☆2065 X'mas パラレルなよりみちのおはなし

会議を終えた後は、所長もまじえた室長たちの忘年会が開かれた。

「お前たち、クリスマスの予定がある奴は帰れと言ったのに、揃いも揃って……」

全員参加の面々を、眉をひそめて見渡す薪所長を、打ち解けた顔で見返す部下たち。
「ここ福岡ですよ。帰るに帰れませんし」なんて楽しげに突っ込む声さえ上がる。
第九の“家族”と過ごすクリスマスに違和感をもつ者なんていないのだ。

「乾杯!」

皆で杯を合わせた後、くだけた空気の中で、薪さんと俺の間だけが余所余所しい。
会議中はぐいぐい詰めてきたり、褒めてくれたり、たまに微笑んでもくれる薪さんなのに、飲みの席となると目を合わせることさえしなくなる。

部下の顔を見れば、恋人を作れだの結婚しろだのと“遣り手BBA化”に年々拍車がかかる薪さんから理不尽な圧力を受けずに済むのはいいけれど、とてつもない寂しさがそれを上回る。
俺があんな手紙を書かなければ、もっと自然でいられたのだろうとか、やっぱり考えてもみてしまう。


「で、お前はどうなんだ?」

「え……っ」
しまった……油断していて、完全に不意を突かれた。
席を入れ替わり立ち替わりしながら皆と喋っていくうち、よりによって一番端にいる時に、逃げ場を塞ぐように俺の隣に薪さんが座している。

もっとも、コースの料理も終盤に差し掛かり、酔いも回った連中はそれぞれの話に花を咲かせていて、救いの手を差し伸べてくれる輩はいそうにないのだけれど。

「俺は何も無いですよ。舞と笑顔で暮らすことが今の俺のすべてなので……」

「それでいいんじゃないか?今は」

薪さんは微笑を浮かべて続ける。

「お前はまだ若いから、舞が高校生になってもまだ40手前だろう?そこからまだ結婚や子どもの一人や二人くらい……」

「………」

違う、そうじゃない……と喉元まで出掛かる。
小さな舞がいる今も、想いは別なのだ。
俺は目の前のこの人をいつだって想わずにいられないし、たとえ40になろうとそれは変わらないだろう。
なのに想われ人の当人が、返事もくれずに他の恋を勧めるなんて、絶対に間違ってる。


「それより、傷はどうなんだ?」

えっ、今度はそうくる………?
物申そうとした俺を遮って、あろうことに薪さんは俺のシャツをズボンから引っ張り出そうとし始める。

「わっ、ちょ、待って………やめてください、ちゃんとお見せしますんで………ほらっ」

俺の身体に乗っからんばかりの勢いでシャツの裾を引っ張る薪さんの手を掴み、俺はもう片方の手で着衣を最小限に捲って、脇腹の傷痕を見せた。

「よかったな………すごくきれいに治って……」

「………っ……」

安堵の笑みを浮かべ、細い肩でつく吐息。
身を屈めて覗き込んでくる薪さんのいい匂いに、全身を巡る血液の温度がドクンと上がる。
そして、傷痕をなぞる薪さんの指先は、まるで何かを仕込んでいるかのように、俺の身体に熱を点して………


「あの………お二人、さっきから何してるんすか………?」

岡部さんの声にハッと我に返ると、全員の目がこっちに釘付けになっている。

“座敷の死角で俺の下腹部に顔を埋める薪さん”の図はさすがにマズいだろう。と、フリーズから再起動した俺の思考が、ようやく置かれた状況を客観視する。

「………ほら、もうすっかり治ってるでしょ?薪さん、疑り深いんだからハハハ…」

明るく取り繕いながら、慌てて引き剥がした薪さんのしなやかな身体。
栗色の前髪の隙間からちらりと見えた表情に俺の心臓は、また跳ね上がる。

伏せた睫毛の長さや、離れるまぎわに出会った瞳の美麗さとか………俺はもうその場から一寸動くことも、俯いた顔を上げることもできない。
今俺の身体に疼いている欲情が、どこからか滲みだしてやしないか、ガチガチの緊張感に縛られていたのだ。
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