SACRIFICE〜鏡の中の生贄
「ぐぉお……きさんらどけっち言うとろうがこらァ!!」
地響きのような青木の咆哮とともに、空気を切り裂くような殺気が走る。男たちが反射的に薪から手を離した瞬間、青木は獣のような踏み込みで間合いを詰めた。
(バカ、なのか……お前、一人で、素手で……っ)
薪は崩れ落ちる体を辛うじて壁に預け、混濁する意識の中で、暴れる長身の男に目を奪われている。
“俺の”薪さん?そして……博多弁?気になるところは多々あるが、今はそれを気に留める余裕すら無い。
屈強な男二人を前に、青木は一歩も引かなかった。
相手は体格こそ良いが、今の青木には「第九」で培った執念と、理性を焼き切った憤慨がある。
殴りかかってきた男の腕を最小限の動きで捌き、その喉元へ鋭い打撃を叩き込む。さらに、前傾姿勢で向かってくるもう一人の腹部に、背の高い体躯を活かした膝蹴りが食い込んだ。
だが、薪の懸念も尤もだ。
男たちはダメージを受けたもののまだ意識を保っており、萌絵果が狂ったように叫びながら、カウンターの注射器に震える手を伸ばす。
「殺してやるっ! あたしの三神を、あたしの夢を壊したお前らなんて……っ!!」
(危ない……)
薪は動かない指先を床に這わせ、藻掻いた。叫ぼうとしても声が出ない。
しかし、青木は冷静だった。
三神の脳に記録された「一瞬の硬直」を誰よりも深く解析した男だ。萌絵果の手元にある未知の薬剤。注射器だけとは限らない、ダーツの針や霧吹き……あの狂った女なら、触れずとも相手を「静止」させる手段を幾らでも用意しているはずだ。
(一度でもあの毒を浴びれば、元に戻せない危険だってある……薪さんを、ドールにさせてたまるか!)
青木は迷わず懐から小さな筒を取り出して、ピンを相手に向けて引き抜く。
――プシューッ!!
鋭い噴射音と共に、真っ白な霧が広がっていく。
「……あ、が、あぁぁぁぁッ!!」
萌絵果と男たちが、不意を突かれ目や口を押さえて床に転げ回った。
青木が放ったのは、催涙スプレー――それは、萌絵果が何かを「狙い打つ」隙を物理的に奪うための、最善かつ非情な選択だった。
その直後、先ほど蹴破られた重い扉をさらに蹴破り、機敏な影がバラバラと飛び込んでくる。
「警視庁だ! 全員動くな!!」
SITの隊員たちだ。催涙霧が漂う混乱の中、彼らが的確に犯人たちを組み伏せていく。
そのすぐ後方には、その様子に鋭い視線を走らせる岡部の姿があった。
「薪さん……!」
青木は、薪の体を自分の上着ごと包み込んで強く抱き寄せ、そのまま安全な部屋の隅へと匿う。
「……あお、き……」
「大丈夫です。もう、大丈夫ですから」
青木の腕の中で、薬のせいで熱を帯びた薪が、彼のシャツの胸元を力なく掴む。青木はすべてのものから薪を遮断する勢いで、薪を強く抱きしめた。
そんな二人に歩み寄ってきた岡部が短く、安堵したように息を吐く。
「……ギリギリだったな、青木。まあ、主役は遅れて来るもんだ」
「すみません。あとは、お願いします」
制圧された現場から、手錠をかけられた萌絵果が隊員に引き立てられていく。
その横を通り過ぎる際、青木は薪を抱いたまま、凍てつくような、けれどどこか哀れみを含んだ言葉を彼女に寄越した。
「……安斉萌絵果。かつて某私立医大の研究室で『麻酔科学の天才』と謳われたあなたが、その知性をこんな非道いことに使うなんて……」
萌絵果の動きがピクリと止まる。
青木は静かに、しかし重く、言葉を続けた。
「立ち直ってください。三神が身をもってあなたの凶行を受け止めた意味を、一生かけて考えながら」
萌絵果の呻くような嗚咽を背に、青木は振り返ることなく、薪の顔を自分の胸に埋めさせ、周囲の視線から守るように、パトカーの赤いサインがちらつく階段を上っていった。
