人に声を掛けられていたけど、全部断っていた。直子ちゃんの誘いだけ、景くんは行くと言ったのだ。合宿のときも、あのときは余裕がなくて何も思わなかったけれど、今思うと直子ちゃんに弱っているところを見られて落ち込んでいたのかも。僕が気づいていなかった間も景くんはずっと直子ちゃんのことが好きだったんだ。景くんは結構気も合うし、不器用なところはあるけれど、景くんなりに僕と仲良くしてくれようとしているのは伝わってくる。だから、直子ちゃんのことが好きなら、応援しなきゃなって思う。
――けど
何かが心の奥でつっかえたように、僕が2人を応援することを拒んでいるような気がした。
「おーい、煌! 景!」
何やってるんだ? と司くんが呼びに来た。ごめんねと言いながら、景くんと一緒に少し早歩きで合流した。
「悪い、こういうのには慣れてなくてな」
景くんは司くんが来るとそう言ってさっきまでの表情を一変させた。直子ちゃんに見惚れてたのなんて全く感じさせなくて、いつもの大人びたクールな雰囲気に戻っていた。
**
「ねえ、射的やろう? あと金魚すくいも! それから、たこ焼きと綿菓子とりんご飴も食べなきゃ! あーっ!かき氷!! ……ヨーヨー釣りもしたいかな」
直子ちゃんは相変わらず眩しいくらい元気だ。僕は最近の暑さにやられてしまいそうなのに、直子ちゃんは夏がとてもよく似合う。活気があって、温かくていつでも笑顔で。
「はい、煌くん! 綿菓子だよ~」
「ありがとう!」
直子ちゃんはピンク色の綿菓子を僕にくれた。綿菓子は確かお砂糖だけが材料だよねと考えながら今日だけは食事制限も気にしないでいようかななんて気になるくらい、直子ちゃんと過ごしていると楽しい。
でも、普段は教室とか家の中の移動だけだからこんなに歩き回ったのは初めてで、慣れない下駄のせいでだんだんと直子ちゃんたちに追いつくのでいっぱいになってきた。
僕にも、景くんにも直子ちゃんは真っすぐに向き合ってくれて優しくて明るい。でも、司くんや翔くんとはしゃいでいる方が直子ちゃんの輝きは何倍にもなる。色んなものを食べて、動き回って、僕にはキツいくらいのことが、とても楽しそうで、でもまだ足りないくらい次から次へ足を運んでいく。
僕が健康だったら、何でも制限なく出来たら、直子ちゃんは僕ともあんな風に楽しく回ってくれるのかな?
もし僕が直子ちゃんに行かないでって引き止めたら止まって僕のことを見てくれるのかな? もし、……
よく分からない気持ちの正体がようやくわかった気がした。司くんや翔くんが直子ちゃんと楽しそうにしているのが羨ましい。本当は直子ちゃんを独り占めしたい。
この気持ちって何なんだろう。司くんや直子ちゃんが話そうよ、友達になろうよって言ってくれたとき確かに嬉しかった。でも、よく考えれば、このお祭りに来たときから少しだけモヤモヤすることがあって、何だろうって考えてた。よく分からないけど、これが好きっていう気持ちなのかな。景くんが直子ちゃんのことを好きなら、応援しなきゃなって思ったけど、そうしたくないとも思った。それはもしかして、僕も景くんと同じ気持ちだからなのかな……
夏祭りに行きたいなんて言ったら、お父さんにも反対されると思ったけれど、案外すんなりと許してくれるどころか、良い浴衣まで用意してくれた。
待ち合わせの場所には、司くんと翔くんと景くんがいて安心した。初めて来る夏祭りで一人だと心細くて、こんなに人が多かったら簡単に迷子になってしまうだろうと、緊張と不安が期待を押しのけてしまいそうだった。
「煌、浴衣じゃん! すっげぇ」
翔くんが目を輝かせてそう言うけれど、みんなもっと軽い普段着という感じの服を着ていて、急に恥ずかしくなってしまう。
「変……かな」
周りを見ても、浴衣を着ているのは女の人ばかりで、もしかしてと思う。
「いやいや、めっちゃ似合ってるよ」
