夢現のよる
“僕としたことが、みっともない”
一回り年下の新人相手に、感情も涙もすべて吐き出した末の、放心状態。
澄んだ空気が草木の匂いを運び、遠くで渡り鳥の囀りが聴こえる非日常のなかで、自身の愚行に対する羞恥が空っぽの心身に湧き上がるのを、薪はぼーっとした頭と感覚で受け止めつつあった。
泣いてる間じゅう背中を擦って支えていてくれていた若い部下は、着信への応答のため薪から腕をほどいて携帯を手にしたところだ。
漏れてくる相手の声は、聞き慣れた岡部の声。
なぜ僕じゃなくこいつに……?
目の前の大男の曇りなく実直なやりとりの声を聞きながら、薪は内ポケットの自分の携帯を探り、多数蓄積された不在着信履歴にはじめて気づく。
「お待たせしました。さて、と……鍵を返しに行きますか」
通話を終えた携帯をポケットにしまいながら、青木がさっぱりした顔で呟いた。
「……は?」
「管理棟はどこですかね」
辺りを見渡しながら歩き出す背中を、薪は血の気の引いた顔と覚束ない足取りで追いかける。
「おい。待て……お前、岡部には何と……」
「はい、今夜は薪さんと二人でこちらに泊まると伝えました。もちろん公費は使いませんので心配は無用です」
ニッコリ笑って答える青木に対し、薪は青ざめたままだ。
「こちら、とは?」
「あのコテージです。明日は土曜だし、週末に持ち越す捜査も無いと聞きましたので」
青木の指さす先には、二年前ブロルゼン・メトカーフ彗星を鈴木たちと観るはずだった山荘が茜色の夕陽を受けて佇んでいる。
今さらあそこに行ったところで、もう鈴木はいないし、星を観る望遠鏡もないのだ。
終電を逃した訳でもなく、十分帰京できる時間……つまり泊まる理由は一つもない。
「馬鹿馬鹿しい、帰るぞ!お前は一旦京都に戻って……」
「あ、京都にあった薪さんと俺の荷物なら、すべて岡部さんが引き上げてくれましたよ」
「……!?」
変に気の利く部下の行動に動揺し、興奮した猫みたいにフーフーと息を吐く薪の背中を、大きな手が優しく撫でつける。
「薪さんは、ちょっとここで待っててくださいね」
青木は敷地の奥にあるオーナー宅とおぼしき邸宅を見つけて「すみませーん」と中に声を掛けにいく。
二年越しに返却された鍵は当然使い物にならなかったが、それをきっかけに青木はオーナー兼管理人家族とすっかり仲良くなったらしい。
10分もしないうちに大きな紙袋を手にした大男が薪のもとへ戻って来る。
「見てください。これだけあれば一晩楽しくすごせそうじゃないですか?」
ほくほくした笑顔を浮かべる青木が腕に提げたショッピングバスケットには、ワインとミネラルウォーター、つまみやちょっとした食べ物、ナイトウェアのようなものまで入ってる。
「この辺りは宿が少ないので、ビジネス利用客向けに一通り揃えてるみたいです。食事はお裾分けも頂いて……とても助かりました」
青木があまりにワクワクしながら喋るので、戸惑っていた薪の表情も次第に弛んでいく。
「色々ありましたし、今夜は気分転換してゆっくり休みましょうね」
「……」
二人きりでひとつ屋根の下に宿泊したことはないが、捜査で四六時中一緒にいる相手だ。
そう、いつも通り。
現場に連れて出るのも断トツ多い青木を前に油断した。加えて自己理解が不足していたことにも、薪はこの後すぐに気づくことになる。
でももう遅い。足を踏み入れてしまってからでは。
人畜無害が服を着て歩いてるようなその男を伴って踏み込んだその場所は、“自分の内側”同然でもあったのだ。
一回り年下の新人相手に、感情も涙もすべて吐き出した末の、放心状態。
澄んだ空気が草木の匂いを運び、遠くで渡り鳥の囀りが聴こえる非日常のなかで、自身の愚行に対する羞恥が空っぽの心身に湧き上がるのを、薪はぼーっとした頭と感覚で受け止めつつあった。
泣いてる間じゅう背中を擦って支えていてくれていた若い部下は、着信への応答のため薪から腕をほどいて携帯を手にしたところだ。
漏れてくる相手の声は、聞き慣れた岡部の声。
なぜ僕じゃなくこいつに……?
目の前の大男の曇りなく実直なやりとりの声を聞きながら、薪は内ポケットの自分の携帯を探り、多数蓄積された不在着信履歴にはじめて気づく。
「お待たせしました。さて、と……鍵を返しに行きますか」
通話を終えた携帯をポケットにしまいながら、青木がさっぱりした顔で呟いた。
「……は?」
「管理棟はどこですかね」
辺りを見渡しながら歩き出す背中を、薪は血の気の引いた顔と覚束ない足取りで追いかける。
「おい。待て……お前、岡部には何と……」
「はい、今夜は薪さんと二人でこちらに泊まると伝えました。もちろん公費は使いませんので心配は無用です」
ニッコリ笑って答える青木に対し、薪は青ざめたままだ。
「こちら、とは?」
「あのコテージです。明日は土曜だし、週末に持ち越す捜査も無いと聞きましたので」
青木の指さす先には、二年前ブロルゼン・メトカーフ彗星を鈴木たちと観るはずだった山荘が茜色の夕陽を受けて佇んでいる。
今さらあそこに行ったところで、もう鈴木はいないし、星を観る望遠鏡もないのだ。
終電を逃した訳でもなく、十分帰京できる時間……つまり泊まる理由は一つもない。
「馬鹿馬鹿しい、帰るぞ!お前は一旦京都に戻って……」
「あ、京都にあった薪さんと俺の荷物なら、すべて岡部さんが引き上げてくれましたよ」
「……!?」
変に気の利く部下の行動に動揺し、興奮した猫みたいにフーフーと息を吐く薪の背中を、大きな手が優しく撫でつける。
「薪さんは、ちょっとここで待っててくださいね」
青木は敷地の奥にあるオーナー宅とおぼしき邸宅を見つけて「すみませーん」と中に声を掛けにいく。
二年越しに返却された鍵は当然使い物にならなかったが、それをきっかけに青木はオーナー兼管理人家族とすっかり仲良くなったらしい。
10分もしないうちに大きな紙袋を手にした大男が薪のもとへ戻って来る。
「見てください。これだけあれば一晩楽しくすごせそうじゃないですか?」
ほくほくした笑顔を浮かべる青木が腕に提げたショッピングバスケットには、ワインとミネラルウォーター、つまみやちょっとした食べ物、ナイトウェアのようなものまで入ってる。
「この辺りは宿が少ないので、ビジネス利用客向けに一通り揃えてるみたいです。食事はお裾分けも頂いて……とても助かりました」
青木があまりにワクワクしながら喋るので、戸惑っていた薪の表情も次第に弛んでいく。
「色々ありましたし、今夜は気分転換してゆっくり休みましょうね」
「……」
二人きりでひとつ屋根の下に宿泊したことはないが、捜査で四六時中一緒にいる相手だ。
そう、いつも通り。
現場に連れて出るのも断トツ多い青木を前に油断した。加えて自己理解が不足していたことにも、薪はこの後すぐに気づくことになる。
でももう遅い。足を踏み入れてしまってからでは。
人畜無害が服を着て歩いてるようなその男を伴って踏み込んだその場所は、“自分の内側”同然でもあったのだ。
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