☆2065 X'mas パラレルなよりみちのおはなし
クリスマスのホールケーキは二人用サイズとはいえ、少食のつよしくんと一緒だとほとんど俺の胃の中に収めることになる。
「一行、そんなに食べて大丈夫?」
「大丈夫だよ、ケーキは大好きなんだ」
ツリーもない部屋で、ロウソクを灯したテーブルで、クリスマスケーキを囲んで一緒に頬張る。それだけでも特別感は十分だった。
壁のカレンダーを確認すると2035年12月24日は月曜日。明日も平日だから、寝るのがあまり遅くなってもいけない。
「つよしくん、お風呂の支度できたけど入るかい?」
「ええっ?すみません」
テーブルでくつろいでいたつよしくんが、驚いてお風呂場に飛んでくる。
「洗濯機も回しておくから、脱いだ服は入れておいて」
「いえ、それはひとりでできるので……」
「俺がするよ、クリスマスだし」
「クリスマスは……関係ないです」
「そうかな?君は普段食べないケーキをお腹いっぱい食べたし、それを買うために一人で夜道を歩いて……俺と出会った。それだけでも今日はすごく特別な日だと俺は思うけど」
「………一行……」
俺を見上げるつよしくんの大きな瞳が揺れる。
「なんだかあなたは、風変わりなサンタみたいだ」
ダメだ、つよしくん。
そんな愛らしい顔でそんなことを云ったら、俺はサンタどころか、人さらいになってしまうよ。
風呂上がりのつよしくんが、子ども部屋のベッドで静かに読書している。
じっと見守る視線に気づいて、つよしくんは頬を赤らめ目をそらした。
「………一行」
「何だい?」
「僕が眠るまでここにいられる?」
「ああ、勿論だよ」
「気づいてると思うけど、この家は古めかしい割にセキュリティは最先端で鍵はフルオートだから……」
つよしくんは暗に、澤村さんが戻る明日までには俺がこの家を出ていかなければいけないことを伝えているのだろう。確かに、どんなにドジなサンタクロースでも、さすがに朝までうろうろしていて住人に見つかる奴はいない。
「帰り道はわかる?」
「……ああ、どうにかするよ」
俺は少し驚きながら答える。
心配げに眉をひそめるつよしくんは、あの自分が不審者を撒こうと必死だった状況で、俺が道に迷っていたことをお見通しだったのだから。
「ぁふ………」
色々あった今夜はさすがに疲れたのだろう。
数ページ読んだところで、つよしくんは生欠伸をしながら本を閉じる。
「おやすみなさい」
「おやすみ、つよしくん」
ベッドに横たわり目を閉じたつよしくんの頭を撫でる手を、小さな手がぎゅっと掴んでくる。
そのままふわりと上体が起きて、華奢な腕が俺の首にゆるやかに巻きついた。
「僕にはもうサンタはいないと思ってたけど……これからは、サンタがこないのは“道に迷ってるから”って考えることにするよ」
俺はハッと胸を突かれる。たしかにサンタは存在するのだ、人が人を想う数だけ。
そしてつよしくんの言うとおり“いない”と“こない”は違うのだ。
「ごめんな、つよしくん。こんなドジなサンタで。でも君のことずっと、想っているよ。本当にずっと―――」
今の自分には、このくらいしか彼に応える言葉がないのが苦しい。
四半世紀後の再会を約束するのか?
俺がこの人と家族になりたいと望むようになることを、打ち明けるのか?
