夢現のよる
ふわふわと心地よい温もりの中で、うっとり目を開く。
見上げた至近距離にあるのは、若い部下の微笑ましい寝顔。
そこに重なるのは幼い頃添い寝してくれた父の面影。それが何度瞬きしても消えない。
これは……夢?
すっぽり包まれた腕の中できもちよく身じろぎすると、薄い布団の簡素なベッドが軋む音に、ハッと我に返った。
現実……だとしたらここはどこだっけ?
また違う夢と現 が脳裏で交差する。
15歳で家を出るまでの7年間、介護のため傍らで眠る間に触れていた半死半生の男の温もりも。
わかってる、もう誰もいやしない。
何一つ戻らないはずの喪ったものたちが、この腕のなかに溢れているのがただ不思議だった。
「ん……ぅわ、あぁぁっ……!!」
うっとり微睡む薪から急に両手を離して飛び退く大男。勢いに押され上半身を起こした薪は、きょとんとした顔でベッドに取り残されている。
「ご、ごめんなさいっ!つい俺も寝ちゃってて……あ、頭冷やしてきますっ!!」
何をそんなに慌てているのか。謝罪もそこそこに、股間を庇うようなヘンな姿勢の走り歩きでルーフバルコニーへ出ていく男の後ろ姿を、薪はまん丸に見開いた目で見送った。
夜は更け始め、空は東の高いところに夏の大三角が架かり、南天の低いところには赤い心臓の毒虫が息を潜めている頃だ。
天体観測をしてるわけでもないだろうに、青木はちっとも戻ってこない。
気温も低くなってるだろうし寒くないのだろうか?
そもそもあいつ一体何をしてるんだ?
さすがに心配になった薪は、ブランケットを抱えてバルコニーへ出る。
「あれ……薪さん、だめです、風邪ひきますよ」
椅子に座って星空を眺めていた青木が振り返り、あっという間にブランケットを取り上げて薪をぐるぐる巻きにした。
「…………」
捜査では大抵嗅覚も鋭く察しの良い男なのに、時折こういう突飛な行動で振り回してくるのも相変わらずだ。
日中さんざん振り回して感情をぶちまけたのはこっちなのだから、文句もいえないのだが……
そんな困惑も、満天の星の下では藻屑となって消えていく。
いつの間にか隣同士並べた椅子に二人寄り添うように座り、美しい宇宙を見上げていた。
友人と望遠鏡で覗いたあの頃と同じ星座が並ぶ夜空の静寂に、こんなにも心揺れるのが何故なのかはわからない。
「俺、天文学って結構好きだったんです。きっかけはもっと子どもの頃に、星空を地図にして船を目的地に進める船乗りの話を何かで読んで、すげー!って思ったからなんですよね」
「天測航法、か」
「ええ、空を羅針盤にするって実用的ですよね。片や宇宙というとてつもない未知に挑んで探求し続ける世界もあって……んっ?」
「よく喋る口だな」
どきりとして口をつぐむ青木。
椅子に膝をついて身を乗り出した薪に見下ろされ “顎クイ”されたからだ。
「す……みません、黙ります」
読めない行動の掛け合いが凄まじい。
今度は青木が顎クイする手を取り唇を押し当ててくるから、薪はギョッとして身を引こうとする。が、ブランケットにくるまれ自由の利かない身体は、すぐに捕まって抱きしめられてしまう。
そのまま、互いの唇を温もりで包み合うように、唇同士が触れた。
びくりと息を呑む薪に、優しくなぞる動きを止めた唇が離れようとする。
「……ん、止めていいと……いつ言った?」
「え……」
互いを慈しみ撫で合う優しいキスは長く続いた。
「お前……こういうことを……よくしてるのか?」
「いえ。入庁してからは全く縁がなく……」
満たされた唇がうっとり離れ、キスの恍惚で丸裸になった心から素直な会話が零れ落ちる。
「あー、でもユメでは何度か……」
「??」
しまった!まさか本人相手に暴露とか……!
青木は腕をほどいて椅子を飛び降り、薪の前の床に膝をつき、手を合わせて謝罪のポーズで頭を下げた。
「すみません!!白状しますと、俺、第九に入りたての頃、薪さんが実は女のコだったという夢を何回も見て、やっぱり!!ヤッター!!と嬉しくて飛び起きたりしてまして……」
平謝りの青木を見下ろす薪は、綺麗な顔にこれ以上ない怪訝な色を浮かべている。
「つまりユメでは……僕が女のコだから艶事も抵抗なくできたと……」
「はい、始めは。でもそのうち“女のコ”という設定が無くなりまして、そのバージョンのほうがむしろヤバくて……」
夢中で自供を続けていた青木が、薪と目を合わせて言葉を詰まらせる。
薪が目を潤ませ、眉間にシワを寄せ頬を赤らめて。
唇を半開きにしながら震えてる……おまけに髪の毛まで逆立てて。
怒らせてるのに、めちゃくちゃ可愛い。こみ上げる愛しさに任せて青木は最後まで吐き出した。
「つまりこれって……今、ユメが叶った、ってことですよね?」
「はぁ?」
「……俺、あなたが、好きです」
見上げた至近距離にあるのは、若い部下の微笑ましい寝顔。
そこに重なるのは幼い頃添い寝してくれた父の面影。それが何度瞬きしても消えない。
これは……夢?
