俺とあなたの5.5日間

2- M- 1
 
 青木は少しでも眠れたのだろうか。

 少なくとも下半身は僕の知る限り昂り続けていたように思う。同じく僕の肌も疼きが収まることなく迎えた夜明け――

「眠れたか?」

「わかりません。ずっと夢心地で」

 腕の中で大きな手に頭を撫でられると、何も考えられなくなる。目の下にクマを作ったこいつは、辛そうにも見えるのに。

「とにかくあなたに触れられるのが幸せ過ぎて……」

「……っ……ぁっ……よせっ」

「ぅグッ…!」

 青木の手が頭だけじゃなく全身をまさぐり始めるから、堪らなくなった僕は寝返りついでに肘鉄を食らわし、大男の身体の下敷きになっていたベッドから這い出る。


 まだ朝は早い。
 出社時間までには十分すぎる時間があった。

「えっと……あさゴハン……?」

 食卓に先についている僕は、棒読みで突っ立ってる大男の空のマグカップに、保温していた淹れたてのコーヒーをサーバーから注ぐ。

「何してる?早く座ったらどうだ」

「いや、薪さんって朝食摂られるんですね。いつも何も食べずにコーヒーだけブラックでガブガブ飲んでるイメージしかないから……ご一緒できるなんて嬉しいです」

 自分の通常の朝を見事言い当てられているのは軽く無視しておくとして。
 寝不足ながらすこぶる機嫌のいい僕は、こないだどこぞの記念式典に臨席した際土産にもらったホテルのカンパーニュ・フリュイの冷凍保存を消費する絶好のタイミングに遭遇したのだ。

「パンは苦手か?」

「いえ……好きなんですが、五感に幸せが大渋滞してて胸がいっぱいで……」

 身支度を整えて向き合う食卓で、上擦り気味に訴える青木の気持ちもよくわかる。
 発酵バターとフルーツの甘酸っぱさと、コーヒーのフローラルな香ばしさが混じった香り。その穏やかな空気に優しく馴染む中低音の声と、好みのど真ん中をいく美丈夫の笑顔が添えられた空間は、僕にとっても心地よすぎた。
 でも触れてはないので“五感”ではないぞ……と思った瞬間「いただきます」と、視界が翳って、テーブル越しにキスを奪われる。
 その時点で、もうお手上げだった。

 そこから出社するまで、正常な意識が保てないほど、どこか浮ついている。
 いわゆるこれが、浮かれた奴らの言う“お花畑”という現象なのか、と室長席で頭を抱える僕の元へ、昼一番に田代さんが見知らぬ大男を連れてやって来た。
 青木ほど上背は無いが少し厳つい雰囲気の……SPだった。

 どうやら昨日の情報漏洩が上で問題になっているらしい。
 上はこれがレベル5の危険組織による脅迫であるとして、このテの輩を寄越してきているのだろう。
 だとしたら安直すぎる。僕を脅したい奴らに対しては僕本人より、むしろ周辺の家族や恋人などの方に注意が必要で、今朝方第九のメンバーにも念のため警戒を呼びかけ対策を施したばかりだった。

 昨夜充分満たされた心はさておき、身体に溜め込んだムラムラが、僕の中で捜査室内の“異物”への苛々に変わりつつあるのは、上からの要らぬお節介のせいでつけられたこのSPのせいだ。

「おい、鬱陶しいから捜査室ここから出ていけ。ウドの大木は一本で十分だ」

「それはできかねます。窓から弾丸や爆弾が飛んでこないとも限らないので……」

「いいから黙って外で控えてろ!二人して・・・・光源に立たれると業務妨害なんだ、どけっ!」

 目を通していた書類を机に叩きつけた僕が睨んだ視線を追って振り返ったSPが、背後に控えている自分より大きな男に“すみません”と、道を開ける。

「何の報告だ青木。A少年の件で進展があったのか?」

「いえ、発見された凶器ですが、やはり指紋が拭き取られていたため彼自身のものしかなく……」

「そんなMRIから予測できる報告はいちいち不要だ!それよりお前、そこの邪魔な大木を部屋の外へつまみ出せ!」

「……はい……いや、つまみ出すって……ねぇ」

 顔を見合わせ気まずそうに会釈し合う大男二人から、僕は腹立ち紛れに椅子ごと背を向けてPC画面に向かう。

 バカ青木め、誰彼構わず仲良くなって自己紹介までしあうとは呆れた奴だ。
 
 が、ほどなくして捜査室を出ていく二人の大男を、僕は横目で見送ることになる。苦い顔で唇の端だけ緩めながら。
 そして改めて、青木と僕との違いを噛み締めるのだ。
 アイツはいつだって北風ではなく太陽なのだ、と。
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