☆一線〜悪魔の贈り物
NY時間の土曜午後になっても、青木はただ眠りこけるばかりだ。
満腹とまではいかなさそうだが、当初より落ち着いた寝顔を、薪はベッドの隣で複雑な心境で眺めていた。
良からぬことに巻き込んでしまった罪悪感とか、補給のためとはいえ求められる歓びとか、ただ傍にいられる擽ったさもあるが……何より心配が大きい。
でもとにかくこうして会えて良かった。
青木がここに現れなければ、こっちから飛んで行かずにはいられなかっただろうから。
せめて傍にいて、自分にしてやれることがあるのが救いだ。
今はまたこの男が壮絶な飢えとともに目覚める前に、出来ることは“二人分”の水分と栄養の摂取だろう、と思い立つ。
目的はズレているものの一晩中愛する男と絡み合っていたベッドから、気怠い身体をようやく引き剥がした薪は、一人で食事と入浴を手早く済ませた。
仕事イコール生活だった第九時代と比べれば、薄っすらと食事も加わりつつあるこちらでの生活は、本人に自覚はないが大きな変化だ。
マフィンと野菜を解凍して、エッグベネディクトと添え物を作るくらい、文字通り朝飯前だった。
さて、と。
色々解き明かしていかなければいけない謎は余りあるが、まずは身を持って植え付けられた謎といえば二つ。青木に唇を噛まれた時にできた傷が跡形もなく治っていることと、傷を作った際全身を強烈に支配した催淫作用のことだ。
果物ナイフを手にした薪はベッドに近づいて、利き手じゃない方の手首の上で刃を軽く滑らせる。そして、滴る赤い血を、仰向けで眠る青木の唇の上に落とした。
「……んっ!?」
芳しい香りと味に魅せられた青木の目がカッと見開き、あっという間にベッドに組み敷かれる。
「っ……!!」
驚くほど敏捷な動きと強い力、それも相当興奮しているカラダの反応が生々しく伝わってきて薪の鼓動も速まるばかりだ。
「血は……ダメです、薪さん……チュッ……とても元気になりますが、あなたを襲ってしまう……ので……ハァ……」
薪はあまりの刺激的な展開に目を見開き身体を固まらせたまま動けない。
こともあろうに青木が片手で薪の手首を掴まえ流血を啜り、もう片方の手で自慰を始めたのだから。
「俺、吸血鬼になってしまったみたいなんです」
「そのようだな。それが澤村さんの言う“試練”なのか」
「ええ、俺には“呪い”だと。肝心なことが抜けてる俺が向き合うべき問題だと……そうか、そういう意味ではたしかに試練だ」
コトが終わり、青木の興奮が収まる頃にはもう手首の傷も消えているのはこいつの唾液の特殊なチカラのせいなのか。
催淫作用は歯を立てられなければ発動しないようだ。が、吸血側には催淫作用が働いてしまう……といったところだろう。
「さあ、行くぞ」
「え?どこへ?」
「僕の研究室だ。連れて行け」
「ハイ!……って、どうやって?」
「お前がここへ来た時と同じ方法でだ」
乱れた部屋着を脱ぎ捨て、パーカーとジーンズを纏いながら薪は青木に迫る。
「え、っと……」
「思い出せ。どこで何をしたらここへ来れたんだ?」
「そ、それは……」
テレポーテーションのことはサワムラさんから一言も聞いてないし、自宅で薪さんを強く思いながら自慰をしてたらいつの間にかここにいた、なんて言えるわけがない。
「東京の自宅にいましたが、恐らく行きたい場所を詳細にイメージして強く念じるとかすればいけるかと……」
「なら、これでどうだ?イメージできるか?」
薪はスマホを持ってきて研究室の建物の外観や中の様子などを捉えた画像をいくつか見せる。
「まだ少し足りません。こうしてみましょう」
青木は薪を抱きしめてぴたりと額を合わせる。
「あなたも手伝ってください。研究室 のイメージを脳内で映像化して……」
ああ、ダメだ。困窮した場面なのに、うっとり目を閉じて、言われた通りに温もりに身を任せてしまう。
「あ……」
