俺とあなたの5.5日間

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 あれだけのことをぶちまけて遠ざけておいたんだ。 
 アイツが僕のプライベートに立ち入ってくることは、もう二度とないはず。

 一人きりの平穏が戻った自宅の、酷く広く見えるソファやベッドで、膝を抱えたり、丸くなったりして、力なく息をしながら空虚な時間をやり過ごす。
 前の晩に栓を抜いたばかりのグレンドロナックの存在や、眠ろうとする気力さえ忘れたまま迎えた翌朝。

 出勤して当たり前に仕事が始まれば、元の上司と部下の関係はゆるぎない。
 こういう点で青木は、聞き分けよく聡い男なのはよく知っている。

 その傍らで引き摺ってるのは僕の方だ。
 気づけばあの大男を目で追っている昼休憩の時間。

 買い出してきた弁当をメンバーに配ったかと思えば、自分のは食べずデスクに置いていそいそと出ていく大男の背中を何気なく見送った、その30分後。
 エレベーターホールで雪子さんと笑顔で話している青木を見掛けて、胸を痛めながらも安堵した。
 やはり……これでよかったんだ、と。


 なのに、夕方になると急襲するデジャヴ感――


「薪さん……まきさんっ!」

 午後の外出から戻った僕を見つけて、勢いよく捜査席を立ち上がった青木が駆け寄ってくる。

「あの、俺ケータイ自分で新しくしたんで、連絡先を教えてください」
 
「……!?」

「昨夜はあなたの家に押しかけるのを我慢し続けて眠れませんでした。せめて連絡を取りたくても、業務用の連絡先しか知らないし……」

 バカにつける薬はないとはこのことか。
 目の前で尻尾をブンブン振ってるコイツは何考えてそんなことを……軽くパニックして思考が停止する。

 言葉を失った僕は呆然とした表情を隠せず青木をスルーして、室長室の前にたどり着く。
 ドアノブに手を掛けて回す前に、ただ一つ引っ掛かっていた疑問だけをひとつ零した。

「おまえ雪子さんとよりを戻したんじゃないのか?」

「はあ?今更そんな筈ないでしょう?」

 引っ掛かりはあえなく打ち砕かれる。
 いや待て、そっちこそ、それはないだろ。

「お前は昨日の僕の話を聞いていたのか!?」
「それよりあなた今、俺の話聞いてます!?」

 振り向いて詰る僕の言葉を掻き消す勢いで被せられ、頭上で “ドン!” と音が響いた。

「あなたが仕事を終えてから、次の日ここへ来るまでの時間を、俺はあなたと二人で一緒に居たいんです」

 まさかの壁ドンならぬ、室長室の扉ドン。
 動けない僕に青木の顔が近づき、トーンが低くなった声が耳元から僕を甘ったるく縛りつける。

「いけませんか?」

「っ……ぼくは……おまえを……ただの……」

「処理相手で構いません。居させてください」

 その声に背筋がビリビリと熱く痺れて、腰がとろけて、全身が扉に凭せ掛かる。もう、無理だ。

「室長!見つかりました!B会議室モニターつないで全員集合かけますんで、室長もお願いします」

 恍惚に塗り潰された脳裏のどこかで、小池の声が僕を呼んでいる。

「薪さん、行きましょう」

 青木の声と気配に導かれるまま、気づけばメンバーの揃う会議室の大型モニターの前にいる。

 僕は捜査のつつがない進展を確認し、次なる指示を出した。
 案件を担当する岡部、小池、山本は意気揚々と取り掛かり、残るメンバーは解散して各々の捜査に戻る運びとなった。
 戻るメンバーとともに会議室を出ようとした僕は、背後から漏れ聞こえる曽我の忍び声にギクリと耳をそばだてる。

「だってさっき捜査室で、青木が薪さんを壁ドン顎クイ……ホントだって。今井さんも宇野さんも見て……」

 振り返った僕の剣幕に、小池に耳打ちしていた曽我が石のように固まる。

「知らないな、どっかに躓いて手を付いただけだろ」

「まず顎クイは無い。噂話は程々にして、行くぞ」

 大人の対応で受け流して僕の後をついてくる今井と宇野に救われた。と、安堵した矢先――

「すみません、皆さん。俺から一件大事な報告があって……そのままで良いんで聞いていただけますか」

 青木だ。
 あのバカが振り向いたメンバー全員を見渡して、突然話しだしたのだ。

「私事ですが、このたび自分と三好先生との婚約は破談となりました。皆さんにお祝いしていただいたばかりだったのに、うまく運ぶことが出来ず申し訳ありません」と。

 “不徳の致すところ”を体現するように、深々と頭を下げる青木に、それ以上追及しようとする人間は誰もいなかった。
 いやそれ以前に、驚きで何も言えなかったのだろうけれど。
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