枯れ葉とメロディ

 カサリ、と乾いた音が靴底から伝わる。
 青木と並んで歩く舗道の隅、冬の風に追われた枯れ葉が地を舞っている。かつては瑞々しく枝に宿っていた葉たちも、今はただ朽ちて土に還る時を待つ残骸だ。
 その虚しい舞いを目で追いながら、薪は思うのだ。
 僕の中の“薪剛”も、いつかこうして終わりを迎えるのだろうか、と。

​ 佐賀星乃の裁判が幕を閉じたことは、同時に特捜期間の終わりを意味していた。
 歩調を合わせる大男の隣で、薪は自身の足先を凝視しながら、黙って進む。
 同じ方を向いて歩いているようで、実は違っている。
 自分は呪われた遺伝子をもつ人間だが、昨日も今日も「薪剛」として踏み止まることができている。が、明日も同じ場所に立っていられる保証はどこにもないのだから。
 昨日できなかったことができるようになるのを「成長」と呼ぶなら、自分の中に眠る「誰か」が、明日、目覚めないとも限らないのだ。

​(明日を、希望に満ち溢れたまま迎えられる人間が、一体どれくらいいるのだろうか)
​ 喉の奥を微かに鳴らした独白が、枯れた葉のように虚空へ溶け、消えてゆく――その時だった。

​「わ、すごいですよ薪さん……見てください、こっちにもまだこんなに!」

​ 思考を断ち切る、青木の明るい声。
 薪が唖然として目を向けた先には、空き地に溜まった枯れ葉の吹き溜まりへと、迷わず突っ込んでいく大きな背中があった。
 カサカサと、騒がしく温かな音を立てて、大の男が子供のように無邪気な笑みを浮かべている。

​「……イヌか、お前は」

​ 呆れを隠さない薪の呟き。それに応えるように、枯れ葉を巻き上げて振り返る青木の瞳は、言葉を介さずとも真っ直ぐに訴えかけてくる。

(大丈夫です。あなたには、僕がいます。ずっと、付いていきますから)

 その熱量を静かに網膜の奥で受け止める薪は、不思議な感覚の中に迷い込んでいた。


​「……薪さん」

​ 気づけば、立ち上がった青木が、少し照れくさそうに自分を見下ろしている。

​「うちの副室長が、そんなに慌ててトンボ返りせんでも、今週中に戻ればいい、と……頼もしい気遣いをしてくれてるんです。さすがに明日の朝には発とうと思いますが、今夜もう一晩だけ泊まらせていただいてもいいですか?」 

「……」
​ その問いの深層にある意味を、薪が理解しないはずはなかった。
 これまでの特捜期間中だって、二人はずっと同じ屋根の下にいた。一つしかないベッドで抱き合い、互いの体温を分け合って眠る夜もあった。
 けれど聡くて真面目なこの男は、任務期間中に一線を越えてくることはなかった。
 だが、事件が一区切りついた今は違う。
 
​「……勝手にしろ。鍵は持っているだろう」

​ 薪は視線を逸らし、逃げるように歩き出した。
 返答した自分の声が、熱が弾けるように震えるのが伝わってしまいそうな気まずさが、薪の歩みをぐんぐん速めさせる。
 
​ マンションへ向かう道すがら、二人は小さなスーパーに立ち寄った。
 昨日までは、外食や欠食が当たり前の殺伐とした日々だったが、目の前でカゴに放り込まれていく肉や魚、野菜の彩りが、無機質だった日常を「生活」という温もりで、強引に塗り替えていく。

​「……青木、それはいくらなんでも多すぎる」

「いいんです。薪さん、一人だとろくなものを食べないでしょう。俺が帰った後でも食べられるように、作り置きもしときますから」

​ 何気ないやり取りが、薪の心を不規則に弾ませる。
 この男と隣り合わせてこんなことしていると、この暮らしが永遠に続くかのような錯覚に陥ってしまう。
 同時に、幸せの彩度が上がるほど、それを失う不安が、枯れて骸となり果てた葉のように、心の片隅にちらつきもするのだ。


​ マンションの重い扉を開けると、センサーで玄関の明かりが灯る。

「お邪魔します」

 聞き慣れたはずの青木の声が、薪の背後で今夜は妙に低く、密やかに薪の周辺の空気を震わせた。

「あ……」

 クローゼットに上着を掛けようとした青木が、ふと足元を凝視した。

​「すみません。さっきの……片付けますね」
​ 薪の足元に屈んだ青木の指先が摘み上げたのは、一枚の枯れ葉だった。
 昼間ふざけた名残……乾燥して丸まった小さな死の欠片だ。
 それを摘んだ青木の大きな手と、対照的な枯れ葉の脆さを、薪は何とも言えない感慨を抱きながら見つめた。
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