俺とあなたの5.5日間
1- M- 2
「さぁ、どうぞ」
解錠されたドアを開けた青木に背後を護られ、中に足を踏み入れる。
事件現場ならいつものことだが、連れ立っての帰宅となるとどうにも擽ったく、どこか後ろめたい。
「お前、風呂は?」
「大丈夫です。俺は自宅で入って着替えてきましたので」
言っている意味がわからず目を丸くしている僕を見おろす青木が「あなたが今夜ここへ帰られる保証がなかったので、そのまま出勤できる格好で来ました」と、にこやかに付け足した。
僕は呆れて固まったままだ。
たしかに普段第九から帰らない日もザラだから、その読みは間違ってはいない。
だとしても、帰らなければエントランスで一晩待ちぼうけしてそのまま出勤する覚悟なんて、全くとち狂ってる。体力と時間の浪費でしかないじゃないか。
「で、夕食は?」
ジャケットを脱ぎながらキッチンに目をやり僕が訊ねる。
「ちゃんと摂りましたのでご心配なく。それよりあなたの方は?」
「大丈夫だ、僕も済ませてきたから」
ポテサラ、焼串、揚げギョーザ……泣かせたお詫び(?)として平らげるのにつきあわされた立ち呑みスタンドのメニューを思い出すと、胸焼けがぶり返しそうだった。
「そうですか、ならよかったです」
無垢な笑顔で頷く青木を直視できずに、俯いて寝室に逃げ込んだ。
暗いままの室内でクローゼットを開き、手探りで着替えながら僕は声を張る。
「風呂に入るから、お前は先に休んでろ。それと……」
自分の寝間着を片手に戻り、下を向いたまま青木にハンガーを押し付けるように手渡した。
「スーツは皺にならないよう掛けておけ。僕を待つ必要はないから、ベッドを使ってちゃんと休んでおくんだぞ」
「はい、ありがとう……ございます」
「睡眠不足は明日以降に差し支える。“休め”というのは上司命令だからな」
躊躇いがちに頷く大男をリビングに残して、バスルームへと踏み込む僕。
服を脱ぎすててカランを開き、熱いシャワーに身を晒しながら、ふと考える。
“部屋着と下着、歯ブラシくらいは次までに用意してやるか” なんて、温まる身体につられて絆されていく発想。
でも深い意味なんてない。
迷い犬を拾ってきてしまったようなものだ。
まさか二晩連続預かる羽目になるとは思いも寄らなかったが……あの大男の温かい腕の中に包まれ、正確に刻む鼓動に寄り添って眠ることを想像しただけで、頭から足先まで甘い震えが走る。
浮わついた足取りで戻ったリビング。
ソファでうとうとしている大きな人影の前で足を止めた僕は、風呂上がりの全身の力が抜けたようにフローリングに膝をつく。
ああ、また昨夜と同じ繰り返しじゃないか。
色濃く閉じた長い睫毛と、締まった唇。
僕はその綺麗な寝顔を見つめながら、掛けたままの眼鏡を外してテーブルに置き、そのまましばらく眺めて至福の時間に流される。
「ん……フガ……あぁっ!?まきさん……お風呂あがりました!?」
「お前、待たなくていいと言っただろ。どうして言うことをきかないんだ」
「だって……亭主でもないのに勝手に服脱いだりベッド使ったりなんて、図々しいことできませんよ普通」
不意打ちの“亭主”発言を曲解してドキリとする自分の色ボケぶりにはうんざりだ。
気を取り直そうと、大きく息を吐く。
「なら、この家の主人からの命令だ。スラックスも脱いで、僕のベッドに横になれ」
「ハイ。でも……えっと……」
腕組みしてあとに続く僕の監視のもと寝室に入り、言われた通り脱いだものを全部壁に吊るして振り返った青木は、上下肌着姿で何とも言えない破廉恥な後ろめたさを滲ませた顔を赤くしながら振り返る。
「オレ の興奮に気づかれても……ご奉仕は、え、遠慮しますっ」
「わかってる。お前の嫌がることはもうしない」
「ち、違いますよ!イイには違いないんですが!!そういうことは……ちゃんとしてから……双方向 でしたいので」
「ふぅん……」
こいつどこまで赤くなるのか、とゆでダコ顔負けの赤面ぶりに目を細めつつも、敢えて余所余所しい素振りで訊く。
「その “ちゃんと” とは?」
「“相互に好きだという気持ちの受容を図ること” です」
率直な言語化に射抜かれた胸が熱く震える。が、そんなことおくびにも出さず、僕は素っ気なく返した。
「言っておくが、僕はお前の手に負えないぞ」
「……そうでしょうか?」
「そうだ。お前も気づいているだろ? 僕は誰かと共存なんてできない、向こう側に踏み外した人間なんだ」
「だとしても、それ……関係ないですよね?」
「ある。大ありだ。お前には雪子さんが似合ってる。彼女もせっかく今度こそ幸せになろうというのに……」
最後まで言えなかったのは、キスで遮られたから。
「もうやめてもらえますか」
押し返そうとした両手を掴まれ、後退りしてベッドに突き当たる。
青木の唇が喋りながら僕の唇を撫で、まるでチョコレートをとろかすように甘く含んでくるから、腰が砕けてベッドに溶け落ちる。
「せっかく二人きりで眠れる夜なのに、俺以外の人のこと考えないでください」
ほんとうに罪な奴だ。
こんな極甘なキスをして、元婚約者のことさえそんなふうに片付けるなんて。
抱きしめられてベッドに沈み、頭部をキスで撫で回されながら温もりに身を任せていると、どんどんわからなくなる。
これを心変わりといっていいのだろうか?
出会った時からこいつの眼差しはキラキラと真っ直ぐ僕に注がれ、この腕や大きな手はずっと……特別な温もりで僕を包んで支えてくれていたのに?
