俺とあなたの5.5日間
0.5-M-2
顔を突き合わせようにも、実際は身長差で相手の胸に僕の顔が埋まりそうな状態で向き合っていた……というのが正解だろう。
「……どういうつもりだ。不法侵入で通報されたいのか」
「ち、違うんです」
「何が違う?」
「帰れないんです」
「……はあ??」
タクシーに乗ればいやでも帰着できるのに、まさか自宅の住所を忘れた訳でもあるまい。
泣きっ面で宴席を白けさせたお前が酔っ払い紛いの台詞を吐くな、とばかりに顔を上げ睨みつけるが、真っ直ぐな視線の返り討ちに遭って酷く動揺する。
「そんな顔をしたあなたを独り残して……帰れるわけないじゃないですか!!」
「っ……」
僕が? どんな顔を?
またしてもコイツの言葉に、大幅に気が削がれる。
閑静なレジデンスで、こんな時間に玄関先で騒ぎを起こすのも、非常識でしかない。
僕は声までデカい迷惑な大男を、仕方なく部屋に通した。
「ひとまず飲め」
「いえ、俺は……」
脱いだジャケットとPコートを掛けた二人は、ローテーブルを挟んだソファに対峙して座る。
キャビネットから取り出したマッカランを流し込むバカラには目もくれず僕だけを見つめる青木の真っ直ぐな視線に、指先の震えを抑えるのに必死だった。
「では、一杯だけお付き合いしたら一緒に休んでくれますか」
「……!!」
“一緒に”という言葉の衝撃にポカンとして、縦にも横にも首を振れなくなる僕。
その様子を心配げに覗き込んでくる年下男の真顔に見惚れ、溶かされる心身を誤魔化すように、酒を煽った。
青木も自分のグラスをスワリングしながら口に含み、“うまい”と表情を輝かせる。
そりゃそうだ、お前より年上のマッカランだぞ……と心で呟き、僕は頬を緩め、元々残り少なかった瓶の中の酒を手酌でグラスにゆっくりと移していく。
それを見ていた青木が、ふと立ち上がって勝手にキッチンに入っていく。
物の少ない棚や冷蔵庫をバタンバタンと開け閉めする音がして、しばらくすると水を入れたグラスを二つ手にして戻ってきた。
「薪さん、これ、チェイサーをどうぞ」
「……」
大きな手のぬくもりとともに握らされたグラスを、手放すことができない。
仕方なく数口だけ喉に流し込みながら、僕はこの奇妙な夜の行方がどんどんわからなくなっていく。
「フッ……しかし……」
酔って解れた僕の口から、引っ掛かってた疑問が苦笑とともに零れた。
「大体僕がどんな顔をしてたっていうんだ。言い掛かりもいい加減に……」
「俺が今まで見たこと無い寂しそうな……子どもみたいなお顔です。今だってそうですよ」
「っ……」
僕はギクリと身を竦ませ、首を横に振りながら血の気の引いた顔を逸らす。
「そんなわけ……ないだろ」
一回り年上の上司を“子ども呼ばわり”だなんて、いくら何でも失礼だ。
「すみません……でも俺にはそう見えるので……今夜は側にいさせてください。あなたが眠るまでずっと」
「そんな……必要……ないっ」
