春の或る日のマリアージュ
食卓を囲んだ家族の視線が、中央に並んだ料理に注がれている。
薪は席に着いたままスッと背筋を伸ばし、最上のガストロノミーでゲストを迎えるシェフのような所作で、自らの皿を静かに指し示した。
「……本日、母の日の献立をご説明します」
その声には、いつもの捜査指揮を執る際の冷徹さは影を潜め、厳かでありつつ、温かで包み込むような響きが含まれていた。
「まずはこちら『帆立と山菜のコンソメ・ロワイヤル』です。昨日、お母様が引いてくださった万能出汁の深みをベースに、コンソメを重ねてダブルスープに仕立てた洋風茶碗蒸しです」
宝石を見るような舞のうっとりとした視線を浴びながら、薪は次の一皿へと視線を移す。
「続いて『滋養コロッケ』。コンソメを抽出した後の牛すね肉と香味野菜を、なめらかに蒸し上げた馬鈴薯と共にマッシュしています。添えてあるのは、ベリーを使ったルージュ・ソースです。そして手前が『初夏のサラダそうめん』。糸島のしらすとミニトマト、アスパラ、大人の方には、白干しの南高梅を添えています」
一通りの説明を終えると、薪はわずかに俯き、テーブルの上に置いた指先にそっと力を込めた。
「……母の日に。お口に合うか分かりませんが、どうぞ。召し上がってください」
緊張しつつ、わくわく感も抑えきれないその声に、青木の心は打ち震えた。
「まあ……綺麗すぎて、お匙を入れるのがもったいないわねぇ」
おバアちゃんはそう呟きながら、おずおずとスプーンを差し入れた。
柔らかな弾力がスプーンを押し戻し、直後、吸い込まれるように滑らかな生地が割れる。底から溢れ出してきたのは、琥珀色に輝く濃厚なスープだ。
「……あら。洋風だと思ったのに、なんだか……とても懐かしい味がするわ」
一口運んだおバアちゃんが、驚きに目を見開いた。
フランス料理の技法を纏いながらも、喉を通る瞬間に広がるのは、紛れもなく彼女が長年守ってきた“青木家の出汁”の安らぎだったのだ。
「万能出汁をベースに、バターの乳脂肪分で具材の旨味をコーティングしました。お母様のお好きな香りを、和の骨格の中に閉じ込めたんです」
おバアちゃんの好反応に、薪は目に見えてホッとした様子で種明かしを始める。
「以前、お母様がフィナンシェを召し上がっていた時の様子を思い出して、構築しました。和歌子さんや一行さんを育んだこの家の味を、僕なりに解釈し、アレンジしたつもりです」
「もう……薪さんったら」
おバアちゃんの瞳に、ふわりと涙が浮かぶ。
「……美味しい。本当に美味しいわ。新しいのに、和歌ちゃんやお父さんも、皆が一緒にここにいるみたいに温かくて……」
「マキちゃん、すごぉい! 舞も大人になったら、マキちゃんみたいに美味しい料理が作れるコックさんになる!」
舞の無邪気な宣言に、薪はふっと表情を和らげ、優しく微笑みかけた。
「そうか。舞がコックさんになったら、僕にも舞の料理を食べさせてほしいな」
「うん! 絶対食べさせてあげる!」
指切りをする二人を見守りながら、青木は(薪さんは、コックさんではなくて実は警察の凄く偉い人なんだけどな……)と苦笑しつつも、この上ない幸福感に包まれていた。
夕食を終えた夜の客間。窓の外では夜風が静かに庭木の葉を揺らしている。
「薪さん、先にお風呂どうぞ。あれ……薪さん?」
片付けを終えた青木が声をかけると、くるまった布団の中から微かな吐息混じりの声がきこえる。
「……ん……満足して、もらえて……よかった……」
寝言のような呟きとともに、薪はすでに眠りの中だった。
今日一日、脳をフル回転させ、全身全霊で「家族」のために尽くしてくれた愛しいシェフの寝顔は、驚くほど穏やかな充足感に満ちている。
「本当にお疲れ様でした。今日のあなた……最高に格好よかったですよ」
青木は掌で薪の額にかかる髪を丁寧に撫で上げると、その白い額にそっと口づけを落とした。
青木家の「絆」に、薪が持ち込んだ「情熱」というエッセンスが溶け込んだ特別な一日。
それは、かつてないほど深く甘やかな共同作業 の余韻を残して、静かに更けていった。
