俺とあなたの5.5日間

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「他のヤツはどこへ行ったんだ」

「あれ?岡部さんが今日は解散だって……皆さん帰られましたよ。薪さんこそSPはどうされたんですか?」

 薪さんは黙って近づいてきて、デスクで立ち上がった俺に、背伸びして耳元に唇を寄せてきて囁いた。

「もういない。任務終了で上がらせた」

 薪さんの吐息といい匂いにうっとりと体を傾けた俺の腹に、お決まりの小さな拳が食い込んだ。

「……ぅぐ……ッ」

「お前は本当にバカだ」

「っ……?」

「雪子さんとよりを戻そうにも……もう手遅れだ。おまえが愚図愚図してるから……」

 何度も食い込むパンチの力がみるみる弱まるから、最初息を詰め涙目で受け止めていた俺も徐々に呼吸を戻していく。

「あの、雪子さんとどこかでご一緒だったんですか?」

「……」
 小さな声で“トイレ”と聞こえた気がしたけど空耳だろう。薪さんは女のコじゃないのだ!

「何が悪い?」

「……え」

 俺の胸に額を当てて拳をふるっていた薪さんが顔を上げる。
 そのまん丸な瞳に涙が薄っすら浮かんでるのが可愛すぎて、緩む頬を引き締め必死で真顔を保つ俺。

「お前だって昼間彼女と一緒だったろ!僕が彼女といて何が悪い?」

 いやいや、責めてるわけじゃないのにすぐ喧嘩腰になる薪さんが、やっぱりすごく可愛くみえてしまう。って薪さんは、俺と雪子さんが昼間一緒にいたことを何でご存知なんだっけ?
 状況を掴めないまま“可愛い”と“尊い”が並走かつ大渋滞してる。でもここは職場で、この人は上司だ。いかなる時でも言葉や態度に失礼や馴れ馴れしさがあってはならない。

「俺だって偶然会っただけです。やり直すとかじゃなく、もっと前向きな話をして……」

 手早くデスクを片付けた俺は、話を無視して室長席に歩いていく薪さんの後を追う。

「あの、お帰りの際にはご自宅までお送りさせてくださいね。SP無しのあなたを一人にはできませんので」

「フン、そんなの都合いい口実だろ」

「そうですね……スミマセン、でも一人にできないのは本当で……俺があなたと一緒にいたいのも事実です」

 席で振り向く呆れ顔もお可愛らしくて、俺は見惚れて立ち尽くす。
 完璧で気高いのに、ある意味隙だらけ。そんな危うい薪さんを淫らな視線で舐め回す自分を制すべく、俺は顔ごと目を逸らした。
 
「はぁ……帰るぞ。お前の間抜けなツラを見てたら仕事をする気が失せた」

「はい、スミマセン、ではお送りします」

「何度も謝るな、鬱陶しい」



「あの、薪さん」

 科警研を出て、通りでタクシーを拾おうとする薪さんに思わず手を伸ばして触れると、華奢な肩がびくりと竦むから慌てて引っ込める。

「少し歩いて……どこかで夕食たべて帰りませんか?」

「食事……?」

 明らかに気が進まない様子で眉をひそめる薪さんの顔色を伺い、俺はすぐに方向転換する。

「じゃあ、買い物して帰りましょう。お家で何かお口に合いそうなものを作りますから」

「それまでお前の腹は持つのか?」

「ええ、俺は今日昼ごはんを二回食べたんで、帰ってからの方がむしろ丁度いいです」

 無表情で黙ってついて来てくれる薪さんと一緒に、小躍りしながらメトロの階段を降りる俺。
 たしか薪さん宅の最寄り駅にスーパーがあったはずだ。

「僕たち毎日顔を合わせてるんだ。仕事終わってもこんなにしつこく付き纏うなら、連絡先なんていらないだろ」

「いいえ要ります絶対。休みの日だって連絡したいし、たとえ一緒に棲んだとしても……」

 駅構内で薪さんが立ち止まる。
 ホームに向かう人波を縫って引き返した俺が近づくと、可愛いひとは真っ赤になった顔をそらす。

「お前なんかと一緒に棲むわけないだろバカっ」

「でも一応俺の寝間着とか……まだありますよね?」

「あるよ、捨てるの忘れてたから」

 苦しい言い訳も可愛くて俺は思わず小さく吹き出す。

「じゃあ明日のぶんの食材も買い出しして、ゆっくりしましょう、あなたのお家で」

「……」
 ホームへの道を並んで歩きだす二人。
 人混みに紛れてるからか、繋いだ手をしばらく離さないでいてくれたのが、もの凄く嬉しい。


 それから不機嫌だったり甘えたがりだったり、目の色がくるくる変わる高貴な猫みたいな薪さんに振り回されながら買い物をして、なんとか追い返されずに部屋まで辿り着く。

 部屋に一歩入り、玄関先で振り向く薪さんを抱きとめると、堰を切ったように熱い唇が絡み合う。
 キスや抱擁をくりかえしながら廊下を進んでいく二つの身体がそのままベッドに雪崩込む寸前になって、不意に薪さんは俺を突き放した。

「お前は……伽の相手なだけだ」

「……それでもいいですよ、どうすればいいですか?」

 俺は詰まりながらも、先に進みたいばかりに薪さんの、尖った言葉を受け入れる。

「服を……脱げ。全部だ」

 脱いだ上着とネクタイをナイトテーブルに投げ捨てながら、ベッドに腰を下ろし足を組んだ薪さんが俺を見据えて命じた。

 俺は黙ってジャケットとネクタイ、スラックスを脱ぐ。
 続いてシャツや靴下も。
 でもパンツだけは無理だ。見るからに薪さんを狙って滾る禍々しい凶器を本人の前に曝すのだけは――

「スミマセン……これは……勘弁してください」

「だったら動くな、僕がする」

 俺は弱い。どうしたってこの人がもたらす快楽に抗えない。尊くて愛しい人にこんなことさせてる申し訳なさと幸せ。優しい手、繊細な舌に撫でられて、思わず涙が溢れだす。

「こういうこと……決まったお相手と……されてたんですか?」

 俺のを可愛がりながら、薪さんが首を横に振る。

「名前や顔を覚えてたり……します?」

 沸騰する亀頭を吸い上げて先端に唇を這わせながら、さらに激しく首を横に振って、薪さんは上目遣いで俺を見る。

 俺の両手が薪さんの頬を包み、噴射寸前の自身・・から、決死の思いで引き離す。
 逝くのは後だ。挿入だってまだ駄目だ。それよりもまず「言葉」を交わすんだ、今度こそ。

「煩いな。名前なんて知らない。顔だって一度も見たこともない。僕から奉仕なんて間違ってもするもん、か」

「はあ……??」

 気休めにしては都合が良すぎる話を、薪さんは淡々と打ち明ける。

「その時の僕の脳を抉り出して見せてやろうか? お前は行為の間じゅう自分の画ばかり見る羽目になるが……」

「へ……っ??それはどういう……」

「そんな簡単なことがわからないのか?」

 戸惑う俺に、薪さんはさらりと、今まで喉から手が出るほど欲しかった言葉を口にした。

「好きな相手を終始思い浮かべていた、ということだ」
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