Safety〜連行

 思考が、止まる。

 あまりに無垢な青木の言葉が、長年かけて築いてきた自罰という名の厚い壁を、ものともせずに突き抜けていくから。

​ ――ああ、そういえば。
 いつか、雪子が酷く呆れながらも清々しい顔で話していたっけ。
 
『聞いてよ、つよしくん。あのコ、私を目の前にして、あなたへの一世一代の愛の告白したんだからね!』

 どんな絶望的な状況でも、一緒に戦ってくれていれば希望が持てる。絶対に裏切らない。
 100人の軍隊より、200人の警官隊より、一人の薪さんの方を選ぶ。
 薪さんは、そんなふうに思える、ただ一人の人です、と。

『本人不在の熱い語り。こーなったらあなたに直接聞かせたかったわよ』と、雪子は呆れを通り越したヤケクソな、友人思いの口調で語っていた。

 それでも薪には、青木が自分に向ける“絶大な信頼”が、完璧すぎる綺麗事にも思えたのだ。
 “手紙”も然り。
 少なくとも自分は、目の前の青木に対してもっと暗く、泥濘んだ情欲を滾らせている。
 果たして、この光り輝くような男が、自分の内側に潜む「醜悪な本性」を受け止めきれるものなのか、と。


​「……さん、薪さん」

​ 掠れ気味の熱い声に呼ばれ、薪は爆ぜるように我に返った。

​「……ああ……」

​「俺の話、聞いてました……?」

​「……ああ、聞いていた」

​ 視線を泳がせ、気まずそうに目を逸らす。

​「とにかくお前は僕を買いかぶりすぎだ。……僕は、お前が思うほど綺麗じゃない」

​ 自嘲のあまり伏せられた長い睫毛。その不安定な表情にさえ見惚れる青木の熱い視線に、薪は逃げ場を失っていた。
 
「……いいえ。あなたは、とても綺麗です……。だって、は、ハッ、ハックション!」

​ 青木の豪快なくしゃみが、濃厚に停滞していた空気を揺らす。と、薪は青木のシャツを剥いたまま、自分が冷え切った濡れタオルを握りしめていたことにようやく気づいた。

​「……寒かったな、すまない」

​ 慌ててタオルを手放した薪は、部屋着を着せようと、青木の背に腕を回す。
 抱き寄せるような体勢になった薪のすぐ鼻先で、青木の体温が官能を擽ってくる。それに釣られて、心身の奥に疼く薪の本音が口から零れだす。

​「……お前、いい加減に気づけ。僕は疚しさの塊なんだぞ。ドロドロに濁った中身を抉じ開けて見せれば、お前だって驚いて逃げ出すに決まってる……」

​「え……何ですかそれ、見たいです」

​ 青木の大きな手が、薪の後頭部を優しく、けれど有無を言わせぬ力で引き寄せた。

​「見せてください、全部……」

​ 重なる唇。
 その瞬間、薪の理性が甘美な悲鳴をあげて崩壊していく。
​ ​触れた部分から痺れる熱が互いを侵食し、青木の熱が容赦なく体内へとなだれ込んでくる快感に、薪は奈落の底へと真っ逆さまに落ちていくような幸福感に目眩していた。
 抵抗もままならない指先は、いつの間にか青木の広い肩を強く掴み、その長身に縋り付いている。

​「……ん……っ、あお、き……」

​ 薪の熱い吐息が首筋に触れた瞬間、青木の喉が獣のように鳴った。
 だが、薪の心にはまだ、一筋の疑念が刺さったままだった。
 これほどまでに身勝手な欲望を滾らせている自分を、こんなに清らかな若い男が、同じ温度で求めてくるはずないのではないか、と。

​「……っ……は、あ……」

​ 自分を抱きしめる青木の腕が、驚くほどの力で震えている。大きな掌が薪の背中をなぞり、その指先が、薪の髪を、首筋を、必死に求めるように彷徨っている。
 青木自身、戸惑っているようだった。
 これまで尊く崇めてきた薪に対して、自分の身体がこれほどまで生々しい渇望を突きつけていることが、冒涜のように思えるのだ。

​「……薪、さん……俺……おかしい、です……」
​ 青木が、熱い吐息で薪の鎖骨を擽りながら、掠れた声で喘いだ。
​「あなたを大事にしたいのに……壊してしまいそうなほど、カラダがあなたを欲しがって……止まらないんです……」

​ その言葉に、薪は目を見開く。
 見上げた青木の瞳には、かつての部下としての忠誠ではなく、一人の男としての、抗いがたい情欲と愛着が炎のように燃え盛っているのがありありとわかるから。

「……っ……あっ……」

 気づけば薪の白くなだらかな胸元を、青木の口唇が這い回るのに翻弄されている。
​ 敏感な突起に唇が触れるたび、薪の身体が小さく跳ね、震える指先が青木の髪を強く掴んだ。
 拒絶にならない抵抗は、熱を煽り立てる誘惑でしかない。

 普段、冷徹なまでに自分を律している薪が、自分のの愛撫で呼吸を乱し、頬を朱に染めている。その事実が、青木の奥底に眠る独占欲を一気に膨張させていく。

​(……ああ、もう、何も考えられない)

​ 大事にしたい、守りたいという祈りは、いつしか『自分だけのものとして暴き、喰らい尽くしたい』という、生々しい渇望へと姿を変えていた。

 青木は薪を押し包むようにその大きな身体を被せて逃げ場を塞ぐと、磁石に吸い寄せられるように、その白い肌を指先と唇でむさぼり尽くした。

​ 激しく重なる鼓動。混ざり合う熱い吐息。
「……あ……ぉき……」
 両脚を開かれて、いつしか交接の入口をとろとろに明け渡した薪が、抗うことも忘れ、熱に浮かされた瞳で青木を見つめ返している。

 青木が猛る自身を薪の蕾に押し当てた、その時だった。

​「……っ……あぐ、っ……!」

​ 青木の喉から、快楽とは質の違う、短い悲鳴が漏れた。
 腹部を貫くような、焼けるような激痛。
 同時に、薪を抱きすくめていた腕から、がくりと力が抜ける。

​「青木……? っ、お前、傷が……!」 

 小さく叫んだ薪の声からは甘い情欲が消え、すっかり部下を心配する上司に切り替わっていた。
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