夢現のよる

 基本的に背が高くてスマートな男は元々三好雪子の好みだ。

 でもこんな相手、恋愛対象になる筈がない。
 一回り年下の新人。しかもとびきり失敬な若者なのだから。

「つよし君っ!君のところの新人失敬よっ!」

 ありえない。
 第一研究室の“女・薪”と呼ばれ昼夜問わず死体を切りまくり直属上司にも口出しさせない三好雪子このわたしに! 監察医としての仕事のラインを越えた仕事を当然のように求めてくるなんて。図々し過ぎる!それも新人の分際で!

「すいません、雪子さん。青木にはまだ大切な事は何も教えてないんです」

 つよし君……薪剛のしっとり熱を帯びた、見たことない笑みとフォローの言葉。
 “大切な事”とは何なのか?
 十代の美男子と見まごうばかりの同年の男に釘付けになりながら、雪子はしばし考え込んだ。


「あっ、つよし君!……ねえ、待ってったら」

 立ち止まり振り向く薪にぶつかる勢いで詰め寄った雪子は、ヒールの分さらに上増しされた身長差で、いたいけな姫を見下ろす悪役状態。

「大切な事……って、社会人のマナーってことよね? たしかにあのコ、全然なってないわ」

「……??」

 薪のヘーゼルの瞳が、不思議そうにこっちを見上げて可憐に瞬く。

 あらやだ、外した?
 他人の目を気にしないのに、薪に対しては自意識過剰気味の雪子は目に見えて凹む。
 私ったら、また察しの悪い女と思われたに違いない……

「あなたは、青木が“似てる”と思わないんですね」

「へ?? 誰が?? 何に??」

 うなだれて床に視線を落としていた雪子は、怪訝な顔で薪に視線を戻す。

「……いえ、ならいいんです」

 なんの錯覚か、安堵とともに微笑んだ薪の表情が“恋する表情”に見えて、ドキリと胸が高鳴る。
 その対象が自分だと思い誤るほどカンチガイ女ではない。
 むしろ色恋にだけは薪よりカンが鋭い方で……

 ああ。
 “青木”って……あのコのことね。
 もう顔がハッキリ思い出せないあの背の高い新人を、雪子は心に刻んだ。
 “つよし君の宝物”と、しっかりタグを付けて。
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