地響きのような青木の咆哮とともに、空気を切り裂くような殺気が走る。男たちが反射的に薪から手を離した瞬間、青木は獣のような踏み込みで間合いを詰めた。
(バカ、なのか……お前、一人で、素手で……っ)
薪は崩れ落ちる体を辛うじて壁に預け、混濁する意識の中で、暴れる長身の男に目を奪われている。
“俺の”薪さん?そして……博多弁?気になるところは多々あるが、今はそれを気に留める余裕すら無い。
屈強な男二人を前に、青木は一歩も引かなかった。
相手は体格こそ良いが、今の青木には「第九」で培った執念と、理性を焼き切った憤慨がある。
殴りかかってきた男の腕を最小限の動きで捌き、その喉元へ鋭い打撃を叩き込む。さらに、前傾姿勢で向かってくるもう一人の腹部に、背の高い体躯を活かした膝蹴りが食い込んだ。
だが、薪の懸念も尤もだ。
男たちはダメージを受けたもののまだ意識を保っており、萌絵果が狂ったように叫びながら、カウンターの注射器に震える手を伸ばす。
「殺してやるっ! あたしの三神を、あたしの夢を壊したお前らなんて……っ!!」
(危ない……)
薪は動かない指先を床に這わせ、藻掻いた。叫ぼうとしても声が出ない。
しかし、青木は冷静だった。
三神の脳に記録された「一瞬の硬直」を誰よりも深く解析した男だ。萌絵果の手元にある未知の薬剤。注射器だけとは限らない、ダーツの針や霧吹き……あの狂った女なら、触れずとも相手を「静止」させる手段を幾らでも用意しているはずだ。
(一度でもあの毒を浴びれば、元に戻せない危険だってある……薪さんを、ドールにさせてたまるか!)
青木は迷わず懐から小さな筒を取り出して、ピンを相手に向けて引き抜く。
――プシューッ!!
鋭い噴射音と共に、真っ白な霧が広がっていく。
「……あ、が、あぁぁぁぁッ!!」
萌絵果と男たちが、不意を突かれ目や口を押さえて床に転げ回った。
青木が放ったのは、催涙スプレー――それは、萌絵果が何かを「狙い打つ」隙を物理的に奪うための、最善かつ非情な選択だった。
その直後、先ほど蹴破られた重い扉をさらに蹴破り、機敏な影がバラバラと飛び込んでくる。
「警視庁だ! 全員動くな!!」
SITの隊員たちだ。催涙霧が漂う混乱の中、彼らが的確に犯人たちを組み伏せていく。
そのすぐ後方には、その様子に鋭い視線を走らせる岡部の姿があった。
「薪さん……!」
青木は、薪の体を自分の上着ごと包み込んで強く抱き寄せ、そのまま安全な部屋の隅へと匿う。
「……あお、き……」
「大丈夫です。もう、大丈夫ですから」
青木の腕の中で、薬のせいで熱を帯びた薪が、彼のシャツの胸元を力なく掴む。青木はすべてのものから薪を遮断する勢いで、薪を強く抱きしめた。
そんな二人に歩み寄ってきた岡部が短く、安堵したように息を吐く。
「……ギリギリだったな、青木。まあ、主役は遅れて来るもんだ」
「すみません。あとは、お願いします」
制圧された現場から、手錠をかけられた萌絵果が隊員に引き立てられていく。
その横を通り過ぎる際、青木は薪を抱いたまま、凍てつくような、けれどどこか哀れみを含んだ言葉を彼女に寄越した。
「……安斉萌絵果。かつて某私立医大の研究室で『麻酔科学の天才』と謳われたあなたが、その知性をこんな非道いことに使うなんて……」
萌絵果の動きがピクリと止まる。
青木は静かに、しかし重く、言葉を続けた。
「立ち直ってください。三神が身をもってあなたの凶行を受け止めた意味を、一生かけて考えながら」
萌絵果の呻くような嗚咽を背に、青木は振り返ることなく、薪の顔を自分の胸に埋めさせ、周囲の視線から守るように、パトカーの赤いサインがちらつく階段を上っていった。