Classic love cruise
その晩、荻窪の家に到着するやいなや、張り詰めていた糸が切れたように、おバァちゃんと舞は客間でぐっすり眠りについている。
静まり返った台所で、お重や水筒を片付けた青木は、居間へ戻る足をふと止めた。
照明を絞った間柱の前で薪がしゃがみ込んでいたからだ。
「どうしました?」
声をかけると、薪は柱に刻まれた傷跡を指先でそっとなぞりながら、ぽつりと呟いた。
「舞はもう、七歳の身長が……八歳のときの僕を抜いているんだな」
古い傷の少し上に刻まれた、初々しい傷の傍らには『まい 7さい』と記されていた。
「へぇ、そうなんですか。女の子は小学校低学年が伸び盛りですからね」
一緒に覗き込んでいた青木は、笑顔を見せつつ低く短い声で応じると、それ以上言葉を重ねることなくソファへと歩いていって腰掛ける。
普段の部下としての従順さは、今の青木からは微塵も感じられない。
青木はソファの背もたれに深く身体を預け、自分の両脚を開くと、薪の背中を真っ直ぐ見つめた。
「――ここへ来てください」
抗い難い響きを含んだその疑問形に、薪は息を呑む。
容易く一蹴できるはずなのに、今はそれができない。薪は黙って立ち上がると、吸い寄せられるようにゆっくりとソファへ近づいていった。
隣に座ろうと腰を落としかけた、その時だ。
「違う、こっちです」
大きな手が薪の腰を掴んで強い力で引き寄せる。
そのまま、青木の両脚の間に“ちょこん”と収められるように座らされた薪は、背後から回された腕のなかに完全に閉じ込められてしまう。
呆然としている薪の耳元に、青木は容赦なく熱い息を吹きかけ「薪さん……」と、低い声を忍ばせる。
「あなたといない俺の世界を、もう二度と想像しないでください。それだけです」
「……っ」
薪の白い肩が、ビクリと大きく揺れた。
相手を思うが故に、つい思い描き言葉にしてしまった「if」の世界。それがどれほど青木を傷つけ、憤らせていたのかが、背中から伝わる体温と、強い抱擁から痛いほど伝わってくる。
「わかりますか?今、俺があなたといて、どれだけ幸せなのか。ほかの選択肢なんて無いんです」
青木の大きな手が、薪の薄いシャツの上から、引き締まった脇腹を撫で上げる。
温泉でいつも以上に柔らかい肌は、青木の感情に任せた愛撫に対して、驚くほど過敏な反応を露わにした。
「あ……んっ、止め……っ」
片手はシャツの中、もう片方はズボンの中でまさぐられる快感に身悶えながら、視界が熱い涙で潤んでいく。
「僕だって……お前の、いない世界なんて……」
そんなの、もう一秒だって耐えられない――
限界を迎えた薪は、溶けゆく思考に縋り付くように、青木の膝に這い上るようにして向き直る。
「あおき……」
涙のたまった瞳で青木の顔を見つめ、今度は自分から、青木の首筋に腕を回す。
次に重なった青木の唇は微笑んだ形をしているのを、口づけながら感じ取る。
溶け合うみたいに味わい合って、ようやく離れた薪の唇が……濡れた息を吐きながら、消え入りそうな声で白状する。
「……すまない。ああ言ったのは本意ではなくて……ただ……」
「ただ?」
「お前が雪子さんと並んでるのを見た時、ドス黒くて重苦しい感情で胸が痛くて……そんな感情をお前に向けるくらいなら、と」
「薪さん……それ……って……」
青木が真顔で硬直する。
長い沈黙に、薪が不安げな目で青木を覗き込む。
「ヤキモチ、では?」
「……違うっ!」
薪が目を見開いたまま、一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた。
そして青木の胸ぐらを掴み、強い視線で睨みつける。
「僕はただ……お前を幸せに、……っ」
「薪さん」
わなわなと震える薪の手首を、青木は優しく包み込んだ。