司くんがそう言うから大丈夫なのかな……。ただのお世辞だったらどうしよう。
「煌くーん?」
そうこうしているうちに、直子ちゃんたちが来た。気合の入った浴衣姿を見て、ドキッとしてしまう。
合流しようと歩き出す司くんと翔くんについて行こうとするけれど、景くんが止まっていたのに気づいて、声をかけようとする。景くんの目線は直子ちゃんに向けられていた。少し頬を赤らめて、見惚れているように見えた。
景くんは恋なんてばかばかしいって言いそうなくらい、勉強熱心でストイックなところがあって、道の妨げになることはしたくないって言っていたからなんだか意外だなと思う。
そういえば、期末試験の勉強会だって、色々な人に声を掛けられていたけど、全部断っていた。直子ちゃんの誘いだけ、景くんは行くと言ったのだ。合宿のときも、あのときは余裕がなくて何も思わなかったけれど、今思うと直子ちゃんに弱っているところを見られて落ち込んでいたのかも。僕が気づいていなかった間も景くんはずっと直子ちゃんのことが好きだったんだ。景くんは結構気も合うし、不器用なところはあるけれど、景くんなりに僕と仲良くしてくれようとしているのは伝わってくる。だから、直子ちゃんのことが好きなら、応援しなきゃなって思う。
――けど
何かが心の奥でつっかえたように、僕が2人を応援することを拒んでいるような気がした。
「おーい、煌! 景!」
何やってるんだ? と司くんが呼びに来た。ごめんねと言いながら、景くんと一緒に少し早歩きで合流した。
「悪い、こういうのには慣れてなくてな」
景くんは司くんが来るとそう言ってさっきまでの表情を一変させた。直子ちゃんに見惚れてたのなんて全く感じさせなくて、いつもの大人びたクールな雰囲気に戻っていた。
**
「ねえ、射的やろう? あと金魚すくいも! それから、たこ焼きと綿菓子とりんご飴も食べなきゃ! あーっ!かき氷!! ……ヨーヨー釣りもしたいかな」
直子ちゃんは相変わらず眩しいくらい元気だ。僕は最近の暑さにやられてしまいそうなのに、直子ちゃんは夏がとてもよく似合う。活気があって、温かくていつでも笑顔で。
「はい、煌くん! 綿菓子だよ~」
「ありがとう!」
直子ちゃんはピンク色の綿菓子を僕にくれた。綿菓子は確かお砂糖だけが材料だよねと考えながら今日だけは食事制限も気にしないでいようかななんて気になるくらい、直子ちゃんと過ごしていると楽しい。
でも、普段は教室とか家の中の移動だけだからこんなに歩き回ったのは初めてで、慣れない下駄のせいでだんだんと直子ちゃんたちに追いつくのでいっぱいになってきた。
僕にも、景くんにも直子ちゃんは真っすぐに向き合ってくれて優しくて明るい。でも、司くんや翔くんとはしゃいでいる方が直子ちゃんの輝きは何倍にもなる。色んなものを食べて、動き回って、僕にはキツいくらいのことが、とても楽しそうで、でもまだ足りないくらい次から次へ足を運んでいく。
僕が健康だったら、何でも制限なく出来たら、直子ちゃんは僕ともあんな風に楽しく回ってくれるのかな?
もし僕が直子ちゃんに行かないでって引き止めたら止まって僕のことを見てくれるのかな? もし、……
よく分からない気持ちの正体がようやくわかった気がした。司くんや翔くんが直子ちゃんと楽しそうにしているのが羨ましい。本当は直子ちゃんを独り占めしたい。
この気持ちって何なんだろう。司くんや直子ちゃんが話そうよ、友達になろうよって言ってくれたとき確かに嬉しかった。でも、よく考えれば、このお祭りに来たときから少しだけモヤモヤすることがあって、何だろうって考えてた。よく分からないけど、これが好きっていう気持ちなのかな。景くんが直子ちゃんのことを好きなら、応援しなきゃなって思ったけど、そうしたくないとも思った。それはもしかして、僕も景くんと同じ気持ちだからなのかな……