夢現のよる

 添い寝から飛び起きて外へと逃げ出したのは、自分の疚しい肉体的反応を薪に知られたくなかったから。
 なのに結局、心配して追ってきてくれた薪の優しさにつけこんでキスをして。さらにはそれをユメにまで見ていたことを白状し「憧れと尊敬」と一括りにしていたキモチから「情欲」を明るみにした。

 そうさせたのは、目の前の薪から溶けそうな砂糖菓子のような甘い匂いのせいだ。
 それに釣られてつい踏み込んだ。
 でもそれが、薪の逆鱗に触れた。
 これが今の状況だった。


「僕は寝る!お前はあのソファだ!」

「えっ、でも……」

「来るなと言ってるだろ! こっちへ来たら投げ飛ばすからな!」

 さっきまで体を包んでいたブランケットと、枕が抜群のコントロールで次々飛んできて、青木に命中する。

「ちょ、待っ、どうしたんですか急に」

「うるさいっ!」

 広くない部屋の中で、最大限に遠ざけられたソファーとベッドの間の隔たりは、まるで天の川だ。
 
 不機嫌な織姫様は、そもそも年齢も立場も手が届かない高嶺の花。
 でも生まれて間もない仔猫にも見える。
 喉が鳴るほど甘えたいのに、威嚇しながらこっちの様子をうかがっているふわふわのねこ。
 つい手を差し伸べて、手懐けたくなっている青木の保護欲は、今、最高潮に達していた。

「あの……」

 緊張交じりの猫撫で声で青木は尋ねる。

「俺たちこんな気まずい雰囲気で寝るために、ここに泊まったわけじゃなく……」

「っ、そうなったのはお前のせいだろ!」

「でも俺……告白しただけです」

「うるさい!もう黙れ!」

「だ、だったら断ってくださいよ。フラれたら黙るしかないし……」

「……」

 楯突くのはまだ怖くて震える声で反論するも、返事はかえってこない。
 布団の中でうずくまり姿は見えない中、隠れてじっと様子を伺う仔猫のような気配だけが伝わるだけだ。


「返事は……できない」

「……なぜです?」

「僕は……天涯孤独だから」

 “テンガイコドク”
 その言葉を聞いた青木が、眉をひそめてソファを離れる。

「いずれ“秘密”と心中する身だ。お前のように親きょうだいや親戚に囲まれて育ち、将来は結婚して温かい家庭を築いていくような人間とは、住む世界が違……」

 言いつけを無視して境界線を越えてくる“分からず屋”の大きな手が布団を撫でるたび、その中にくるまる薪の身体がビクリと震える。

 ただでさえ今日は、薪の身の上にいろんなものが降り掛かった日だ。
 布団で包んだくらいじゃ、ぽっかり空いた穴から痛みが溶け出してくるのが、目に見えないけどなんとなくわかる。
 だから、止めなきゃだめだ。

「天涯孤独って、言うほど簡単なものじゃなくないですか?」

 “天の川”を越えてきた彦星に布団を剥がされた姫……いや、薪は無防備な格好で横たわったまま、とろりと力ない視線を寄越した。

「あなたは、本当はお優しくて……今だって俺の告白を振り切れないでしょう?」

 “ちがう、おまえだからだ” と心のなかで薪は呟く。
 好意や羨望、そして慾望、今まで散々受けてきた沢山のアプローチには、目もやらず耳さえ貸さず触れさせなかった。
 でも、青木だから。
 五感に触れられると嬉しくて心地好い。
 その手も、声も、顔かたちも、ぬくもりも……キスも、ぜんぶ気持ちいい。


「今夜は……防弾チョッキ着てないですよね」

 作務衣の上からその手に胸を撫でられるだけで、下肢の付け根に焦れ込んだ熱が集まる。

「……は……あっ……」

 震える身体を覆い隠すように大きな身体がのしかかってくるのを、拒絶できないどころか、うっとり受け入れている。

「頭を撃たれて死のうだなんて、もう考えられないように……」

「……ん……っはぁ……」

 甘い息しか返せないのは、待ち侘びていたキスが、さっきより熱く、深くなって、再開したからだ。

「俺に情を移してください」

「……ふ、おまえ捨て犬か」

 キスの合間のやりとりに小さく笑った薪の顔が、赤くなって固まった。
 パイプ仕立てのヘッドボードにメガネを置いた青木の真顔が迫ってきて、身体の中と外に甘い痺れが奔るのがわかる。

「あなたと俺を繋いで……どこにも行けないようにしますから……」

 肌を撫でながら吸いつく熱っぽいキスが、きもちよすぎて、おかしくなりそうだ。
 こんな若造に好き勝手されてるのに、舞い上がって、続きを渇望している自分を……全部ユメだと思おうとしている。
 ユメだと思って、一晩くらい、流されてしまえば……いい、と。
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