Safety〜連行

「ま、薪さん……服着てください! じゃないと俺、も、もたないですっ」

​ 青木が堪らず悲鳴とともに白旗をあげた。
 同時に薪も初めて自覚する。
 この裸身が誰かの理性を狂わせるものだなんて、好きな男の視線に射抜かれなければ、ずっと気づくことはなかっただろう。

「っ……」
 薪は慌てて脱ぎ捨てられた着衣を身に着け、逃げるように背中を向けて、震える指先でボタンを留める。
 鼓動が速く、頬が熱い。
 
 
 処置を終え、痛み止めが効いてきた青木は、ベッドで横になりながら先ほどまでの自分の暴挙を思い出し、自責の念に苛まれていた。

(俺は何てことを……薪さんを追い詰めてあんな声を出させて……さらには傷のせいとはいえ、肝心の場面で力尽きるなんて、男として情けなさすぎる……)

 一方の薪も、耳の先まで真っ赤にしたまま、己の内に静かに降り積もる未知の感情と向き合っていた。
 完遂せずとも、一線を越えてしまった。
 そして、手紙という言葉の羅列ではなく、肌の熱、喘ぎ、抗いようのない肉体の衝動。それらすべてを介して、青木の深淵に渦巻くマグマのような情欲を覗き込んでしまったのだ。

「っ……青木!」

 沈黙に耐えかねた薪が、振り返らずにぽつりと尋ねる。

「お前の綴った『家族になりたい』という言葉の定義について……教えろ!」

「は、はい」

「……それは、先ほどのような……その、破廉恥な行為も、当然含まれている……ということで、相違ないんだな?」

「え……」

 深刻な顔で処置台に視線を落とし、まるで捜査内容を確認するかのように尋ねる薪。
 青木は驚きつつも、ようやく気づく。
 自分の“手紙”が、薪にとってあまりに“綺麗事”だったことに。
 あの人が「手紙を読んでない」「生半可な覚悟」と詰ったのは、俺の言う“家族”の定義がふわふわと曖昧だったからで――

​「……もちろんです!薪さんの話を聞いたり、一緒に食事をしたりするのと同じくらい……いえ、それ以上に、あなたに触れたいと思っています。……さっきは未遂でしたが当然、薪さんと性的に交わって、行くとこまで行って……」

「もういい! 言うなっ!」

​ 薪は慌てて青木の口を封じようとするが、逃げない青木と目が合って動揺し、躊躇いながらもその頬をそっと撫でる。

「薪さん……」

 青木が優しい目をして「すきです」と零した。
 そう言われたのは初めてではないが、確実に前とは違う色を帯びて、火照った心身にに染み渡る。
 薪の震える手を、青木の大きな手が温めるように包んだ。

「……僕は、恋愛というものの手順をよく知らない。……お前に『地獄でもいい』と言われたって、道連れにするのは嫌だ。……でも……今もお前の手を振り払うことが、どうしてもできなくて……」

「それでいいです。どうか振り払わないで。このままお供させてください」

 うっとりと、また唇が重なる。
 互いの体をキスや手指でまさぐりあううちに、薪の手が青木の股間の屹立を探り当ててしまう。

「うっ……」

​ 部屋着の薄い布地越しに、その熱く猛々しい質量と大きさ、そして指先から伝わる拍動をしっかりと感じ取った薪は、思わず戦慄して身を竦ませた。
 先ほどは余裕がなくて気づかなかったが、自分の体内に迎え入れるには、それはあまりに凶暴で、圧倒的な存在感を放ちすぎている。

​「すみません……怖いですか?」

 青木は苦しげに眉を寄せながらも、怯えるような薪の視線をしっかりと受け止め、その手の上に自分の手を添え、自分の熱にさらに強く押し当てる。

​「……あなたが欲しくて堪らなくて……お恥ずかしいです」
​ 青木は掠れた声で笑い、薪の指先を一つずつ愛おしむように絡め取った。
​「でもこれが『家族』になりたいって言葉の……根源だって今はわかります。今すぐにでも薪さんの綺麗な心や体を、逃げ場がないくらい俺で埋め尽くしてしまいたいけれど……」
​ 手を引かれ、腕のなかに閉じ込められた薪の心臓が、大きく跳ねる。

​「まずは体の回復に専念します。あなたも覚悟を決めてください。傷を治したら、もう一生、止められないと思います」

​ 薪の耳元に寄せられた唇が、熱い吐息とともに、少し苦しげに囁いた。

​「それまで、俺たくさんイメトレしときますから……次は絶対、あなたの身体を奥底や隅々まで存分に愛しますから」 

「……お前っ……」

 何一つ言葉は返せない。
​ ただ、揉みくちゃに抱き締められながら、薪はあまりの羞恥とそれ以上の期待感に、見開いていた目を思わず伏せた。

「あなたをモノ扱いしたくはないけど……こうしてる時だけは俺のもので……いてほしいって、思います」

​「……あおき……」

​ 自分の声が、驚くほど優しく震えているのが恥ずかしいのに、抗えない。安全な場所に搦め取られていく心地よさに目眩しながら、薪は素直にこくこくと頷いていた。

 青木を匿うために、ここへ連れてきて。
 守っていたはずの自分の方が、いつの間にか青木に包囲され、深く搦め取られて骨抜きになっている。
​ でも、もういい、今はこのまま流されていたい。
 薪は、自分を抱きすくめる大きな背中にそっと手を回し、温かい「安全な檻」のなかで、静かに目を閉じていた。
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