先ほどまでの冷ややかな厳しさはどこへやら、青木の目は、これ以上ないほど甘く、愛おしげに細められている。
「ご自分の想いを、そんな破滅的なカタチでしか表現できないなんて、本当に……あなたという人は、お可愛らしい……」
青木は低く笑って、掴まれたまま薪の身体をごく自然に引き寄せた。互いの心音が重なるような、穏やかで深い抱擁。
「っ、聞き分けのない男だな。僕は至って冷静でっ……」
「はいはい。“冷静に”ヤキモチを焼いてくださったんですね」
「……あおきっ!」
青木の胸に顔を押し付けたまま、抗議の声を挙げる薪の背中を大きな掌がゆっくりとなだめるように撫でる。
「嬉しいです」
耳元で、青木がそっと囁いた。
「俺がどれだけ言葉で『幸せだ』と伝えても、薪さんはいつもどこかで、俺に遠慮したり、離れようとしたりされてましたから。……あなたが俺を独占したいと思ってくれたことが、何よりも嬉し……」
その言葉の続きは、薪の唇で塞がれた。
「ん……むっ……」
青木の首筋に腕を回し、背筋を伸ばして重ねられた、深く、艶めかしいキス。
言葉よりも雄弁に青木への執着を伝えるその熱に、青木は完全に降伏したように、はぁ、と甘い溜息を漏らした。
「もう……あなたって人は……」
「素直じゃないのはお前も同じだろう? 早く欲しいなら正直に言え」
薪は潤んだ瞳で青木を見つめながら、いたずらっぽく、けれど確信犯的に、自分の座る背後の腰下辺りを押し上げてくる、熱くて硬い隆起にそっと掌を添えた。
ズボン越しに伝わる青木の剥き出しの衝動に触れながら、薪の薄い唇が妖艶に弧を描く。
そのあからさまな誘惑に、青木はゴクリと喉を鳴らし、薪の細い腰をぐっと引き寄せる。
「……ですね。あなたの肌も……いつにも増してしっとりしてツルツルで……黒湯の効果をもう少し……じっくり味わわせていただけますか」
互いの体の熱を確かめ合いながら、二人は抱き合ったまま、ゆらりとソファから立ち上がった。
静まり返った台所で、お重や水筒を片付けた青木は、居間へ戻る足をふと止めた。
照明を絞った間柱の前で薪がしゃがみ込んでいたからだ。
「どうしました?」
声をかけると、薪は柱に刻まれた傷跡を指先でそっとなぞりながら、ぽつりと呟いた。
「舞はもう、七歳の身長が……八歳のときの僕を抜いているんだな」
古い傷の少し上に刻まれた、初々しい傷の傍らには『まい 7さい』と記されていた。
「へぇ、そうなんですか。女の子は小学校低学年が伸び盛りですからね」
一緒に覗き込んでいた青木は、笑顔を見せつつ低く短い声で応じると、それ以上言葉を重ねることなくソファへと歩いていって腰掛ける。
普段の部下としての従順さは、今の青木からは微塵も感じられない。
青木はソファの背もたれに深く身体を預け、自分の両脚を開くと、薪の背中を真っ直ぐ見つめた。
「――ここへ来てください」
抗い難い響きを含んだその疑問形に、薪は息を呑む。
容易く一蹴できるはずなのに、今はそれができない。薪は黙って立ち上がると、吸い寄せられるようにゆっくりとソファへ近づいていった。
隣に座ろうと腰を落としかけた、その時だ。
「違う、こっちです」
大きな手が薪の腰を掴んで強い力で引き寄せる。
そのまま、青木の両脚の間に“ちょこん”と収められるように座らされた薪は、背後から回された腕のなかに完全に閉じ込められてしまう。
呆然としている薪の耳元に、青木は容赦なく熱い息を吹きかけ「薪さん……」と、低い声を忍ばせる。
「あなたといない俺の世界を、もう二度と想像しないでください。それだけです」
「……っ」
薪の白い肩が、ビクリと大きく揺れた。
相手を思うが故に、つい思い描き言葉にしてしまった「if」の世界。それがどれほど青木を傷つけ、憤らせていたのかが、背中から伝わる体温と、強い抱擁から痛いほど伝わってくる。
