俺とあなたの5.5日間
2- M- 2
あの後青木はなかなか戻ってこなかった。
一時間くらいしてチラリと顔を覗かせたきり、捜査席には戻らず、ノートPCと事件に関するファイルを抱えて会議室に籠もってしまった。
もしかして、僕のセクハラ行為にドン引きされたのだろうか。
「青木さん、コーヒーがすっかり冷めてしまってます。新しいに変えて……」
「いえ、そのままで十分ですよ。ありがとうございます」
会議室で山本と話す青木の声が、身体の奥に響いてきて……もう、駄目だ。
どんなに遠くからでも、アイツの声だけでイきそうになる僕の身体は完全におかしい。
あおきがまだ僕のなかに残っているから――?
「薪さん、どうしたんスか」
コーヒーメーカーの前でぼんやり佇んでいた僕は、岡部の声に慌てて背を向けた。
「コーヒー飲むんでしょ、ほら」
毛むくじゃらの手に奪われた僕の手のカップが、コーヒーで満たされて戻ってくる。
「あいつら完全に停滞してますよ。気になるなら入ってやっても……」
自分のコーヒーを入れながら、岡部が心配げに青木たちの籠もる会議室を、顎と視線で指した。
「なぜ僕が?行きたきゃお前が行け」
僕はそっぽを向いて席に戻った。
そして、口をつけたコーヒーの奇妙な味に眉をひそめる。
コーヒーの苦味と、口内に残るあおきの苦味が混じり合うことへの抵抗感。
脈動とともに爆ぜた愛しい男の体液の温みと鼻に抜ける香りも塗り潰されたくない。が、いつまでもそんなものに引き摺られているわけにはいかないのだ。
思い切ってコーヒーを口に含んで喉へと流し込み、渋くて苦い味を感情もろとも噛み殺しながら……僕はもう認めざるを得なかった。
青木が愛しい。
あの男が残したものが僕のなかにあるのが嬉しくて、消えていくのが辛いし、何ならもっと欲しくて堪らないのだ、と。
A少年事件の解決までに与えた猶予は明日まで。
決定的な証拠は現場からもMRIからもでてこない。
夕方時点で、学校にある監視カメラの映像から、被疑者であろう女性教師の事件当日午前に着ていたジャージが「同日昼休み以降一度も着られていない」ことくらいしか新事実が見つかっていない、相当苦しい状況だった。
後ろ髪引かれる思いもあったが、今日は早めの時間に、苦しむ二人を敢えて残して僕は第九を後にした。
情報漏洩を“第九として”探るのは止めていたし、別件で岡部も残ってる。
残り時間が少ない中、僕がいてもあの二人のためにはならない、と判断したのだ。
帰り道、足が自然にデパートに向いて、トールサイズの部屋着や日用品を購入した。衣類など身につけるものは、似合うものを選ぶのに意外と多くの時間を費やした。
不思議だった。重圧や緊張の中で過ぎていく捜査の時間もあっという間だが、これは違う。
翼がついたように軽やかに飛んでいき、残るのは疲労どころか、柔らかな充足感なのだ。
一人で帰り着いた部屋も、いつもと違った。
厄介な迷い犬もいなくなり通常どおりの平穏が戻ったはずなのに、寂しさに占有された未知の空間に、僕は呆然と立ち尽くす。
持ち主に渡る前の大きな部屋着をベットに広げてみると、空間が埋まった分、ぽっかり空いた心の穴も多少は小さくなったように感じる。
迷った末、丸首じゃなく開襟を買った決め手は “僕が脱がせやすいことをふまえて” という破廉恥な理由である事実は、無意識に揉み消しながら。
僕は着替えもせずに、棚からグラスと酒をダイニングテーブルに置いた。
一昨日空けてしまったマッカランの代わりに、青木の歳に少し満たないグレンドロナック。
おもむろに開栓すると、立ったままでグラスに注ぎ、一気に流し込んだ。
普段なら。山積みの仕事に比例して疲労も蓄積してるはずだし、切り上げて帰宅した際には、酒の力を借りて逆立った神経を撫でつけ、風呂にでも入ってからベッドに横たわれば、眠りに落ちるのは割と簡単だったはずだ。
なのに何が違うというのだろう?
フルーティなとろみのある刺激と温みが喉を通り抜けていく一瞬だけ収まった気がした身体の疼きは、すぐにぶり返して僕を駄目にする。
冷たいシャワーで肌をクールダウンしたって、身体の奥には到底届かない。
これを収めるにはもう……
「……っ……はぁ……」
青木の匂い、味、口内に伝わる反応や、漏れてくる喉奥の甘く苦しげな唸り。
五感に染み込んだままのあおきと、僕の欲望の熱が混じって手のなかでクチクチと淫らな音をたてているベッドの中。
欲しい。
出したい……とおなじくらいに、あおきにこの熱を貫かれいやと言うほど掻き回されたい。
♪♪〜
インターホンが鳴った。
青木の部屋着ごとくしゃくしゃになったベッドカバーとともに丸まって悶えて逝く寸前だった僕は、とろけた虚ろな表情で突っ伏していた顔を上げた。
あの後青木はなかなか戻ってこなかった。
一時間くらいしてチラリと顔を覗かせたきり、捜査席には戻らず、ノートPCと事件に関するファイルを抱えて会議室に籠もってしまった。
もしかして、僕のセクハラ行為にドン引きされたのだろうか。
「青木さん、コーヒーがすっかり冷めてしまってます。新しいに変えて……」
「いえ、そのままで十分ですよ。ありがとうございます」
会議室で山本と話す青木の声が、身体の奥に響いてきて……もう、駄目だ。
どんなに遠くからでも、アイツの声だけでイきそうになる僕の身体は完全におかしい。
あおきがまだ僕のなかに残っているから――?
