俺とあなたの5.5日間
3 - M - 2
「薪さん……まきさんっ!」
総監との面談を終えたばかりの、奥まった場所にある会議室。
僕の匂いを嗅ぎつけて尻尾を振って突進してくる大型犬に思わずきゅんとなる僕は、仏頂面を保つのに一苦労している。
「あの、今夜は山本さんと皆で……飲みに行ってきます」
「ああ」
「第九で週2とか飲みに行くなんて、珍しいですよね」
「そうだな。良いことじゃないか。楽しんでこい」
「あの……」
なんだ、まだあるのか。
緩みそうな頬を引き締め直して僕は青木を睨む。
「あまり遅くならないつもりなので、今夜もそちらへお伺いしても……」
「いや、もういい。僕のことは気にするな」
ギクリとしたがドキリが大半だ。
熱く跳ねる鼓動を隠しながら、僕は険しい表情をつくって指先を青木の唇に当てて遮った。
「一夜限りの火遊びの相手に、責任なんて感じなくていいんだ」
低い声で突き放すと、キョトンとして黙る大男。
この澄み切った男がこれ以上僕で汚れないよう踏みとどまらせるための言葉も、この若造 には全く歯が立たないようだ。
「薪さん、そういう強がりはやめてくださいよ」
「は? 強がってなんて……」
「じゃあ昨夜……いえ今朝まであんなに俺の腕の中で壊れそうにとろけて、ずっとしがみついて離れなかったのはどうい……うグッ……!」
高身長の青木の目線が僕と同じになる。
腹に食らわせた強烈なパンチに青木が身体を折り曲げたからだ。
「あんなの、羽目を外し過ぎただけだ」
「やめて……ください。嘘が下手すぎてこっちが苦しいです」
苦悶混じりの優しい笑み。腹を押さえながら覗き込んでくる真っ直ぐな眼差しに動揺しまくる僕は、逸らさずに見返すのがやっとだ。
秘めた思いが丸裸にされそうな危機感で混乱した僕は、咄嗟に禁断の手を持ち出した。
レベル5の秘密とともに墓場まで持っていくつもりだったあのことを――
「あの日……お前が大泣きしたせいで断った約束の相手……誰だか教えてやろうか?」
上擦りを圧し殺した声を無理やり絞り出す。
「噛み砕いて言えば性欲処理の派遣業。政界官界お偉方専門の手堅い筋のプロだ」
「……」
さすがの青木も言葉がでてこないから意味 は通じてはいるのだろう。
耐えきれず顔を逸らした僕に表情は読み取れないが、きっと幻滅か侮辱の滲んだ目を向けられてるに違いない。
僕だってこんなこと暴露したくなかったが、ここまで言わないとわからないコイツが悪い。
「さっさと忘れろ。そいつらと同じこと……を、お前にさせただけ……だから」
震えを隠せない声でトドメを刺したつもりだった。
なのにこのバカはめげなかった。
「ちがう。同じ……なわけない」
「いや、同じだ」
打ちひしがれてはいても揺るぎない青木らしい声に、呆れ半分安堵しながら僕は言葉を押し返す。
「僕はお前の考えてるような綺麗な人間じゃない。お前みたいなヤツが住む世界に、僕なんかは立ち入れないんだ。わかったなら、早く行け!」
「わかり……たくないです、そんなこと」
青木が一向に動かないから僕の方が踵を返す。が、歩き出してすぐ足を止めた。
「そうだ。雪子さんは、まだお前が渡した指輪を嵌めたままだぞ。今なら間に合うかもしれない」
「まに……あう?」
駆け寄ってきて僕の両肩を掴んで振り向かせた青木の呆れ顔が視界いっぱいに飛び込む。
「そういう問題じゃないです。俺の気持ちはあなたにしか向いてないって……何度言ったらわかるんですか!?」
目の前の男の純真さに圧倒されながら、僕は歪んだ笑みを作った。
「気持ち、だと? 笑わせるな。お前だって……確かめ合ってからヤルとかいいながら、なし崩しに僕を好きにしたじゃないか、それも4回もだぞ!」
ネクタイを掴んで引っ張りながら、僕はトゲのある台詞を捻り出す。青木のためにこうするしかないのだ、と自分に必死で言い聞かせながら。
「すみません、意思疎通を確認しなかったのは謝ります。でも……」
「うるさいっ!話は終わりだ!飲みにでも何でも行って来い。とにかくもう僕の家に来るなよ!連絡もしてくるな!言う事きかなければ明日から、いや直ぐ様僕の管轄外に飛ばしてやるからな!!」
引き寄せた胸を今度は思い切り突き飛ばして駄犬から背を向ける。反動で僕がよろけるだけでびくともしない図体に、今にも引き寄せられそうな未練を振り切って、足早にそこを離れる。
「まきさん!」
耳を塞いで出来るだけ遠くに逃れた。
ここまで言えば……もう追ってこないに違いない。
何故ならアイツは忠実な部下だから。
僕に憧れ第九 へ来て、解体構想に大泣きして手がつけられなかった男だ。