「わかりますか?今、俺があなたといて、どれだけ幸せなのか。ほかの選択肢なんて無いんです」
青木の大きな手が、薪の薄いシャツの上から、引き締まった脇腹を撫で上げる。
温泉でいつも以上に柔らかい肌は、青木の感情に任せた愛撫に対して、驚くほど過敏な反応を露わにした。
「あ……んっ、止め……っ」
片手はシャツの中、もう片方はズボンの中でまさぐられる快感に身悶えながら、視界が熱い涙で潤んでいく。
「僕だって……お前の、いない世界なんて……」
そんなの、もう一秒だって耐えられない――
限界を迎えた薪は、溶けゆく思考に縋り付くように、青木の膝に這い上るようにして向き直る。
「あおき……」
涙のたまった瞳で青木の顔を見つめ、今度は自分から、青木の首筋に腕を回す。
次に重なった青木の唇は微笑んだ形をしているのを、口づけながら感じ取る。
溶け合うみたいに味わい合って、ようやく離れた薪の唇が……濡れた息を吐きながら、消え入りそうな声で白状する。
「……すまない。ああ言ったのは本意ではなくて……ただ……」
「ただ?」
「お前が雪子さんと並んでるのを見た時、ドス黒くて重苦しい感情で胸が痛くて……そんな感情をお前に向けるくらいなら、と」
「薪さん……それ……って……」
青木が真顔で硬直する。
長い沈黙に、薪が不安げな目で青木を覗き込む。
「ヤキモチ、では?」
「……違うっ!」
薪が目を見開いたまま、一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた。
そして青木の胸ぐらを掴み、強い視線で睨みつける。
「僕はただ……お前を幸せに、……っ」
「薪さん」
わなわなと震える薪の手首を、青木は優しく包み込んだ。
先ほどまでの冷ややかな厳しさはどこへやら、青木の目は、これ以上ないほど甘く、愛おしげに細められている。
「ご自分の想いを、そんな破滅的なカタチでしか表現できないなんて、本当に……あなたという人は、お可愛らしい……」
青木は低く笑って、掴まれたまま薪の身体をごく自然に引き寄せた。互いの心音が重なるような、穏やかで深い抱擁。
「っ、聞き分けのない男だな。僕は至って冷静でっ……」
「はいはい。“冷静に”ヤキモチを焼いてくださったんですね」
「……あおきっ!」
青木の胸に顔を押し付けたまま、抗議の声を挙げる薪の背中を大きな掌がゆっくりとなだめるように撫でる。
「嬉しいです」
耳元で、青木がそっと囁いた。
「俺がどれだけ言葉で『幸せだ』と伝えても、薪さんはいつもどこかで、俺に遠慮したり、離れようとしたりされてましたから。……あなたが俺を独占したいと思ってくれたことが、何よりも嬉し……」
その言葉の続きは、薪の唇で塞がれた。
「ん……むっ……」
青木の首筋に腕を回し、背筋を伸ばして重ねられた、深く、艶めかしいキス。
言葉よりも雄弁に青木への執着を伝えるその熱に、青木は完全に降伏したように、はぁ、と甘い溜息を漏らした。
「もう……あなたって人は……」
「素直じゃないのはお前も同じだろう? 早く欲しいなら正直に言え」
薪は潤んだ瞳で青木を見つめながら、いたずらっぽく、けれど確信犯的に、自分の座る背後の腰下辺りを押し上げてくる、熱くて硬い隆起にそっと掌を添えた。
ズボン越しに伝わる青木の剥き出しの衝動に触れながら、薪の薄い唇が妖艶に弧を描く。
そのあからさまな誘惑に、青木はゴクリと喉を鳴らし、薪の細い腰をぐっと引き寄せる。
「……ですね。あなたの肌も……いつにも増してしっとりしてツルツルで……黒湯の効果をもう少し……じっくり味わわせていただけますか」
互いの体の熱を確かめ合いながら、二人は抱き合ったまま、ゆらりとソファから立ち上がった。