Remo♡Con♡Love
月曜の午前中、第九では通常、全管区の室長会議が行われる。
岡部の正面に据えられた大型ディスプレイには、各管区のオフィスから接続された室長たちの顔ぶれが並ぶ。
所長の薪がいるのは岡部の隣席ではなく、整然としたグリッドの一角に映っているのは、今や珍しい光景ではなくなっていた。
所長の在宅率は、月曜朝が一番高い。
表向きの理由は、事件が起きれば土日関係なく働いている薪にとって、必ずしも週の頭が仕事始めではないから。
だが、それ以外にもっと「濃厚」な理由があることに……少なくとも岡部は気づいている。
今日も薪の画面の背景には、白い霧のような「ぼかし」が厚くかかっている。
生活感のない薪のシンプルな部屋で、背景を隠す必要はそもそもないはずなのに。
その向こう側には、何かある。
おそらく週末遠方から飛んできた大型犬と飼い主が盛大にじゃれあった痕跡など色々、見てはいけないヒミツが。
会議は終盤にさしかかる。
薪の完璧な指令に反論の余地などないはずだった。
居並ぶ室長たちが圧倒され、異論なしと頷こうとしたその瞬間。詰みの盤上にある駒を、あえて見当違いな方向へと動かす者がいた。
「ちょっと待ってください、つまりそれって……」
薪が敷いた布石を覆すことも厭わない最年少室長の率直な物言い。
肝を冷やしながら見守る周囲をよそに、二人の主張は交錯しながら、盤上の景色を鮮やかに塗り替えていく。
そして気づけば当初の指令を超越した新たな「最適解」が鎮座しているのに驚かされるのだ。
そこまでなら見事な仕事ぶりと言えるかもしれない。が、あろうことかそこへまた別の角度からド直球を投げ込むのが、青木一行だ。
「あれ?薪さん。背景のボケが強すぎて、時々輪郭まで透けて見えてますよ」
空気を読め、馬鹿!と叫ぶ岡部の心の声にシンクロして、ディスプレイに映るメンバーの顔も、二人を除く全員が青ざめている。
「……設定の問題だ。気にするな」
薪の声がわずかに上擦る。が、青木の追及は止まらない。
「いえ、その位置だと、薪さんの髪の毛先が動くたび背景に溶けて、なんだか心霊写真みたいで……設定の強さを少し下げたほうがよくないですか? やり方は右下のメニューから……」
「わかった、うるさい! 今、直す……っ」
苛立ちと焦りからか、薪がマウスを操作する手がわずかに狂った。
一瞬、画面上の「霧」がパッと晴れる。
そこにあったのは、薪が到底着こなせるはずのない、肩幅の広く丈も長い――大きなサイズの真っ白なワイシャツ。
それが壁に、まるで誰かの不在を埋めるかのように大切に掛けられている。
重い沈黙のなか、メンバー全員が石化したように固まっていた。
週末、あの部屋で繰り広げられたであろう情事。
空港へ向かう直前まで、愛する男に組み敷かれ、甘く啼いて抱き潰された薪。
きっと今もその熱を肌に刻んだまま、その場所で勤務に臨んでいるのだろう。
それだけでは飽き足らず、男の脱ぎ捨てたシャツを視界に入れていなければならないほど“恋焦がれている”動かぬ証拠――
生々しい現実が室長たちの脳内をぐるぐる巡っている。
だが、当の青木はといえば。
とんだハプニングに顔を真っ赤にしながらも会議を続ける画面の中の恋人を、うっとりと見つめていた。
(なんて可愛いんだ……)
画面越しでも伝わる薪の体温。怒りと恥じらいで潤んだ瞳。触れたい。触れずにはいられない。
会議はなんとか無事に終わった。
妙な気疲れを覚えながら、メンバーが退出ボタンをクリック……しようとしたその時だ。
「薪さん、俺、明日リモートワークを申請します。今夜の便で一旦戻りたいんです、大事な忘れ物をしたので……」
そのやりとりはスピーカーを通して全管区の室長たちの耳に響いていたが、聞かなかったことにして次々退室していく。
岡部も目を閉じ、そっと接続を終了した。
業務外でナニをしようと仕事の質を落とす二人ではなく、むしろクオリティが上がったりもする。
だが、こっちが困るのだ。
青木だけじゃなく、きっと所長も明日在宅勤務だろう。
そして明日のWEB越しの捜査では、背景の霧の向こう側に、幸せそうに尻尾を振りながら別管区の捜査を回す大男の影がちらつくのを、見せつけられる羽目になるのだろうから。
薪の壮絶な過去を知ってるからこそ、今こうして「幸せ」なのは大いに結構なのだが。
岡部は苦笑交じりの溜息をつき、今夜は自分も酒の肴でも買って帰ろうと決意したのだった。
