Safety〜連行
難事件の捜査を続行しつつも、いつになく安定した気持ちで数日間を過ごしたセーフハウスには、朝の柔らかな光が満ちていた。
ヤマも片付き、一眠りしたあとの室内を、手際よく片付ける薪の背中を、青木は申し訳なさと幸福感が混ざり合った心地で見つめていた。
思いだけが空回りし、手負いの身体に過度な負荷をかけてまで迷走していた自分を、この人は叱らず、そして驚くほど優しく世話してくれた。
「……ありがとうございました、薪さん。おかげで、すっかり元気になりました」
「……そうか。傷に障らないように、これからは大事にしろよ」
振り返った薪の目に映ったのは、一点の曇りもない青木の弾けるような笑顔だった。その生命力溢れる輝きに、薪は安堵すると同時に、胸の奥を刺すような痛みを覚える。
「……すまなかった」
「え?」
不意に落とされた謝罪の言葉に、青木が首を傾げる。薪は視線を伏せ、絞り出すように言葉を継いだ。
「病院で……負傷して昏睡中のお前に、あの手紙を突き返したりしたこと。僕の拒絶が、お前をそこまで追い詰めたのだとしたら……」
「え? 何のことです? 手紙……って?」
青木の本気で困惑した顔を見て、薪はハッとして口を噤んだ。
(そうか、こいつが目覚める前に岡部が持ち去ったのか……)
青木がその事実を知らないのであれば、これ以上の藪蛇はない。薪は慌てて咳払いをし、強引に話を逸らした。
「……いや、いい。それよりお前、なぜあんな無茶をしたんだ。体調を崩すまで自分を追い込むなんて、室長として、看過できる行為ではないぞ」
薪の詰めるような問いに、青木は少し照れたように、けれど確かな意志を宿した瞳で真っ直ぐに薪を見つめた。
「覚悟を、決めたかったんです。一刻も早く、あなたに追いつきたくて」
「追いつく……?」
「はい。あなたが『待っている』と言ってくださいましたし……足りないものも、ようやく自覚できました。手紙の返事を欲しがるより先に、俺はあなたとちゃんと対峙できる男にならなきゃいけない。……あなたの隣を歩むのは他の誰でもない、ずっと、俺でありたいから」
予想だにしない答えだった。
絶望ゆえの自暴自棄などではなく、自分への執着ゆえの、あまりに健気で愚直な努力。
薪の胸に、言葉にできない熱い衝撃が走った。目の前には、自分が思うよりもずっと強く、そして恐ろしいほどに自分を求めている、無垢で愛しい大男がいる。
「フン……馬鹿な奴だ」
薪は呆れたように吐き捨てたが、その瞳には熱っぽい光が宿っていた。彼は一歩、青木との距離を詰めると、その整った顔を覗き込み、耳元で低く囁いた。
「何度言えばわかる。お前は僕を目指す必要などないと言っただろう……勘違いするなよ、青木」
薪の白い指先が、青木の首筋をなぞるように滑り、胸元で止まる。
「お前の良さがどこにあるのか……一度僕がじっくり、教えてやる必要があるようだな?」
とろけるような声音と、至近距離で見つめてくる潤んだ瞳。
あまりの艶めかしさに、青木はドクンと心臓を跳ねさせて固まった。
「……や、やめてください、薪さん……! 別れ際に俺を“元気”にするのは……。このままじゃ、本当に帰れなくなりますっ……」
顔を真っ赤にして情けない声を上げ、必死に理性を繋ぎ止めようとする忠犬の姿。薪は満足げに、そして意地悪く微笑んだ。
どうやら、岡部が手配しようとしていたスッポンやマムシの出番はなさそうだ。この男は、僕の言葉一つでいくらでも強くなるのだから。
セーフハウスから一歩を踏み出す二人の背中を押したのは、春の嵐のような、熱く、激しく、甘い、二人の未来への予感だった。
ヤマも片付き、一眠りしたあとの室内を、手際よく片付ける薪の背中を、青木は申し訳なさと幸福感が混ざり合った心地で見つめていた。
思いだけが空回りし、手負いの身体に過度な負荷をかけてまで迷走していた自分を、この人は叱らず、そして驚くほど優しく世話してくれた。
「……ありがとうございました、薪さん。おかげで、すっかり元気になりました」
「……そうか。傷に障らないように、これからは大事にしろよ」
振り返った薪の目に映ったのは、一点の曇りもない青木の弾けるような笑顔だった。その生命力溢れる輝きに、薪は安堵すると同時に、胸の奥を刺すような痛みを覚える。
「……すまなかった」
「え?」
不意に落とされた謝罪の言葉に、青木が首を傾げる。薪は視線を伏せ、絞り出すように言葉を継いだ。
「病院で……負傷して昏睡中のお前に、あの手紙を突き返したりしたこと。僕の拒絶が、お前をそこまで追い詰めたのだとしたら……」
「え? 何のことです? 手紙……って?」
青木の本気で困惑した顔を見て、薪はハッとして口を噤んだ。
(そうか、こいつが目覚める前に岡部が持ち去ったのか……)
青木がその事実を知らないのであれば、これ以上の藪蛇はない。薪は慌てて咳払いをし、強引に話を逸らした。
「……いや、いい。それよりお前、なぜあんな無茶をしたんだ。体調を崩すまで自分を追い込むなんて、室長として、看過できる行為ではないぞ」
薪の詰めるような問いに、青木は少し照れたように、けれど確かな意志を宿した瞳で真っ直ぐに薪を見つめた。
「覚悟を、決めたかったんです。一刻も早く、あなたに追いつきたくて」
「追いつく……?」
「はい。あなたが『待っている』と言ってくださいましたし……足りないものも、ようやく自覚できました。手紙の返事を欲しがるより先に、俺はあなたとちゃんと対峙できる男にならなきゃいけない。……あなたの隣を歩むのは他の誰でもない、ずっと、俺でありたいから」
予想だにしない答えだった。
絶望ゆえの自暴自棄などではなく、自分への執着ゆえの、あまりに健気で愚直な努力。
薪の胸に、言葉にできない熱い衝撃が走った。目の前には、自分が思うよりもずっと強く、そして恐ろしいほどに自分を求めている、無垢で愛しい大男がいる。
「フン……馬鹿な奴だ」
薪は呆れたように吐き捨てたが、その瞳には熱っぽい光が宿っていた。彼は一歩、青木との距離を詰めると、その整った顔を覗き込み、耳元で低く囁いた。
「何度言えばわかる。お前は僕を目指す必要などないと言っただろう……勘違いするなよ、青木」
薪の白い指先が、青木の首筋をなぞるように滑り、胸元で止まる。
「お前の良さがどこにあるのか……一度僕がじっくり、教えてやる必要があるようだな?」
とろけるような声音と、至近距離で見つめてくる潤んだ瞳。
あまりの艶めかしさに、青木はドクンと心臓を跳ねさせて固まった。
「……や、やめてください、薪さん……! 別れ際に俺を“元気”にするのは……。このままじゃ、本当に帰れなくなりますっ……」
顔を真っ赤にして情けない声を上げ、必死に理性を繋ぎ止めようとする忠犬の姿。薪は満足げに、そして意地悪く微笑んだ。
どうやら、岡部が手配しようとしていたスッポンやマムシの出番はなさそうだ。この男は、僕の言葉一つでいくらでも強くなるのだから。
セーフハウスから一歩を踏み出す二人の背中を押したのは、春の嵐のような、熱く、激しく、甘い、二人の未来への予感だった。