「さぁ、どうぞ」
解錠されたドアを開けた青木に背後を護られ、中に足を踏み入れる。
事件現場ならいつものことだが、連れ立っての帰宅となるとどうにも擽ったく、どこか後ろめたい。
「お前、風呂は?」
「大丈夫です。俺は自宅で入って着替えてきましたので」
言っている意味がわからず目を丸くしている僕を見おろす青木が「あなたが今夜ここへ帰られる保証がなかったので、そのまま出勤できる格好で来ました」と、にこやかに付け足した。
僕は呆れて固まったままだ。
たしかに普段第九から帰らない日もザラだから、その読みは間違ってはいない。
だとしても、帰らなければエントランスで一晩待ちぼうけしてそのまま出勤する覚悟なんて、全くとち狂ってる。体力と時間の浪費でしかないじゃないか。
「で、夕食は?」
ジャケットを脱ぎながらキッチンに目をやり僕が訊ねる。
「ちゃんと摂りましたのでご心配なく。それよりあなたの方は?」
「大丈夫だ、僕も済ませてきたから」
ポテサラ、焼串、揚げギョーザ……泣かせたお詫び(?)として平らげるのにつきあわされた立ち呑みスタンドのメニューを思い出すと、胸焼けがぶり返しそうだった。
「そうですか、ならよかったです」
無垢な笑顔で頷く青木を直視できずに、俯いて寝室に逃げ込んだ。
暗いままの室内でクローゼットを開き、手探りで着替えながら僕は声を張る。
「風呂に入るから、お前は先に休んでろ。それと……」
自分の寝間着を片手に戻り、下を向いたまま青木にハンガーを押し付けるように手渡した。
「スーツは皺にならないよう掛けておけ。僕を待つ必要はないから、ベッドを使ってちゃんと休んでおくんだぞ」
「はい、ありがとう……ございます」
「睡眠不足は明日以降に差し支える。“休め”というのは上司命令だからな」
躊躇いがちに頷く大男をリビングに残して、バスルームへと踏み込む僕。
服を脱ぎすててカランを開き、熱いシャワーに身を晒しながら、ふと考える。
“部屋着と下着、歯ブラシくらいは次までに用意してやるか” なんて、温まる身体につられて絆されていく発想。
でも深い意味なんてない。
迷い犬を拾ってきてしまったようなものだ。
まさか二晩連続預かる羽目になるとは思いも寄らなかったが……あの大男の温かい腕の中に包まれ、正確に刻む鼓動に寄り添って眠ることを想像しただけで、頭から足先まで甘い震えが走る。
浮わついた足取りで戻ったリビング。
ソファでうとうとしている大きな人影の前で足を止めた僕は、風呂上がりの全身の力が抜けたようにフローリングに膝をつく。
ああ、また昨夜と同じ繰り返しじゃないか。
色濃く閉じた長い睫毛と、締まった唇。
僕はその綺麗な寝顔を見つめながら、掛けたままの眼鏡を外してテーブルに置き、そのまましばらく眺めて至福の時間に流される。
「ん……フガ……あぁっ!?まきさん……お風呂あがりました!?」
「お前、待たなくていいと言っただろ。どうして言うことをきかないんだ」
「だって……亭主でもないのに勝手に服脱いだりベッド使ったりなんて、図々しいことできませんよ普通」
不意打ちの“亭主”発言を曲解してドキリとする自分の色ボケぶりにはうんざりだ。
気を取り直そうと、大きく息を吐く。
「なら、この家の主人からの命令だ。スラックスも脱いで、僕のベッドに横になれ」
「ハイ。でも……えっと……」
腕組みしてあとに続く僕の監視のもと寝室に入り、言われた通り脱いだものを全部壁に吊るして振り返った青木は、上下肌着姿で何とも言えない破廉恥な後ろめたさを滲ませた顔を赤くしながら振り返る。
「
「わかってる。お前の嫌がることはもうしない」
「ち、違いますよ!イイには違いないんですが!!そういうことは……ちゃんとしてから……
「ふぅん……」
こいつどこまで赤くなるのか、とゆでダコ顔負けの赤面ぶりに目を細めつつも、敢えて余所余所しい素振りで訊く。
「その “ちゃんと” とは?」
「“相互に好きだという気持ちの受容を図ること” です」
率直な言語化に射抜かれた胸が熱く震える。が、そんなことおくびにも出さず、僕は素っ気なく返した。
「言っておくが、僕はお前の手に負えないぞ」
「……そうでしょうか?」
「そうだ。お前も気づいているだろ? 僕は誰かと共存なんてできない、向こう側に踏み外した人間なんだ」
「だとしても、それ……関係ないですよね?」
「ある。大ありだ。お前には雪子さんが似合ってる。彼女もせっかく今度こそ幸せになろうというのに……」
最後まで言えなかったのは、キスで遮られたから。
「もうやめてもらえますか」
押し返そうとした両手を掴まれ、後退りしてベッドに突き当たる。
青木の唇が喋りながら僕の唇を撫で、まるでチョコレートをとろかすように甘く含んでくるから、腰が砕けてベッドに溶け落ちる。
「せっかく二人きりで眠れる夜なのに、俺以外の人のこと考えないでください」
ほんとうに罪な奴だ。
こんな極甘なキスをして、元婚約者のことさえそんなふうに片付けるなんて。
抱きしめられてベッドに沈み、頭部をキスで撫で回されながら温もりに身を任せていると、どんどんわからなくなる。
これを心変わりといっていいのだろうか?
出会った時からこいつの眼差しはキラキラと真っ直ぐ僕に注がれ、この腕や大きな手はずっと……特別な温もりで僕を包んで支えてくれていたのに?