☆2065 X'mas パラレルなよりみちのおはなし

「お客さん、着きましたよ」


えっ、着いた……って、どこに?

追いつかない頭で腕時計を見やると、24日の夜10時を回ったところで。

タクシーを降りて、見慣れた実家を目の前にした俺は、8Gの電波を拾った携帯ですぐさま電話をかける。


「メリークリスマス、薪さん!」

「………青木………急にどうしたんだ?」

「無事に戻れましたか?」

「うん、ホテルの部屋で飲み直してたとこだ」

「………なら俺、舞のサンタを済ませて、すぐそっち行きますから」

「…………」

電話の向こうで不自然な間が空く。

「馬鹿、誰が来いと云った?お前酔ってるんだろ」

「いえ、全然。俺があなたの顔を見たいんです」

また間が空いて………盛大なため息がきこえる。
噛み合わない俺との会話に呆れ果てているのが窺えた。

「………悪いがもう寝るところだ、おやすみ」

「あのっ、」

「…………なんだ?」

「舞のサンタ役はいつか終わります。でも俺は一生あなたのサンタでいますからね!」

「…………」

とうとう通話をブチ切りされた。

でも、この手の話題には耳を貸さないあの人が、ここまで話を聞いてくれていたことに少し驚いている。

少々気が済んだ俺は、自宅の鍵を開けて中へ入る。
母も舞も寝静まっている時間だ。


あの荻窪での一件は、夢だったのだろうか?

でも、部屋で脱いだコートのポケットには、曽我さんから押し込まれたぬいぐるみの膨らみが、いつのまにか無くなっている。



『そのゴリラ、ジャパーニというのか』

後日小池さんから、あの飲み会の晩に薪さんが感慨深げにそう呟いていたと聞いた。
そして“子どもの頃そのぬいぐるみに別の名前をつけていつも一緒に寝ていた”とも言っていたらしい。
その事実をまともに考察すると、三代目ジャパーニは薪さんの子どもの頃にはまだいないし、県警×動物園のコラボも今回が初だから“ありえない話”だと、皆は口を揃える。

その後しばらく第九メンバーの間では、薪さんの好みが“ゴリラ系”なんじゃないかという噂でもちきりになったりもして。
でも俺の中では色んな点が線に繋がっていく。
あの日の所長会の開始前に、ぬいぐるみを見た薪さんが「一行」と口走ったこともすべて。


つよしくんは、本当に待っていてくれたんだ。

想うたび、胸が熱くなる。

数年後には成長とともに忘れていったかもしれないが、しばらくの間はぬいぐるみを大切にして、クリスマスがくるたび“方向音痴のサンタ”に思いを馳せてくれていたとしたら―――

でも、あのパラレルな出会いが現実であることは、俺だけの秘密にしようと思う。

あの晩、俺は結局薪さんに一目だけ会いに行った。

つまりクリスマスイブの一夜にして、つよしくんと出会い、再会を果たしたわけだ。
すぐに追い返されたけど、抱きしめて額にキスをして、伝えることはできた。
「また来年も一緒にクリスマスを祝いましょう」と。

憮然として俯いたままの薪さんから返事は貰えなかったが、それでいい。

来年も再来年もずっと、俺はあいも変わらずただ薪さんを想いつづけ、勝手にサンタになる。

薪さんだって四半世紀前には認めてくれたのだから、今も、これからもきっと大丈夫だと信じてる。
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