そんな現実は、今の彼にとっての現実じゃない。
生まれてたった9年の少年には、違う星を見上げるくらい、遠すぎるおとぎ話だ。
腕のなかの小さなぬくもりを抱きしめて背を撫でてあげるのが、今のこの子と共有できる俺の精一杯の想い。それだけしかない。
やがて小さな寝息が聞こえてくる。
俺は羽根のように軽い身体をベッドに横たえ、清らかな寝顔の少年の頬を包むように撫でて“またね”と告げる。
掛けてあったコートに袖を通すとき、ポケットで待機していたぬいぐるみに気づいて、つよしくんの枕元にそっと置いた。
なんとなく、薪さんのお世話を岡部さんに託す時に似た、もどかしく祈るような気持ちで―――
澤村・薪邸はまるで要塞だった。
俺の未練を絶ちきりここでの記憶をもぎ取っていくように、通り抜けてく背後で次々とロックがかかっていく。
外へ出た明け方の街は、風景がない真っ暗闇で、帰り道がわかるかどうかなんていう問題以前に、ただ呑み込まれていくしかない。
「一行、そんなに食べて大丈夫?」
「大丈夫だよ、ケーキは大好きなんだ」
ツリーもない部屋で、ロウソクを灯したテーブルで、クリスマスケーキを囲んで一緒に頬張る。それだけでも特別感は十分だった。
壁のカレンダーを確認すると2035年12月24日は月曜日。明日も平日だから、寝るのがあまり遅くなってもいけない。
「つよしくん、お風呂の支度できたけど入るかい?」
「ええっ?すみません」
テーブルでくつろいでいたつよしくんが、驚いてお風呂場に飛んでくる。
「洗濯機も回しておくから、脱いだ服は入れておいて」
「いえ、それはひとりでできるので……」
「俺がするよ、クリスマスだし」
「クリスマスは……関係ないです」
「そうかな?君は普段食べないケーキをお腹いっぱい食べたし、それを買うために一人で夜道を歩いて……俺と出会った。それだけでも今日はすごく特別な日だと俺は思うけど」
「………一行……」
俺を見上げるつよしくんの大きな瞳が揺れる。
「なんだかあなたは、風変わりなサンタみたいだ」
ダメだ、つよしくん。
そんな愛らしい顔でそんなことを云ったら、俺はサンタどころか、人さらいになってしまうよ。
風呂上がりのつよしくんが、子ども部屋のベッドで静かに読書している。
じっと見守る視線に気づいて、つよしくんは頬を赤らめ目をそらした。
「………一行」
「何だい?」
「僕が眠るまでここにいられる?」
「ああ、勿論だよ」
「気づいてると思うけど、この家は古めかしい割にセキュリティは最先端で鍵はフルオートだから……」
つよしくんは暗に、澤村さんが戻る明日までには俺がこの家を出ていかなければいけないことを伝えているのだろう。確かに、どんなにドジなサンタクロースでも、さすがに朝までうろうろしていて住人に見つかる奴はいない。
「帰り道はわかる?」
「……ああ、どうにかするよ」
俺は少し驚きながら答える。
心配げに眉をひそめるつよしくんは、あの自分が不審者を撒こうと必死だった状況で、俺が道に迷っていたことをお見通しだったのだから。
「ぁふ………」
色々あった今夜はさすがに疲れたのだろう。
数ページ読んだところで、つよしくんは生欠伸をしながら本を閉じる。
「おやすみなさい」
「おやすみ、つよしくん」
ベッドに横たわり目を閉じたつよしくんの頭を撫でる手を、小さな手がぎゅっと掴んでくる。
そのままふわりと上体が起きて、華奢な腕が俺の首にゆるやかに巻きついた。
「僕にはもうサンタはいないと思ってたけど……これからは、サンタがこないのは“道に迷ってるから”って考えることにするよ」
俺はハッと胸を突かれる。たしかにサンタは存在するのだ、人が人を想う数だけ。
そしてつよしくんの言うとおり“いない”と“こない”は違うのだ。
「ごめんな、つよしくん。こんなドジなサンタで。でも君のことずっと、想っているよ。本当にずっと―――」
今の自分には、このくらいしか彼に応える言葉がないのが苦しい。
四半世紀後の再会を約束するのか?
俺がこの人と家族になりたいと望むようになることを、打ち明けるのか?
そんな現実は、今の彼にとっての現実じゃない。
生まれてたった9年の少年には、違う星を見上げるくらい、遠すぎるおとぎ話だ。
腕のなかの小さなぬくもりを抱きしめて背を撫でてあげるのが、今のこの子と共有できる俺の精一杯の想い。それだけしかない。
やがて小さな寝息が聞こえてくる。
俺は羽根のように軽い身体をベッドに横たえ、清らかな寝顔の少年の頬を包むように撫でて“またね”と告げる。
掛けてあったコートに袖を通すとき、ポケットで待機していたぬいぐるみに気づいて、つよしくんの枕元にそっと置いた。
なんとなく、薪さんのお世話を岡部さんに託す時に似た、もどかしく祈るような気持ちで―――
澤村・薪邸はまるで要塞だった。
俺の未練を絶ちきりここでの記憶をもぎ取っていくように、通り抜けてく背後で次々とロックがかかっていく。
外へ出た明け方の街は、風景がない真っ暗闇で、帰り道がわかるかどうかなんていう問題以前に、ただ呑み込まれていくしかない。