まさか持て余すカラダの熱が目の前の若い男の雄を刺激したわけでもなかろうに、青木の赤くなった顔や熱っぽい眼差しが、僕の心身を容赦なく掻き乱してくる。
混乱のあまりまた酒を喉に流し込もうとするのを阻まれて、グラスを奪われた僕は余裕なく焦った顔で振り向いた。
「お……まえっ……」
「薪さん、もうその位にしましょう。残りは俺がいただきます」
“間接キス”という言葉が、グラスを飲み干す青木を見つめながら、生まれて初めて頭をよぎった。
間髪入れずにチェイサーの一気呑みで上下する喉仏を、放心した眼差しで見つめる僕。
良酒の味より僕への心配が何より先立つ大男は、空になったバカラを置いたテーブル越しに、僕の手を大事そうに両手で包んで立ち上がった。
「さあ、寝ましょう。寝室はあちらですか?」
……らしくない。
青木は、徹夜の捜査が続く日もロッカーの置きシャツに着替えたり、顔洗い歯磨きも欠かさない男なのに。
初めて上がった他人の家のベッドを嗅ぎ当てて、外から帰った衣服のまま家主を抱いて横たわるなんて、コイツも相当酔ってるのだろうか。
「もう動かないで、大人しくしてください」
「っ……離せ……こんな格好で……っ」
「フードが邪魔ですね、これ脱ぎますか」
「よ……せ……って……、あっ……」
「ほら、バンザイして」
パーカーをするりと脱がされシャツ一枚で唖然とする僕を、青木は腕の中にすっぽり閉じ込める。
「……スゥ……ハァ〜、まきさん……いいにおい……」
頭頂に埋めた思鼻先に思い切り吸いこまれるのが、心地よすぎて目眩する。
大男の腕のなかで、込み上げてくる甘酸っぱさに心身を震わせ、思わず背中にしがみつきそうになるのを我慢しつつ、薄い生地の上から撫で回されるまま目を閉じて……ただただ恍惚の嵐が過ぎ去るのを待った。
やがて手が止まり、代わりに寝息が聴こえてきた頃、僕はそっと青木に乗り上がって顔を覗き込んでみる。
色濃く閉じた長い睫毛と、締まった唇。
欲しくても届かないものを盗み見る疚しさに身悶えながら、僕はその綺麗な寝顔から掛けたままの眼鏡を外し、サイドボードに手を伸ばして置いた。
そして、いつまでも眺めていられる無防備な形相を視線で名残惜しく撫で下ろしながら、もぞもぞと胸元に這い戻ろうとした矢先、青木の股間に触れた僕の膝を押し返す熱くて硬い圧倒的質感に、ドキリと竦んで固まった。
顔を突き合わせようにも、実際は身長差で相手の胸に僕の顔が埋まりそうな状態で向き合っていた……というのが正解だろう。
「……どういうつもりだ。不法侵入で通報されたいのか」
「ち、違うんです」
「何が違う?」
「帰れないんです」
「……はあ??」
タクシーに乗ればいやでも帰着できるのに、まさか自宅の住所を忘れた訳でもあるまい。
泣きっ面で宴席を白けさせたお前が酔っ払い紛いの台詞を吐くな、とばかりに顔を上げ睨みつけるが、真っ直ぐな視線の返り討ちに遭って酷く動揺する。
「そんな顔をしたあなたを独り残して……帰れるわけないじゃないですか!!」
「っ……」
僕が? どんな顔を?