「薪さん、どうしたんスか」
コーヒーメーカーの前でぼんやり佇んでいた僕は、岡部の声に慌てて背を向けた。
「コーヒー飲むんでしょ、ほら」
毛むくじゃらの手に奪われた僕の手のカップが、コーヒーで満たされて戻ってくる。
「あいつら完全に停滞してますよ。気になるなら入ってやっても……」
自分のコーヒーを入れながら、岡部が心配げに青木たちの籠もる会議室を、顎と視線で指した。
「なぜ僕が?行きたきゃお前が行け」
僕はそっぽを向いて席に戻った。
そして、口をつけたコーヒーの奇妙な味に眉をひそめる。
コーヒーの苦味と、口内に残るあおきの苦味が混じり合うことへの抵抗感。
脈動とともに爆ぜた愛しい男の体液の温みと鼻に抜ける香りも塗り潰されたくない。が、いつまでもそんなものに引き摺られているわけにはいかないのだ。
思い切ってコーヒーを口に含んで喉へと流し込み、渋くて苦い味を感情もろとも噛み殺しながら……僕はもう認めざるを得なかった。
青木が愛しい。
あの男が残したものが僕のなかにあるのが嬉しくて、消えていくのが辛いし、何ならもっと欲しくて堪らないのだ、と。
A少年事件の解決までに与えた猶予は明日まで。
決定的な証拠は現場からもMRIからもでてこない。
夕方時点で、学校にある監視カメラの映像から、被疑者であろう女性教師の事件当日午前に着ていたジャージが「同日昼休み以降一度も着られていない」ことくらいしか新事実が見つかっていない、相当苦しい状況だった。
後ろ髪引かれる思いもあったが、今日は早めの時間に、苦しむ二人を敢えて残して僕は第九を後にした。
情報漏洩を“第九として”探るのは止めていたし、別件で岡部も残ってる。
残り時間が少ない中、僕がいてもあの二人のためにはならない、と判断したのだ。
帰り道、足が自然にデパートに向いて、トールサイズの部屋着や日用品を購入した。衣類など身につけるものは、似合うものを選ぶのに意外と多くの時間を費やした。
不思議だった。重圧や緊張の中で過ぎていく捜査の時間もあっという間だが、これは違う。
翼がついたように軽やかに飛んでいき、残るのは疲労どころか、柔らかな充足感なのだ。
一人で帰り着いた部屋も、いつもと違った。
厄介な迷い犬もいなくなり通常どおりの平穏が戻ったはずなのに、寂しさに占有された未知の空間に、僕は呆然と立ち尽くす。
持ち主に渡る前の大きな部屋着をベットに広げてみると、空間が埋まった分、ぽっかり空いた心の穴も多少は小さくなったように感じる。
迷った末、丸首じゃなく開襟を買った決め手は “僕が脱がせやすいことをふまえて” という破廉恥な理由である事実は、無意識に揉み消しながら。
僕は着替えもせずに、棚からグラスと酒をダイニングテーブルに置いた。
一昨日空けてしまったマッカランの代わりに、青木の歳に少し満たないグレンドロナック。
おもむろに開栓すると、立ったままでグラスに注ぎ、一気に流し込んだ。
普段なら。山積みの仕事に比例して疲労も蓄積してるはずだし、切り上げて帰宅した際には、酒の力を借りて逆立った神経を撫でつけ、風呂にでも入ってからベッドに横たわれば、眠りに落ちるのは割と簡単だったはずだ。
なのに何が違うというのだろう?
フルーティなとろみのある刺激と温みが喉を通り抜けていく一瞬だけ収まった気がした身体の疼きは、すぐにぶり返して僕を駄目にする。
冷たいシャワーで肌をクールダウンしたって、身体の奥には到底届かない。
これを収めるにはもう……
「……っ……はぁ……」
青木の匂い、味、口内に伝わる反応や、漏れてくる喉奥の甘く苦しげな唸り。
五感に染み込んだままのあおきと、僕の欲望の熱が混じって手のなかでクチクチと淫らな音をたてているベッドの中。
欲しい。
出したい……とおなじくらいに、あおきにこの熱を貫かれいやと言うほど掻き回されたい。
♪♪〜
インターホンが鳴った。
青木の部屋着ごとくしゃくしゃになったベッドカバーとともに丸まって悶えて逝く寸前だった僕は、とろけた虚ろな表情で突っ伏していた顔を上げた。