「ついた。これがテレポートか」
「すごい! 二人一緒でもできましたね」
「まあ、なんとかな」
薪の方は息が切れて鼓動も速くなっている。徒歩10分の場所への移動だが、同じ距離を走ってきたくらいの負担を受けている気がした。吸血鬼 の青木ならこのくらいの距離なんてことないのだろうが、来て早々あれだけ眠りこけていた理由もそういうことだろう。
「お前、調子に乗って安易にテレポートはするなよ。吸血鬼だから持ちこたえてるが、今回の東京からNYまでのテレポートは、一万キロのトライアスロン並の体力を消耗すると思ってよさそうだからな」
「げっ、一万キロって……」
話しながら薪が起動を始めた装置を見て、青木からさらに血の気が引いていく。
カタチは違うがこれは仕事で使い慣れたMRI装置の進化版だろう。
「あの、薪さん。お、俺……生きてますけど」
「わかってる。だから脳を取り出さなくても見れるタイプのを試作してるんだ、ここに寝ろ」
「ええっ、今“試作”って仰いましたよね?」
「大丈夫だ。完成品じゃないが、僕が京大でやってた頃よりだいぶ質が上がって副作用もなくなったから」
いや、そういう問題でもなく……薪が見ようとしているものが、そもそもマズイ気がする。
「ダメです。やめましょう」
「お前何を怖気づいてる? お前のユメのなかの澤村さんとのやりとりを確認するだけだぞ」
「わかってます、だからお見せできないんです。これはサワムラさんと俺の男同士の会話なので」
「そんな呑気なコト言ってる場合じゃないだろ!この件は僕も関わってるんだ。二人で考えてさっさとこの呪いを解いて……」
「それじゃ意味がないんですよ。あなたのために俺が、自分で解かないと。サワムラさんはあなたをとても愛してます。そのサワムラさんが俺に託した思いは、俺からしっかりあなたに届けるべきだと思うんです」
「…………」
薪は目を見開いて絶句した。
あの澤村の屈折した変化球までストライクゾーンで捕球するのか。
それを僕へと真っ直ぐ届けようだなんて、どこまでお人好しなのか、と呆れたのだ。
満腹とまではいかなさそうだが、当初より落ち着いた寝顔を、薪はベッドの隣で複雑な心境で眺めていた。
良からぬことに巻き込んでしまった罪悪感とか、補給のためとはいえ求められる歓びとか、ただ傍にいられる擽ったさもあるが……何より心配が大きい。
でもとにかくこうして会えて良かった。
青木がここに現れなければ、こっちから飛んで行かずにはいられなかっただろうから。
せめて傍にいて、自分にしてやれることがあるのが救いだ。
今はまたこの男が壮絶な飢えとともに目覚める前に、出来ることは“二人分”の水分と栄養の摂取だろう、と思い立つ。
目的はズレているものの一晩中愛する男と絡み合っていたベッドから、気怠い身体をようやく引き剥がした薪は、一人で食事と入浴を手早く済ませた。
仕事イコール生活だった第九時代と比べれば、薄っすらと食事も加わりつつあるこちらでの生活は、本人に自覚はないが大きな変化だ。
マフィンと野菜を解凍して、エッグベネディクトと添え物を作るくらい、文字通り朝飯前だった。
さて、と。
色々解き明かしていかなければいけない謎は余りあるが、まずは身を持って植え付けられた謎といえば二つ。青木に唇を噛まれた時にできた傷が跡形もなく治っていることと、傷を作った際全身を強烈に支配した催淫作用のことだ。
果物ナイフを手にした薪はベッドに近づいて、利き手じゃない方の手首の上で刃を軽く滑らせる。そして、滴る赤い血を、仰向けで眠る青木の唇の上に落とした。
「……んっ!?」
芳しい香りと味に魅せられた青木の目がカッと見開き、あっという間にベッドに組み敷かれる。
「っ……!!」
驚くほど敏捷な動きと強い力、それも相当興奮しているカラダの反応が生々しく伝わってきて薪の鼓動も速まるばかりだ。