またしてもコイツの言葉に、大幅に気が削がれる。
閑静なレジデンスで、こんな時間に玄関先で騒ぎを起こすのも、非常識でしかない。
僕は声までデカい迷惑な大男を、仕方なく部屋に通した。
「ひとまず飲め」
「いえ、俺は……」
脱いだジャケットとPコートを掛けた二人は、ローテーブルを挟んだソファに対峙して座る。
キャビネットから取り出したマッカランを流し込むバカラには目もくれず僕だけを見つめる青木の真っ直ぐな視線に、指先の震えを抑えるのに必死だった。
「では、一杯だけお付き合いしたら一緒に休んでくれますか」
「……!!」
“一緒に”という言葉の衝撃にポカンとして、縦にも横にも首を振れなくなる僕。
その様子を心配げに覗き込んでくる年下男の真顔に見惚れ、溶かされる心身を誤魔化すように、酒を煽った。
青木も自分のグラスをスワリングしながら口に含み、“うまい”と表情を輝かせる。
そりゃそうだ、お前より年上のマッカランだぞ……と心で呟き、僕は頬を緩め、元々残り少なかった瓶の中の酒を手酌でグラスにゆっくりと移していく。
それを見ていた青木が、ふと立ち上がって勝手にキッチンに入っていく。
物の少ない棚や冷蔵庫をバタンバタンと開け閉めする音がして、しばらくすると水を入れたグラスを二つ手にして戻ってきた。
「薪さん、これ、チェイサーをどうぞ」
「……」
大きな手のぬくもりとともに握らされたグラスを、手放すことができない。
仕方なく数口だけ喉に流し込みながら、僕はこの奇妙な夜の行方がどんどんわからなくなっていく。
「フッ……しかし……」
酔って解れた僕の口から、引っ掛かってた疑問が苦笑とともに零れた。
「大体僕がどんな顔をしてたっていうんだ。言い掛かりもいい加減に……」
「俺が今まで見たこと無い寂しそうな……子どもみたいなお顔です。今だってそうですよ」
「っ……」
僕はギクリと身を竦ませ、首を横に振りながら血の気の引いた顔を逸らす。
「そんなわけ……ないだろ」
一回り年上の上司を“子ども呼ばわり”だなんて、いくら何でも失礼だ。
「すみません……でも俺にはそう見えるので……今夜は側にいさせてください。あなたが眠るまでずっと」
「そんな……必要……ないっ」
まさか持て余すカラダの熱が目の前の若い男の雄を刺激したわけでもなかろうに、青木の赤くなった顔や熱っぽい眼差しが、僕の心身を容赦なく掻き乱してくる。
混乱のあまりまた酒を喉に流し込もうとするのを阻まれて、グラスを奪われた僕は余裕なく焦った顔で振り向いた。
「お……まえっ……」
「薪さん、もうその位にしましょう。残りは俺がいただきます」
“間接キス”という言葉が、グラスを飲み干す青木を見つめながら、生まれて初めて頭をよぎった。
間髪入れずにチェイサーの一気呑みで上下する喉仏を、放心した眼差しで見つめる僕。
良酒の味より僕への心配が何より先立つ大男は、空になったバカラを置いたテーブル越しに、僕の手を大事そうに両手で包んで立ち上がった。
「さあ、寝ましょう。寝室はあちらですか?」
……らしくない。
青木は、徹夜の捜査が続く日もロッカーの置きシャツに着替えたり、顔洗い歯磨きも欠かさない男なのに。
初めて上がった他人の家のベッドを嗅ぎ当てて、外から帰った衣服のまま家主を抱いて横たわるなんて、コイツも相当酔ってるのだろうか。
「もう動かないで、大人しくしてください」
「っ……離せ……こんな格好で……っ」
「フードが邪魔ですね、これ脱ぎますか」
「よ……せ……って……、あっ……」
「ほら、バンザイして」
パーカーをするりと脱がされシャツ一枚で唖然とする僕を、青木は腕の中にすっぽり閉じ込める。
「……スゥ……ハァ〜、まきさん……いいにおい……」
頭頂に埋めた思鼻先に思い切り吸いこまれるのが、心地よすぎて目眩する。
大男の腕のなかで、込み上げてくる甘酸っぱさに心身を震わせ、思わず背中にしがみつきそうになるのを我慢しつつ、薄い生地の上から撫で回されるまま目を閉じて……ただただ恍惚の嵐が過ぎ去るのを待った。
やがて手が止まり、代わりに寝息が聴こえてきた頃、僕はそっと青木に乗り上がって顔を覗き込んでみる。
色濃く閉じた長い睫毛と、締まった唇。
欲しくても届かないものを盗み見る疚しさに身悶えながら、僕はその綺麗な寝顔から掛けたままの眼鏡を外し、サイドボードに手を伸ばして置いた。
そして、いつまでも眺めていられる無防備な形相を視線で名残惜しく撫で下ろしながら、もぞもぞと胸元に這い戻ろうとした矢先、青木の股間に触れた僕の膝を押し返す熱くて硬い圧倒的質感に、ドキリと竦んで固まった。