ここを離れるくらいなら、思い直して死ぬ気で元の関係に戻ろうとするだろう。
これでいい。
これでいいんだ。
「薪さん……まきさんっ!」
総監との面談を終えたばかりの、奥まった場所にある会議室。
僕の匂いを嗅ぎつけて尻尾を振って突進してくる大型犬に思わずきゅんとなる僕は、仏頂面を保つのに一苦労している。
「あの、今夜は山本さんと皆で……飲みに行ってきます」
「ああ」
「第九で週2とか飲みに行くなんて、珍しいですよね」
「そうだな。良いことじゃないか。楽しんでこい」
「あの……」
なんだ、まだあるのか。
緩みそうな頬を引き締め直して僕は青木を睨む。
「あまり遅くならないつもりなので、今夜もそちらへお伺いしても……」
「いや、もういい。僕のことは気にするな」
ギクリとしたがドキリが大半だ。
熱く跳ねる鼓動を隠しながら、僕は険しい表情をつくって指先を青木の唇に当てて遮った。
「一夜限りの火遊びの相手に、責任なんて感じなくていいんだ」
低い声で突き放すと、キョトンとして黙る大男。
この澄み切った男がこれ以上僕で汚れないよう踏みとどまらせるための言葉も、この
「薪さん、そういう強がりはやめてくださいよ」
「は? 強がってなんて……」
「じゃあ昨夜……いえ今朝まであんなに俺の腕の中で壊れそうにとろけて、ずっとしがみついて離れなかったのはどうい……うグッ……!」
高身長の青木の目線が僕と同じになる。
腹に食らわせた強烈なパンチに青木が身体を折り曲げたからだ。
「あんなの、羽目を外し過ぎただけだ」
「やめて……ください。嘘が下手すぎてこっちが苦しいです」
苦悶混じりの優しい笑み。腹を押さえながら覗き込んでくる真っ直ぐな眼差しに動揺しまくる僕は、逸らさずに見返すのがやっとだ。
秘めた思いが丸裸にされそうな危機感で混乱した僕は、咄嗟に禁断の手を持ち出した。
レベル5の秘密とともに墓場まで持っていくつもりだったあのことを――
「あの日……お前が大泣きしたせいで断った約束の相手……誰だか教えてやろうか?」
上擦りを圧し殺した声を無理やり絞り出す。
「噛み砕いて言えば性欲処理の派遣業。政界官界お偉方専門の手堅い筋のプロだ」
「……」
さすがの青木も言葉がでてこないから
耐えきれず顔を逸らした僕に表情は読み取れないが、きっと幻滅か侮辱の滲んだ目を向けられてるに違いない。
僕だってこんなこと暴露したくなかったが、ここまで言わないとわからないコイツが悪い。
「さっさと忘れろ。そいつらと同じこと……を、お前にさせただけ……だから」
震えを隠せない声でトドメを刺したつもりだった。
なのにこのバカはめげなかった。
「ちがう。同じ……なわけない」
「いや、同じだ」
打ちひしがれてはいても揺るぎない青木らしい声に、呆れ半分安堵しながら僕は言葉を押し返す。
「僕はお前の考えてるような綺麗な人間じゃない。お前みたいなヤツが住む世界に、僕なんかは立ち入れないんだ。わかったなら、早く行け!」
「わかり……たくないです、そんなこと」
青木が一向に動かないから僕の方が踵を返す。が、歩き出してすぐ足を止めた。
「そうだ。雪子さんは、まだお前が渡した指輪を嵌めたままだぞ。今なら間に合うかもしれない」
「まに……あう?」
駆け寄ってきて僕の両肩を掴んで振り向かせた青木の呆れ顔が視界いっぱいに飛び込む。
「そういう問題じゃないです。俺の気持ちはあなたにしか向いてないって……何度言ったらわかるんですか!?」
目の前の男の純真さに圧倒されながら、僕は歪んだ笑みを作った。
「気持ち、だと? 笑わせるな。お前だって……確かめ合ってからヤルとかいいながら、なし崩しに僕を好きにしたじゃないか、それも4回もだぞ!」
ネクタイを掴んで引っ張りながら、僕はトゲのある台詞を捻り出す。青木のためにこうするしかないのだ、と自分に必死で言い聞かせながら。
「すみません、意思疎通を確認しなかったのは謝ります。でも……」
「うるさいっ!話は終わりだ!飲みにでも何でも行って来い。とにかくもう僕の家に来るなよ!連絡もしてくるな!言う事きかなければ明日から、いや直ぐ様僕の管轄外に飛ばしてやるからな!!」
引き寄せた胸を今度は思い切り突き飛ばして駄犬から背を向ける。反動で僕がよろけるだけでびくともしない図体に、今にも引き寄せられそうな未練を振り切って、足早にそこを離れる。
「まきさん!」
耳を塞いで出来るだけ遠くに逃れた。
ここまで言えば……もう追ってこないに違いない。
何故ならアイツは忠実な部下だから。
僕に憧れ
ここを離れるくらいなら、思い直して死ぬ気で元の関係に戻ろうとするだろう。
これでいい。
これでいいんだ。