岡部の正面に据えられた大型ディスプレイには、各管区のオフィスから接続された室長たちの顔ぶれが並ぶ。
所長の薪がいるのは岡部の隣席ではなく、整然としたグリッドの一角に映っているのは、今や珍しい光景ではなくなっていた。
所長の在宅率は、月曜朝が一番高い。
表向きの理由は、事件が起きれば土日関係なく働いている薪にとって、必ずしも週の頭が仕事始めではないから。
だが、それ以外にもっと「濃厚」な理由があることに……少なくとも岡部は気づいている。
今日も薪の画面の背景には、白い霧のような「ぼかし」が厚くかかっている。
生活感のない薪のシンプルな部屋で、背景を隠す必要はそもそもないはずなのに。
その向こう側には、何かある。
おそらく週末遠方から飛んできた大型犬と飼い主が盛大にじゃれあった痕跡など色々、見てはいけないヒミツが。
会議は終盤にさしかかる。
薪の完璧な指令に反論の余地などないはずだった。
居並ぶ室長たちが圧倒され、異論なしと頷こうとしたその瞬間。詰みの盤上にある駒を、あえて見当違いな方向へと動かす者がいた。
「ちょっと待ってください、つまりそれって……」
薪が敷いた布石を覆すことも厭わない最年少室長の率直な物言い。
肝を冷やしながら見守る周囲をよそに、二人の主張は交錯しながら、盤上の景色を鮮やかに塗り替えていく。
そして気づけば当初の指令を超越した新たな「最適解」が鎮座しているのに驚かされるのだ。
そこまでなら見事な仕事ぶりと言えるかもしれない。が、あろうことかそこへまた別の角度からド直球を投げ込むのが、青木一行だ。
「あれ?薪さん。背景のボケが強すぎて、時々輪郭まで透けて見えてますよ」
空気を読め、馬鹿!と叫ぶ岡部の心の声にシンクロして、ディスプレイに映るメンバーの顔も、二人を除く全員が青ざめている。
「……設定の問題だ。気にするな」
薪の声がわずかに上擦る。が、青木の追及は止まらない。
「いえ、その位置だと、薪さんの髪の毛先が動くたび背景に溶けて、なんだか心霊写真みたいで……設定の強さを少し下げたほうがよくないですか? やり方は右下のメニューから……」
「わかった、うるさい! 今、直す……っ」
苛立ちと焦りからか、薪がマウスを操作する手がわずかに狂った。
一瞬、画面上の「霧」がパッと晴れる。
そこにあったのは、薪が到底着こなせるはずのない、肩幅の広く丈も長い――大きなサイズの真っ白なワイシャツ。
それが壁に、まるで誰かの不在を埋めるかのように大切に掛けられている。
重い沈黙のなか、メンバー全員が石化したように固まっていた。
週末、あの部屋で繰り広げられたであろう情事。
空港へ向かう直前まで、愛する男に組み敷かれ、甘く啼いて抱き潰された薪。
きっと今もその熱を肌に刻んだまま、その場所で勤務に臨んでいるのだろう。
それだけでは飽き足らず、男の脱ぎ捨てたシャツを視界に入れていなければならないほど“恋焦がれている”動かぬ証拠――
生々しい現実が室長たちの脳内をぐるぐる巡っている。
だが、当の青木はといえば。
とんだハプニングに顔を真っ赤にしながらも会議を続ける画面の中の恋人を、うっとりと見つめていた。
(なんて可愛いんだ……)
画面越しでも伝わる薪の体温。怒りと恥じらいで潤んだ瞳。触れたい。触れずにはいられない。
会議はなんとか無事に終わった。
妙な気疲れを覚えながら、メンバーが退出ボタンをクリック……しようとしたその時だ。
「薪さん、俺、明日リモートワークを申請します。今夜の便で一旦戻りたいんです、大事な忘れ物をしたので……」
そのやりとりはスピーカーを通して全管区の室長たちの耳に響いていたが、聞かなかったことにして次々退室していく。
岡部も目を閉じ、そっと接続を終了した。
業務外でナニをしようと仕事の質を落とす二人ではなく、むしろクオリティが上がったりもする。
だが、こっちが困るのだ。
青木だけじゃなく、きっと所長も明日在宅勤務だろう。
そして明日のWEB越しの捜査では、背景の霧の向こう側に、幸せそうに尻尾を振りながら別管区の捜査を回す大男の影がちらつくのを、見せつけられる羽目になるのだろうから。
薪の壮絶な過去を知ってるからこそ、今こうして「幸せ」なのは大いに結構なのだが。
岡部は苦笑交じりの溜息をつき、今夜は自分も酒の肴でも買って帰ろうと決意したのだった。
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