すっぽり包まれた腕の中できもちよく身じろぎすると、薄い布団の簡素なベッドが軋む音に、ハッと我に返った。
現実……だとしたらここはどこだっけ?
また違う夢と
15歳で家を出るまでの7年間、介護のため傍らで眠る間に触れていた半死半生の男の温もりも。
わかってる、もう誰もいやしない。
何一つ戻らないはずの喪ったものたちが、この腕のなかに溢れているのがただ不思議だった。
「ん……ぅわ、あぁぁっ……!!」
うっとり微睡む薪から急に両手を離して飛び退く大男。勢いに押され上半身を起こした薪は、きょとんとした顔でベッドに取り残されている。
「ご、ごめんなさいっ!つい俺も寝ちゃってて……あ、頭冷やしてきますっ!!」
何をそんなに慌てているのか。謝罪もそこそこに、股間を庇うようなヘンな姿勢の走り歩きでルーフバルコニーへ出ていく男の後ろ姿を、薪はまん丸に見開いた目で見送った。
夜は更け始め、空は東の高いところに夏の大三角が架かり、南天の低いところには赤い心臓の毒虫が息を潜めている頃だ。
天体観測をしてるわけでもないだろうに、青木はちっとも戻ってこない。
気温も低くなってるだろうし寒くないのだろうか?
そもそもあいつ一体何をしてるんだ?
さすがに心配になった薪は、ブランケットを抱えてバルコニーへ出る。
「あれ……薪さん、だめです、風邪ひきますよ」
椅子に座って星空を眺めていた青木が振り返り、あっという間にブランケットを取り上げて薪をぐるぐる巻きにした。
「…………」
捜査では大抵嗅覚も鋭く察しの良い男なのに、時折こういう突飛な行動で振り回してくるのも相変わらずだ。
日中さんざん振り回して感情をぶちまけたのはこっちなのだから、文句もいえないのだが……
そんな困惑も、満天の星の下では藻屑となって消えていく。
いつの間にか隣同士並べた椅子に二人寄り添うように座り、美しい宇宙を見上げていた。
友人と望遠鏡で覗いたあの頃と同じ星座が並ぶ夜空の静寂に、こんなにも心揺れるのが何故なのかはわからない。
「俺、天文学って結構好きだったんです。きっかけはもっと子どもの頃に、星空を地図にして船を目的地に進める船乗りの話を何かで読んで、すげー!って思ったからなんですよね」
「天測航法、か」
「ええ、空を羅針盤にするって実用的ですよね。片や宇宙というとてつもない未知に挑んで探求し続ける世界もあって……んっ?」
「よく喋る口だな」
どきりとして口をつぐむ青木。
椅子に膝をついて身を乗り出した薪に見下ろされ “顎クイ”されたからだ。
「す……みません、黙ります」
読めない行動の掛け合いが凄まじい。
今度は青木が顎クイする手を取り唇を押し当ててくるから、薪はギョッとして身を引こうとする。が、ブランケットにくるまれ自由の利かない身体は、すぐに捕まって抱きしめられてしまう。
そのまま、互いの唇を温もりで包み合うように、唇同士が触れた。
びくりと息を呑む薪に、優しくなぞる動きを止めた唇が離れようとする。
「……ん、止めていいと……いつ言った?」
「え……」
互いを慈しみ撫で合う優しいキスは長く続いた。
「お前……こういうことを……よくしてるのか?」
「いえ。入庁してからは全く縁がなく……」
満たされた唇がうっとり離れ、キスの恍惚で丸裸になった心から素直な会話が零れ落ちる。
「あー、でもユメでは何度か……」
「??」
しまった!まさか本人相手に暴露とか……!
青木は腕をほどいて椅子を飛び降り、薪の前の床に膝をつき、手を合わせて謝罪のポーズで頭を下げた。
「すみません!!白状しますと、俺、第九に入りたての頃、薪さんが実は女のコだったという夢を何回も見て、やっぱり!!ヤッター!!と嬉しくて飛び起きたりしてまして……」
平謝りの青木を見下ろす薪は、綺麗な顔にこれ以上ない怪訝な色を浮かべている。
「つまりユメでは……僕が女のコだから艶事も抵抗なくできたと……」
「はい、始めは。でもそのうち“女のコ”という設定が無くなりまして、そのバージョンのほうがむしろヤバくて……」
夢中で自供を続けていた青木が、薪と目を合わせて言葉を詰まらせる。
薪が目を潤ませ、眉間にシワを寄せ頬を赤らめて。
唇を半開きにしながら震えてる……おまけに髪の毛まで逆立てて。
怒らせてるのに、めちゃくちゃ可愛い。こみ上げる愛しさに任せて青木は最後まで吐き出した。
「つまりこれって……今、ユメが叶った、ってことですよね?」
「はぁ?」
「……俺、あなたが、好きです」