「血は……ダメです、薪さん……チュッ……とても元気になりますが、あなたを襲ってしまう……ので……ハァ……」
薪はあまりの刺激的な展開に目を見開き身体を固まらせたまま動けない。
こともあろうに青木が片手で薪の手首を掴まえ流血を啜り、もう片方の手で自慰を始めたのだから。
「俺、吸血鬼になってしまったみたいなんです」
「そのようだな。それが澤村さんの言う“試練”なのか」
「ええ、俺には“呪い”だと。肝心なことが抜けてる俺が向き合うべき問題だと……そうか、そういう意味ではたしかに試練だ」
コトが終わり、青木の興奮が収まる頃にはもう手首の傷も消えているのはこいつの唾液の特殊なチカラのせいなのか。
催淫作用は歯を立てられなければ発動しないようだ。が、吸血側には催淫作用が働いてしまう……といったところだろう。
「さあ、行くぞ」
「え?どこへ?」
「僕の研究室だ。連れて行け」
「ハイ!……って、どうやって?」
「お前がここへ来た時と同じ方法でだ」
乱れた部屋着を脱ぎ捨て、パーカーとジーンズを纏いながら薪は青木に迫る。
「え、っと……」
「思い出せ。どこで何をしたらここへ来れたんだ?」
「そ、それは……」
テレポーテーションのことはサワムラさんから一言も聞いてないし、自宅で薪さんを強く思いながら自慰をしてたらいつの間にかここにいた、なんて言えるわけがない。
「東京の自宅にいましたが、恐らく行きたい場所を詳細にイメージして強く念じるとかすればいけるかと……」
「なら、これでどうだ?イメージできるか?」
薪はスマホを持ってきて研究室の建物の外観や中の様子などを捉えた画像をいくつか見せる。
「まだ少し足りません。こうしてみましょう」
青木は薪を抱きしめてぴたりと額を合わせる。
「あなたも手伝ってください。
ああ、ダメだ。困窮した場面なのに、うっとり目を閉じて、言われた通りに温もりに身を任せてしまう。
「あ……」
「ついた。これがテレポートか」
「すごい! 二人一緒でもできましたね」
「まあ、なんとかな」
薪の方は息が切れて鼓動も速くなっている。徒歩10分の場所への移動だが、同じ距離を走ってきたくらいの負担を受けている気がした。
「お前、調子に乗って安易にテレポートはするなよ。吸血鬼だから持ちこたえてるが、今回の東京からNYまでのテレポートは、一万キロのトライアスロン並の体力を消耗すると思ってよさそうだからな」
「げっ、一万キロって……」
話しながら薪が起動を始めた装置を見て、青木からさらに血の気が引いていく。
カタチは違うがこれは仕事で使い慣れたMRI装置の進化版だろう。
「あの、薪さん。お、俺……生きてますけど」
「わかってる。だから脳を取り出さなくても見れるタイプのを試作してるんだ、ここに寝ろ」
「ええっ、今“試作”って仰いましたよね?」
「大丈夫だ。完成品じゃないが、僕が京大でやってた頃よりだいぶ質が上がって副作用もなくなったから」
いや、そういう問題でもなく……薪が見ようとしているものが、そもそもマズイ気がする。
「ダメです。やめましょう」
「お前何を怖気づいてる? お前のユメのなかの澤村さんとのやりとりを確認するだけだぞ」
「わかってます、だからお見せできないんです。これはサワムラさんと俺の男同士の会話なので」
「そんな呑気なコト言ってる場合じゃないだろ!この件は僕も関わってるんだ。二人で考えてさっさとこの呪いを解いて……」
「それじゃ意味がないんですよ。あなたのために俺が、自分で解かないと。サワムラさんはあなたをとても愛してます。そのサワムラさんが俺に託した思いは、俺からしっかりあなたに届けるべきだと思うんです」
「…………」
薪は目を見開いて絶句した。
あの澤村の屈折した変化球までストライクゾーンで捕球するのか。
それを僕へと真っ直ぐ届けようだなんて、どこまでお人好しなのか、と呆れたのだ。