俺とあなたの5.5日間

1-A-2

 いつになくスムーズに運ぶ薪さんと雪子さんのコンビネーション。
 二人が揃ってるのを見るたびに勃発する不整合や摩擦が、今日は一度も起きていない。
 薪さんの物腰が柔らかいと、雪子さんはここまで素直になるんだ。それが彼女の惚れた弱みであろうことは、出会った時から察していた。
 でも俺はそのことに共感はしても、妬いたことは一度もない。
 今だって、薪さんが雪子さんの手腕を頼りに最短距離で紐解いていく検証に、胸のすく思いで臨んでいるのだ。


「……あ、雪子さん!!」

 検証が終了後、俺は解散と同時にその場を離れようとする雪子さんを追いかけて腕を掴んだ。

「驚いた、どうしたのよ血相変えて。誰かと思ったじゃない」

 エプロンくらい替えさせて、と雪子さんは牽制するように目を剥いたままディスポガウンを脱ぐ。

「急ですみませんが、大事なお話があるんです」

「ふぅん。じゃ今夜ウチ来る?」

「……いえ、どこか外の方が……」

「……なるほど。外、ねぇ」

 薪さんから“想像力に欠けている”と詰られたことのある彼女だが、俺にはとてもそうは思えない。
 少し考えてから向き直る雪子さんの含みのある表情は、すでに俺の動きを先読みしてるようにもみえて緊張感が走る。

「じゃあお台場行きましょ、海浜公園。定時に上がるから18時に現地でいい?」

「……はい、勿論です」

 ちょっと色々スガちゃんに引き継ぎしてこなきゃ、と立ち去る雪子さんの背中を見送る余裕もなく、俺も第九に駆け戻る。

 手分けして進めた捜査の岡部さん今井さん側が手際よく進む一方で、此方も山本さんとともに状況証拠から疑わしい人物を絞るまでには至った。が、特定する証拠が掴めず足踏みしているうちに、約束の時間が近づいていた。

「すみません、俺、休憩取ります」

「えぇっ、休憩って、今から?」

「山本さんは先帰っていただいて大丈夫ですよ。伝達事項があればメモ機能にこうして……」

 レクチャー中にも薪さんの視線を何処かで感じていたが、俺は気付かないふりをして脇目も振らずに捜査室を後にした。


 5分遅れで到着した海浜公園。
 あら、早かったじゃない……と雪子さんは意外そうな顔で肩を竦めた。

「海を見ると落ち着くの」

 デッキに並んで立ち、日が沈んだばかりの海を眺める彼女は、俺の知らない顔で呟いた。

 克洋くんモテたからさ……と、知らない話がお構い無しに続く。
 男同士でつるむ時も女子が群がりそうなスポットには必ず私を連れてくのよ、海水浴とか。魔除け代わりみたいで失礼よね。でも天体観測行く時は「男のロマン」とか言いだして邪魔者扱いしたり……勝手がいいったらありゃしないわよ。
 とめどなく零れていく彼女の話を聞きながら、俺は去年薪さんを追って一緒に向かった山小屋と鳥の巣にあった鍵のことを思い出し、それを見つけて地面に崩れて嗚咽していた薪さんへの熱い想いが込み上げる。
 知らない話、鈴木さんの脳から得たイメージ、感情が伴うリアルな思い出が、三つ巴で俺の脳内で交錯する。
 もうこんな妙な感覚に囚われることも、これからはなくなるのだ。


「で? 話って?」

「すみません。俺と別れてください」

「……」

 眼前で凪いでいる海のように、平坦な沈黙が時間だけを運んでいった。

 自分の気持ちにぴったり当て嵌まる呼び名が定まってしまった俺と同じくらい、彼女も元から揺るぎないものを持っているようにも見えた。 

「一応訊くけど……どうして?」

「薪さんが好きなんです」

「……つよし君を好きなのは私よ」

「それは知ってました」

「……そうね。私も……あなたがつよし君を好きなこと、ある意味知ってたかも」

 雪子さんは、海を見つめたままぽつりと零した。

「てことは、私はあなたを通じてつよし君にフラれたのかな」

「えっ……」

 急に土俵から弾き飛ばされそうになった俺は、精一杯踏みとどまる。肯定すれば薪さんに責任を押し付けるみたいで、おかしな話になってしまう。

「違いますよ。薪さんは関係ない。これは俺の問題です……とにかく申し訳ありませんでした」 

「……クス、そうよね、ごめん。もう謝らないで」

「わかりました。でも、あなたこそ謝らないでください」

「……そうね」
 雪子さんは苦笑気味に眉尻を下げながら、すんなり頷いた。
 つまり話は俺の申し出が受理された形で決着したのだ。

「別れの盃を交わしたいところだけど、どうせあなたはこれから戻って仕事するんでしょ?」

 雪子さんの読みが図星すぎて、そのままお開きとなる。
 30分にも満たない最後のデートだった。


「そうだ、指輪はもらっとくね」

 駅へと歩いていく道で、雪子さんは俺を見上げて満更でもなさそうに言う。

「ええ、それはもう……あなたのものなので好きにしてください」

「貰えたのは、より進歩だから。これを三度目の正直を狙うステップにするね」

「……!!」

 ハッと胸を突かれた俺は立ち止まる。
 渡されなかったの指輪のことを思い出したからだ。
 鈴木さんの脳を見た俺はそれを知っている。
 おそらく彼女も後で知ったのだ。遺品として渡ったであろう“K to Y”が刻印された指輪の存在を――

 デカいのが立ち止まったせいで、人の流れを遮る迷惑な存在になってるのはわかってた。
 周囲に頭を下げながら、俺の側についていてくれた雪子さんは、科警研の“女薪”と言われるに相応しい強く優しいひとだった。

「ちょっとやめてよ……泣きたいのはこっちなんだけど」

 辛い目にあってるのは自分なのに、人目を気にすることなく俺のことを心配して背中に置いてくれる手。

 そして、俺は甘えてばかりの頼りない若輩者だ。

 憧れの人に少しでも追いつきたい、鈴木さんとは違うと認めてもらいたいばっかりに、大事にすべき人に無闇に踏み込み、力不足のせいで逆に傷つけた。

 自分の至らなさに対して、悔し泣きしかできず、慰めてもらってるだけなんて……情けなさすぎる。
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