vol.4 劇薬ペアリング
2月14日、20時55分。
画面越しのミーティングは、5分前にすべての議題を終えている。しかし、画面の向こうの美人上司は、一向に接続を切断しようとしない。
「……舞は、もう寝たのか」
「え? ああ、はい。さっきまで宿題をしてましたが、今はもう」
普段なら素っ気なくブツ切りされるのに、とりとめもない家族の話題を振ってまで会話を繋ぐ。そのどこか懸命で、「逃がさない」という気配を孕んだ様子に、青木はただならぬ何かを読み取っていた。
そして、その通り。ここから薪の描いたシナリオが動き始めるのだ。
〜♪♪
21時直前。狙いすましたタイミングで、青木家のチャイムが鳴る。
「すみません、ちょっと失礼します」
青木は席を立つ。
薪はPCごとソファに移動し、画面の向こうで“次に起こること”を、息を潜めて待ち構えていた。
数分後、戻ってきた青木の手には、包装された小箱が映っている。
ここまでは、完璧に計画通りだった。
「開けてみろ」
薪はソファに深く腰掛け、余裕の笑みで促した。
「はい……っ、あっ!」
包装を解き、中身を確認した青木が、弾けるような声を上げた。
それは、見覚えのあるウイスキーボンボン。
昨年末に「おうちデート」のご馳走の食材を二人仲良く買い出しに行った先の、輸入食品店で見かけた代物だった。
はじめは「洋酒入りは苦手」だと敬遠気味だった青木。そのまっさらな子ども舌を、初めて「美味しい!」とうっとりさせた禁断の味。
青木の「ハジメテ」を奪った胸の高鳴りを、忘れられず贈り物にするなんて、我ながらオジサンが過ぎる――そんな理性の自虐すら、青木の無邪気な歓喜が吹き飛ばす。
「薪さん、ありがとうございます! 俺、これ、本当に……っ」
喜びを爆発させる青木を眺め、薪は勝利の美酒を味わう気分で目を細めた。
だが、その直後だった。薪の背後から、冷や水を浴びせるようなチャイムが鳴り響いたのは。
「……?」
心当たりのない訪問者は、宅配便だった。
小箱を受け取った瞬間、薪の指先に戦慄が走る。重さ、箱のサイズ、そして――送り主の名に目を剥く。
乱暴に封を切ると、中から現れたのは、今、画面の向こうで青木が抱いているものと寸分違わぬ、あのウイスキーボンボンの化粧箱だった。
「……!!」
薪はツカツカと画面の前に戻り、震える手で箱を突きつけた。
「……お前、これは、どういうことだ」
画面の中の大型犬は、獲物を追い詰めた獣のような、熱を孕んだ瞳でこちらを見つめている。
「それ……俺からのバレンタインチョコです。薪さんが、絶対同じのを送ってくれるって、確信してましたので」
「だからって何故、お前も同じものを……」
呆れて聞き返す薪に、青木は大真面目に頷く。
「一緒に食べたくて、俺が先にあなたのお口を予約したんです。今から薪さんの体の中を、俺と同じ甘さと熱で満たしてください」
「っ……」
まんまと嵌められた。
薪は唇を噛み、激しく波打つ自分の鼓動を内側から聴いている。
支配していたはずの自分が、いつの間にか青木の巨大な愛情という名の檻に、閉じ込められている気さえする。
画面越しのミーティングは、5分前にすべての議題を終えている。しかし、画面の向こうの美人上司は、一向に接続を切断しようとしない。
「……舞は、もう寝たのか」
「え? ああ、はい。さっきまで宿題をしてましたが、今はもう」
普段なら素っ気なくブツ切りされるのに、とりとめもない家族の話題を振ってまで会話を繋ぐ。そのどこか懸命で、「逃がさない」という気配を孕んだ様子に、青木はただならぬ何かを読み取っていた。
そして、その通り。ここから薪の描いたシナリオが動き始めるのだ。
〜♪♪
21時直前。狙いすましたタイミングで、青木家のチャイムが鳴る。
「すみません、ちょっと失礼します」
青木は席を立つ。
薪はPCごとソファに移動し、画面の向こうで“次に起こること”を、息を潜めて待ち構えていた。
数分後、戻ってきた青木の手には、包装された小箱が映っている。
ここまでは、完璧に計画通りだった。
「開けてみろ」
薪はソファに深く腰掛け、余裕の笑みで促した。
「はい……っ、あっ!」
包装を解き、中身を確認した青木が、弾けるような声を上げた。
それは、見覚えのあるウイスキーボンボン。
昨年末に「おうちデート」のご馳走の食材を二人仲良く買い出しに行った先の、輸入食品店で見かけた代物だった。
はじめは「洋酒入りは苦手」だと敬遠気味だった青木。そのまっさらな子ども舌を、初めて「美味しい!」とうっとりさせた禁断の味。
青木の「ハジメテ」を奪った胸の高鳴りを、忘れられず贈り物にするなんて、我ながらオジサンが過ぎる――そんな理性の自虐すら、青木の無邪気な歓喜が吹き飛ばす。
「薪さん、ありがとうございます! 俺、これ、本当に……っ」
喜びを爆発させる青木を眺め、薪は勝利の美酒を味わう気分で目を細めた。
だが、その直後だった。薪の背後から、冷や水を浴びせるようなチャイムが鳴り響いたのは。
「……?」
心当たりのない訪問者は、宅配便だった。
小箱を受け取った瞬間、薪の指先に戦慄が走る。重さ、箱のサイズ、そして――送り主の名に目を剥く。
乱暴に封を切ると、中から現れたのは、今、画面の向こうで青木が抱いているものと寸分違わぬ、あのウイスキーボンボンの化粧箱だった。
「……!!」
薪はツカツカと画面の前に戻り、震える手で箱を突きつけた。
「……お前、これは、どういうことだ」
画面の中の大型犬は、獲物を追い詰めた獣のような、熱を孕んだ瞳でこちらを見つめている。
「それ……俺からのバレンタインチョコです。薪さんが、絶対同じのを送ってくれるって、確信してましたので」
「だからって何故、お前も同じものを……」
呆れて聞き返す薪に、青木は大真面目に頷く。
「一緒に食べたくて、俺が先にあなたのお口を予約したんです。今から薪さんの体の中を、俺と同じ甘さと熱で満たしてください」
「っ……」
まんまと嵌められた。
薪は唇を噛み、激しく波打つ自分の鼓動を内側から聴いている。
支配していたはずの自分が、いつの間にか青木の巨大な愛情という名の檻に、閉じ込められている気さえする。