薪は席に着いたままスッと背筋を伸ばし、最上のガストロノミーでゲストを迎えるシェフのような所作で、自らの皿を静かに指し示した。
「……本日、母の日の献立をご説明します」
その声には、いつもの捜査指揮を執る際の冷徹さは影を潜め、厳かでありつつ、温かで包み込むような響きが含まれていた。
「まずはこちら『帆立と山菜のコンソメ・ロワイヤル』です。昨日、お母様が引いてくださった万能出汁の深みをベースに、コンソメを重ねてダブルスープに仕立てた洋風茶碗蒸しです」
宝石を見るような舞のうっとりとした視線を浴びながら、薪は次の一皿へと視線を移す。
「続いて『滋養コロッケ』。コンソメを抽出した後の牛すね肉と香味野菜を、なめらかに蒸し上げた馬鈴薯と共にマッシュしています。添えてあるのは、ベリーを使ったルージュ・ソースです。そして手前が『初夏のサラダそうめん』。糸島のしらすとミニトマト、アスパラ、大人の方には、白干しの南高梅を添えています」
一通りの説明を終えると、薪はわずかに俯き、テーブルの上に置いた指先にそっと力を込めた。
「……母の日に。お口に合うか分かりませんが、どうぞ。召し上がってください」
緊張しつつ、わくわく感も抑えきれないその声に、青木の心は打ち震えた。
「まあ……綺麗すぎて、お匙を入れるのがもったいないわねぇ」
おバアちゃんはそう呟きながら、おずおずとスプーンを差し入れた。
柔らかな弾力がスプーンを押し戻し、直後、吸い込まれるように滑らかな生地が割れる。底から溢れ出してきたのは、琥珀色に輝く濃厚なスープだ。
「……あら。洋風だと思ったのに、なんだか……とても懐かしい味がするわ」
一口運んだおバアちゃんが、驚きに目を見開いた。
フランス料理の技法を纏いながらも、喉を通る瞬間に広がるのは、紛れもなく彼女が長年守ってきた“青木家の出汁”の安らぎだったのだ。
「万能出汁をベースに、バターの乳脂肪分で具材の旨味をコーティングしました。お母様のお好きな香りを、和の骨格の中に閉じ込めたんです」
おバアちゃんの好反応に、薪は目に見えてホッとした様子で種明かしを始める。
「以前、お母様がフィナンシェを召し上がっていた時の様子を思い出して、構築しました。和歌子さんや一行さんを育んだこの家の味を、僕なりに解釈し、アレンジしたつもりです」
「もう……薪さんったら」
おバアちゃんの瞳に、ふわりと涙が浮かぶ。
「……美味しい。本当に美味しいわ。新しいのに、和歌ちゃんやお父さんも、皆が一緒にここにいるみたいに温かくて……」
「マキちゃん、すごぉい! 舞も大人になったら、マキちゃんみたいに美味しい料理が作れるコックさんになる!」
舞の無邪気な宣言に、薪はふっと表情を和らげ、優しく微笑みかけた。
「そうか。舞がコックさんになったら、僕にも舞の料理を食べさせてほしいな」
「うん! 絶対食べさせてあげる!」
指切りをする二人を見守りながら、青木は(薪さんは、コックさんではなくて実は警察の凄く偉い人なんだけどな……)と苦笑しつつも、この上ない幸福感に包まれていた。
夕食を終えた夜の客間。窓の外では夜風が静かに庭木の葉を揺らしている。
「薪さん、先にお風呂どうぞ。あれ……薪さん?」
片付けを終えた青木が声をかけると、くるまった布団の中から微かな吐息混じりの声がきこえる。
「……ん……満足して、もらえて……よかった……」
寝言のような呟きとともに、薪はすでに眠りの中だった。
今日一日、脳をフル回転させ、全身全霊で「家族」のために尽くしてくれた愛しいシェフの寝顔は、驚くほど穏やかな充足感に満ちている。
「本当にお疲れ様でした。今日のあなた……最高に格好よかったですよ」
青木は掌で薪の額にかかる髪を丁寧に撫で上げると、その白い額にそっと口づけを落とした。
青木家の「絆」に、薪が持ち込んだ「情熱」というエッセンスが溶け込んだ特別な一日。
それは、かつてないほど深く甘やかな
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